ヒルルイでアメリカ旅行
「アメリカ行くぞ」
ってヒル魔が言ったのは、高校もあとは卒業式を待つだけのそんなとき。
「あ?」
アメリカって言ったか?
一瞬ヒル魔が、高校卒業を期にアメフトの本場アメリカへ行ってそっちで暮らすぜ! とかそんな意味かと思ったが、多分違う。
オレもヒル魔も大学決まってるし。
「あっちに有望なRBがいて、日本に留学考えてるらしいから見に行く」
「あ、そう」
それって、お眼鏡に叶えば最京大にいれようってこと?
お前最京大って、オレが知ってるだけでも阿含とか一休とか大和とか鷹とか行くんだろ。
どんだけ貪欲なんだよ。
まぁ、そうな。お気に入りのアイシールドがいなくなるから、その替りってことか?
アメフトに関してはホント熱心だよな。
「いつ?」
「明後日。二泊三日な」
「ふーん」
じゃぁオレ、その間はゆっくりできるな。
卒業前にバイクで走り行こうって誘われてたし、丁度いい。
「パスポート用意しとけよ」
「…………あ?」
え、オレも行くの? なんで?
悪ィけど面倒臭ェわ。だってお前アメフト絡みのときってほんとガツガツセカセカしてるし、オレ連れてくってことは、なんかやらせようってことだろ?
「二日じゃパスポートとれねェよ」
「実家にあんだろ」
……あるけどさ。よく知ってんな。
やだなー。お前オレが映画行こうつってもドライブ行こうつっても絶対付き合わないくせに。
オレ飛行機あんま好きじゃねェのに。
そんでなにやらされんの?
しかもそういうの、上手く出来ないと凄ェ勢いで怒ってきたりすんじゃんお前。
「……ゃだ」
「あ?」
あ、ウソウソ。睨むなよ。楽しみ。
何しに行くのかよく分かんねェから、適当に着替えだけ詰めた荷物を持ってたコッチに対し、ヒル魔はなんかとんでもない大荷物で出発した。
まぁ、量よりもきっと中身の方がトンデモナイんだろうけど。
オレ、異国の地で警察沙汰とかになりたくないんだけど、ダイジョーブなのそれ?
ヒル魔に聞いても詳細は話してくんねェし、でもまぁとりあえず後ついてきゃいいだろ。
アメリカなんつっても広いし、どこ行くんだろーと思ってたら、ウィスコンシン州なんてとこ。
全然知らねェ。ドコだよ。
空港からよく分かんねェ白タクみたいなのに乗って、とりあえずホテルに着く。
座りつかれて腰痛ェ。
どういうとこに泊まるんだか心配してたら、一応それなりっぽい見た目に安心して、これまたそれなりのベッドに座る。
ヒル魔はデカいバッグの中からなんだかんだとガチャガチャ取り出したりして、あー、これからスグどっか行く系?
オレ疲れたけど、まぁ、言っても聞かないよなお前。
「じゃ、このPCにメール来たらオレに電話しろ」
といって、壁にくっついた小さな棚にヒル魔がいつものノートPCをセットする。
「あ?」
「ワンコールな。かけなおすから」
ついでに電話も渡される。
え、オレこれから一人ここでこのPCの監視をしてる役ってこと?
ヒル魔は少し整理した荷物の一部を持ってすぐ出かける気満々っぽい。
いや、そりゃ疲れたけど、こんなとこに一人ポツンと置いてかれても困るんだけど。
「メール来たら音なるから、聞き逃すなよ」
誰から? いつまで? メシは? お前は? とか、色々聞く前にヒル魔はあっさり出て行った。
「ふ…………ざけんなっ!」
苛立ちまぎれに今渡されたばかりの携帯を投げつける。
ただ、ベッドに向かってってのが情けねェ。
壊れたら困るなーなんて思っちまうのな。
今何時かと思って腕の時計を見たけど、そうかこれ日本時間だ。
ここって、時差どのくらい?
