ヒルルイと阿ルイ




目が覚めたとき、自分の息の酒臭さに閉口した。

外はまだ夜みたいで、部屋はベッドサイドの明かりだけついてて薄暗い。

(頭痛ェ……)

このままもう一回寝ちまえばいいとこなんだろうけど、気持ちの悪さと頭の痛さが襲ってきて寝れそうにない。

いつどうやって帰ってきたのか全然覚えてないけど、一応自分の部屋で自分のベッドだ。
ガッコの連中と飲んで、三次会くらいまでの記憶はある。とぎれとぎれだけど。

前に飲み過ぎたときはお気に入りだった指輪を無くしたし、今回もなんか無くしてねェだろうなと思って布団の中で身体を探ったら、服を着てなかった。
寝るとき脱いだのか?

財布と携帯の心配をしながら寝返りを打ったら、スグ目の前に裸の肩が見えた。
絶対女のじゃないやつ。筋肉質で、筋張ってる。

(なんだ、ヒル魔か)

もしかしたら酔っぱらった葉柱を迎えに来て、ここまで送ってきてくれたのかもしれない。
いや、それは無いか。
でも服脱いでるってことは、ヤルことヤったんだろうな。

覚えてないのを勿体ないと思いつつ、なんとなくその肩に顔を寄せてキスをする。

(…………あれ?)

それで違和感に気づいた。
ダルくて微睡んでた頭が急に冷えたような気がして、動悸が激しくなる。

ヒル魔の肩は、こんな感じだっただろうか。
いつも見てるソレよりも、少し厚みがある気がする。
口づけたときの肌の感触と、それに匂い。

(………………)

分かってる。確実にヒル魔じゃないっぽい。
ただ、怖くて顔が確かめられない。

そんなん全然勘違いで、やっぱヒル魔だったー、ってことにならねーかなと思うけど、顔を見なくても「あ、これヒル魔じゃねーわ」って確信が既に胸中にドンと陣取ってる。

それでも決定的な証拠を見るのが怖くて顔を見れずにまんじりとしていたら、また気づいてしまった。
枕に一房、特徴的なドレッドが垂れているのを。

(うわぁー……)

こういう髪型をしてるヤツを、一人だけ知ってる。

いやいやでもな、何もこの世の中にドレッドヘアなのがヤツ一人ってワケじゃねェんだよ。
似たような髪型のヤツなんていくらでもいる。

ここまできたら確認しないでいてもしょうがないので、意を決して視線を上げた。
どうかこの不吉な想像が外れていますようにって願いながら。

(…………阿含かよっ)

真っ先に思いついて、でも真っ先に否定したかった人物が、想像通りそこに寝てた。
サングラスは外しているけど、間違いない。

目を閉じていて、口がちょっと開いてる。
それだけ見てると怖そうには思えないが、この目が開かれてるときの凶悪な顔をよく知ってる。

(せめて行きずりの知らねェヤツとかさー……)

一応自分は、ヒル魔とコイビト的なものになってる。
そうなってる以上、ヒル魔以外のヤツとアレやコレとかするのは良くないことなワケなんだけど、阿含ってトコが更にサイアクだ。

確かヒル魔は阿含とはチューガク時代からのオトモダチだったはず。
酔っぱらってワケ分かんねェウチにヤっちまいましたーってのが、全然知りもしないその日限りの相手とかならともかく、共通の知人ってどうなの。
せめて名前も知らないような相手なら、自分だけしらばっくれてればバレなさそうだけど、阿含相手じゃバレるのは時間の問題って気がする。
いや、バレなきゃいいって話でもないんだけどさ。

あと、オレん家ってのもどうなの。
その辺のラブホで済ましてりゃいいのに、なに家に連れ込んでんだよオレは。
こんなんじゃ、ドコに証拠が残るか分かったもんじゃねェじゃん。
いやいやだから、バレなきゃいいって話じゃねェんだよ。

焦る頭が一気にいろんなことを考えだしてまとまらない。
服は脱いでたけど、ヤってはねェかもよ? なんて全然あり得そうにないことに微かに期待もしたけど、身じろぐとじんわり腰のあたりが甘く痺れてる。
あ、確実にヤってるわ。

そっから改めて自分の身体を確認する。特に痛ェとことかはない。
それってさー、つまり、ムリヤリ的なものではなかったってことだよな。
完全に、合意の上で楽しみました、みたいな。

(嘘だろー……)

正直オレ、ヒル魔なんかと違って結構貞操観念あるっつーか、浮気とか絶対しないって自信があった。
アイツがどう考えてるかは知らねェけど、一応オレはアイツのこと好きだし、付き合ってると思ってるから、他のヤツとしたりしないって。

全然覚えがないけど、二人裸でベッドの上っていう決定的な証拠の前には、言い訳もできない。
そんで今も残る余韻の感じから、結構ヨかったんだろうってのも。

(どうしよう……)

とりあえず早く起きて、この呑気に寝てるドレッド野郎を家から追い出さなければならない、と、思うけど。

(関わりたくねェー……)

ヤることヤっといてなんだけど、ホント話しかけるのも躊躇するよ。
ヒル魔に次いで、関わりたくないヤツナンバー2だ。
まぁ、そのナンバー1とアレやコレやしといて言えた義理じゃねェけど。

なんでこんな、一番行っちゃいけないとこに真っ先に手ェだしてんだオレは。

これからどうしようって思いとか、後悔やら罪悪感やらに苛まれていっぱいいっぱいだったから、誰かが部屋に入ってきたのに気付いたのは、鈍くさいことに声をかけられてからだった。

「よぅ、起きたみてェだな」
「…………」

サーッと、自分の血の気の退く音が聞こえた気がした。

開かれたドアから、向こうの部屋の明かりが四角く差し込んでる。
いくらなんでも、早すぎやしねェか?
そりゃ、お前相手にいつまでも隠し通せるなんて思ってなかったけど、こんなタイミングで来るか?

だいたい布団の中に蹲ったままだってのに、なんで起きたかなんて分かんだよ。

「あ゛ー? なにテメェ一人で風呂とか入ってんの」
「お前がヘバってっから悪ィんだろ」

寝たふりをするべきか、諦めて起きて謝るべきかなんて迷ってたら、「起きたのか」の問いに答えたのは、横にいた阿含の方で。

「え?」
「あぁ、お前も起きたかよ」

コッチは修羅場を想像したのに、なに呑気に会話してんだと思ってヒル魔を見たら、いかにもシャワー浴びてきましたって感じ。

あ、なんだよ。3Pかよ。
全然焦ることなかった? オレ。

安心したら急激に眠くなってきたけど、頭を撫でてくるヒル魔の手がイヤラしかったから、もしかしたら続きをするのかもしれない。


'13.04.22