眠たい気がするけど、寝ててメールに気づかなかったりしたら、やっぱ怒られるんだろうなぁ……。
つーか、こんなホント何もないとこでどうしてろってんだよ。
いや、PC見張ってろってことなんだろうけど、言っといてくれりゃ本でもなんでも、多少ヒマつぶせるもん持ってきたのに。
いつメールが来るかも分かんないから、外に出るわけにもいかないし。
PCを睨みつけてみる。
意味ねェよ。分かってる。でもだって、それしかすることねェんだもん。
「ただいま」
「…………メール、来なかったけど」
「あぁ、そうみてェな」
じりじりと4時間くらいPCとにらめっこを続けていたら、出てったときより上機嫌なヒル魔が帰ってきた。
満足する収穫があったのか? そう。よかったな。お前が楽しそうだとオレも嬉しいよ。
メール、来なかったけど。
オレ、バカみたいだったんだけど。
「メシ食い行くけど、お前も行く?」
「……うん」
行かない意味が分かんねェよ。
文句言っても無駄なことは分かってるから、もういい。
お前が一人でメシ食ってから帰ってこなかっただけ、マシだと思うことにするから。
外にでると多種多様いろんな人種をそこここに見る。
海外初めてじゃないけど、観光地みたいな日本人多いとこしか行ったことなかったから、こんなにも外人しかいないのって、ちょっと心細くなる。
ヒル魔はまるでいつも通ってる通学路を歩いてますけど、みたいな雰囲気でガツガツ歩いてるけど。お前ホント凄ェな。
ちょっと関心して後ろからそれを見てたら、やたらガタイのいい男とヒル魔の肩がブツかった。
あ、と思う間もなく、ヒル魔が大声で何かを叫んだ。
英語なんだろうけど、聞き取れない。でも多分、日本語にしたら「ふざけんな!」とか「痛ェなこの野郎!」とかそんな意味なんだろう。
(えー……)
勘弁してくれよ。
そりゃ普段ケンカばっかしてたオレが言うのもなんだけどさ、場所と相手を考えろって。
だって、そちらの方、ゆうにお前の倍くらいありそうなんだけど。
外人の年齢って分かんねェけど、20歳前後?
丸太みてェな首に、やっぱり丸太みたいな腕。分厚い胸板。
太腿なんか、多分触ったらゴムタイヤみたいなんだろうな。
ヒル魔が怒鳴りつけた相手も、なんか大声でヒル魔に言い返してる。
何を言ってるのか分からないが、たまに「ファック」みたいな単語だけ聞き取れるのが、余計に不安をあおってくる。
とうとうヒル魔が相手の胸倉を掴み始めて、止めようかどうか本気で迷う。
仲間とか呼びだされてぶっ殺されるんじゃないのって怖い想像が浮かんでくるし、どうしたらいいんだこれ。
こうなったら他人のフリしてこの戦場から抜け出しちまとうかと思ったところで、急にヒル魔と相手が「オーケーオーケー」みたいなこと言い出して笑いあう。
え? どういう流れ?
「なー、コイツがメシ旨いこと知ってるから連れてってくれるって」
ヒル魔が振り返って笑いながら言う。
なにそれ。正直怖いんだけど。
相手の白人がなにやら早口で話しかけてきたけど、ごめん、オレ英語分かんねェから。
黙ったままでいたけど気にしてないようで、ソイツはヒル魔の方をポンと叩くと歩き出す。
ヒル魔もポケットに手ェ突っ込んだままそれに続くから、オレも付いていくしかないんだろうけど、ホントに大丈夫なのか?
変なとこに連れ込まれてボコられるとか、怪しいもん売りつけられるとか勘弁なんだけど。
「もたもたすんなよ」
右も左も分からないこの土地で一人迷子になるのと、目の前の悪魔と見知らぬ外人についていくの、どっちのが怖いか考えてみる。
正直、どっちもどっちだわ。
「……おぅ」
悪魔は悪魔だけど、一応オレの味方なんだよな?
だからついてくんだぞ? 頼むからな?
こっちの不安をよそに、普通に軽いメシ屋みたいなとこに案内された。
太った黒人が、白いエプロンして大声でなんか言いながらガーンと皿によく分からない白い塊を乗せてるのが気になるくらいで、客層も若く学生の溜まり場って感じ。
飲み物のコップがバケツみたいにデカいことさえ除けば、日本とそうかわらねェな。
ヒル魔は相変わらず、さっき会ったばかりの白人と楽しそうに会話を弾ませている。
「フットボール」みたいな単語も聞こえるから、アメフトの話?
でも、オレ分かんねェんだけど。
誰とも知らないヤツと大いに盛り上がってるヒル魔に腹立ちすら覚えてくる。
こんなだったら、ホテルで一人パンでも食ってた方がよかった。
いや、そもそも日本で他のヤツらと遊んで方がよっぽどよかった。
「なぁ、コイツお前のこと可愛いなって」
「…………そぅ」
一人ブスくれて皿の上の食べ物を行儀悪くフォークでつついていると、ヒル魔が思い出したようにこっちを見て言う。
嬉しかねェよ。
つーか、完全に舐められてるだけだろって話じゃん。
そっからまたヒル魔はその外人と盛り上がって、別れたのは完全に日が暮れてからだった。
「なーに拗ねてんだよ」
ホテルへの帰り道、ヒル魔は妙に上機嫌でそんなこと言ってきた。
拗ねてんじゃねェよ。怒ってんだよ。
無理やり海外に連れてきて、ホテルに置いてきぼりにされた後は、知らんヤツとメシ食ってその間中まるでオレなんかいないみたいに無視してたくせに。
手をつないでこようとするのを払いのけた。
一瞬怒るかな? と思ったが、別にいいや。怒ったって知るか。
「ふーん?」
ヒル魔が、悪い顔でニヤニヤ笑ってるから、楽しんでんのか怒ってんのか判断がつかない。
どっちのときでも、だいたいそんな顔してっから。
「なんだよ、オレ、さっきはちゃんと断ってやったろ?」
「あ?」
さっきって、なんのコト? あの外人と喋りまくってたとき?
何言ってたのかなんて分かんねェよ。
「あぁ、分かんなかった? 200ドル出すから3Pどう? つってたじゃん」
「ハァ!?」
「ま、お前とんでもない変態プレイじゃないと満足しないからって断っといた」
「なんてこと言うんだよ!」
ってことは何か? あの外人は、その「とんでもない変態プレイ」が好きなやつって目でオレのこと見てたワケ?
つーか今ので分かったよ。わざわざそんなイジの悪いこと言い出しやがって、やっぱお前怒ってんな?
「カッ! 別に、もう二度と会うこともねぇ、知りもしないやつにどう思われたっていいし」
だから、どうにか虚勢を張って言い返す。
そうだろ。旅の恥はかきすてってやつだ。
「え? お前知らなかった? NASAのホーマー」
「…………ハァア!?」
NASAって、NASAシャトルズの?
知ってるよバカ。QBのホーマーだろ。名前はな!
ユニフォーム来てメット被ってっとこしか見たことねェんだから、顔なんて知るわけねェだろ。
つーかホーマーとそんな話してたのっ!?
なんてこと言ってくれてんだよテメェは!!
「サイアクだお前…………」
もういいよ。他に何話してたとか、何も言わないで。頼むから。
あぁ、なんだったら、謝るから。
ホテルに戻ってきたら、葉柱はベッドに倒れこんで死体みたいに動かなくなった。
ちょっとイジメ過ぎたか?
軽い冗談だったのに。
ホーマーと話してたのなんて、全然違う話だし。
だってお前、せっかくおれがアメリカ旅行に連れてきてやったのに可愛くねェ態度なんかとるから。
有望なRBの視察っつーのは本当だけど、そんなん一人できて、日帰りか、せいぜい一泊で帰ってよかったんだ。
ただ、ウチの糞マネとかが、卒業旅行がどうとかって部室で盛り上がってんの聞いたから、お前そういうの好きかなと思って気ィ利かせてやったの。
今日ホーマーとわざわざ会ったのだって、意味あんのに。
「死んでんの?」
「…………」
シカトかよ。まぁ、いいけど。
今からオレが一言で、魔法みてェにお前の機嫌を直してやろうか?
「ホーマーが、パンサーのツテで明日NFLの試合特別観覧席入れてくれるって。行く?」
舌を出した間抜けた顔した葉柱がガバっと起き上がった。
「…………マジで?」
「マジで」
さっきまでのショボクレてた顔が、ウソみたいに緩んでる。
そうだろ。ニヤけるの止めらんねェよな?
オレのことアメフトバカっつーけど、お前も大概アメフト好きだし。
「ま、お前が嫌ならオレ一人で行ってくるけど」
冗談めかして言ったら、行く行くって葉柱がこっちのベッドに飛び乗ってきた。
「だって、オレ、サイアクなんだろ?」
さっき言われた言葉に傷ついたみたいな顔をしてやる。
ワザとだってのは分かってんだろうけど、葉柱は焦った顔して身体を摺り寄せてくる。
「ううん。お前サイコー……」
そうそう。今度はお前がそうやって、オレのご機嫌とる番な。
'13.04.22