ヒルルイと冬2
ヒル魔の髪を乾かす生活が始まって二週間。
枕やシーツが濡れることがなくなって、その結果快適な睡眠が送れるようになった。
ふわふわの頭は手触りも良いし、くっついてきた頭を撫でるとヒル魔もご満悦な様子で眠る。
自分の髪を乾かすという作業を完全に放棄したヒル魔の人間性はともかく、問題は解決した。
「オイ」
ただ、ここにきて別の問題が発生した。
「足触んなよ」
ベッドの中で頭がくっついてきても、もう濡れてないし問題はない。
問題は、頭の天辺から今度はつま先の方に移行した。
「…………………………」
もう眠たくてベッドに入って目を閉じている中、ヒル魔がヒンヤリした空気をまとって布団に潜り込んでくる。
それはまぁ、冬だし、温まった空気が逃げるのは仕方がない。
「足やめろ」
ベッドに入り込むヒル魔の身体は冷えていて、特に足が冷たい。
家の中はほぼフローリングだっていうのに、コイツはペタペタと裸足で歩き回っているから。
冷たい床を歩く素足を見ると寒そうだなぁと思うけど、別にオレは困らないので放っておいたら、ヒル魔は冷えた足の暖を、オレでとるようになった。
「…………………………」
狭いベッドの中だからどうしようもなく足が触れ合う、とかじゃない。
明確に、温かさを求めて足をくっつけてくる。
スウェット越しではイマイチ暖かくないのか、ヒル魔は布団の中、足で器用にオレの脛を剥き出しにするようにせっせとスウェットをたくし上げて、素肌に直接触れるようにして暖をとる。
最初の一回目こそ、「冷てーよバカ」とか言いながら、ジャレあいみたいなテンションできゃっきゃと騒いでた。
なんか冗談というか、スキンシップの一種かなーって。
ただそれがここのところはもう毎回。いい加減うざったい。
そもそも、最近ヒル魔はオレを先にベッドに入らせようとする。
先寝てろ、とか言いながら、5分くらいですぐにヒル魔もベッドにくる。
それで気づいた。
コイツは布団を温めさせるために、自分が寝るちょっと前にオレをベッドへ入れたいんだ。
そうやって布団を温めさせておいてからゆっくりやってきて、冷えた足もオレの足で温める。
それをもう、まったく悪びれもせず、感謝も労いもなくというか、多分なんの感情もなくやってのける。
王様か。
ヒル魔を蹴って足を遠ざけようと思っても、足元でバタバタしてると布団がずれて外の空気が入り込み、それはそれで寒い。
せっかく濡れた頭が回避できるようになって快適だと思ったのに、今度は毎回、ヒル魔の冷たい足に悩まされることになった。
「これ使え」
オレがヤメロと言ってヒル魔が何かを改めるということなんか無いというのはもう分かり切っているので、その日は自衛のためのスリッパを用意して、ヒル魔の家に持ち込んだ。
冬仕様のもこもこしたスリッパをヒル魔につきつけてそう言ったら、ヒル魔は目をパチクリさせながらしげしげとそれを見る。
「……………………」
色は黒。
コイツは、黒か赤が好きだから。
そこまで考慮してこうして用意してやったのに、ヒル魔は鷹揚に「フーン」とか小さく言って、足元に置いたら一応それを履いてパタパタと歩き出した。
偉そうだなオイ。
なんだったらもう、「よきにはからえ」くらい聞こえたような気さえする。
まぁ良い。
履いたということは、一応気に入ったんだろう。
黒だから。コイツはバカだから、とりあえず黒与えとけば良いんだ。
履きなれないせいなのか歩き方のせいなのか、やたらスリッパの音がパタンパタンとうるさいけど、まぁ些末な問題だ。
スリッパを履かせておけばヒル魔の足があんなにも冷えることはないだろうし、これで今日は久しぶりに快適に眠れる。
そう思いながら悠々とテレビを見て、相変わらず何をそんなにすることがあるのかウロウロしてるヒル魔が横目に入って気が付いた。
「アレ? スリッパは?」
目にしたヒル魔は、剥き出しの素足でいつもの通りペタリペタリと歩いてる。
「ア?」
声をかけたらヒル魔は自分の足をチラっと見て、一瞬なにかちょっと考えるような顔をしたけど、そのまままたツンとした顔してどっかへ行った。
ぐるりと部屋の中を見たけどスリッパは見当たらなくて、寝室を覗いたら押入れの前に黒いスリッパが転がってた。
なんでだよ。
ここで脱いだのか? なんで?
まぁもしかしたら、押入れの奥の方や上の方なんかにあるものを引っ張り出そうとして、よじ登るのに脱いだのかもしれない。
だからって、なんでそこに忘れてくるんだとは思うけど。
スリッパを持ってリビングに戻ったら、ヒル魔はホットカーペットの上に座っていたので、ヒル魔が歩いてホットカーペットを出るであろう場所にスリッパを揃えて置いておいた。
しばらくしたら案の定想定していたルートで歩いていって、途中にあるスリッパを履いてまたパタンパタンと音を鳴らしながら歩き出したので、一応ヒル魔にスリッパを履く気はあるらしい。
そりゃ、冷たいだろ。素足じゃ。
スリッパ履いてた方が良いに決まってる。
ただ、ちょっと目を離すと、なぜかヒル魔はすぐ裸足に戻ってた。
探すと脱ぎ捨てられたスリッパがどこかへ転がってるので、それをヒル魔が通りそうな道に仕掛けておくと、ヒル魔は通りがかりにそれを履いてまたパタンパタンと歩く。
履くんだから、嫌じゃないんだろう。なのになぜか、気が付くと裸足に戻ってる。
ウロウロするヒル魔を見て裸足だったらスリッパを探し、通り道に設置する。
しばらくするとまた裸足なので、またスリッパを探す。
いやメンドクセーよ。
なんでどっか置いてくるんだよ。
スリッパを探して持ってくるのも面倒くさいけど、ヒル魔がまた裸足になってるんじゃないかとイチイチ気にするのも面倒くさい。
じゃぁもう裸足になってても放っておけとも思うけど、そしたらまたベッドの中で冷たい足を押し付けられることになる。
結構せっせとスリッパを仕掛け直しても、結局寝る間際ヒル魔はまた裸足でウロウロしていたので、それまでの努力もむなしくその日も冷たい足と同衾することになった。
「……………………」
風呂上りのヒル魔が、また勝手にぐいぐいと脚の間に収まってくる。
ちなみにヒル魔が風呂から上がったタイミングでソファに座っていないと、ヒル魔は頭乾かし機という名のオレを探してびしょびしょのまま部屋をウロウロして辺りに水滴を落として回る。
なのでヒル魔が風呂から上がりそうだなというタイミングでは、ドライヤーを用意してソファに座っていなければならない。
なので今日も、そろそろだなという頃にはドライヤーを準備して、ソファに待機した。
それからドライヤーの他にもう一つ、今日は新たな自衛グッズを用意した。
最初の頃こそヒル魔がなにか作業をしてる隙を狙って行っていた髪乾かし作業は、ヒル魔が自主的に乾かされにくるようになってからは、脚の間に収まってる間ヒル魔はただまったりと座っている。
ドライヤーが終わるとふらっとどこかへ行くので、今日もカチリとドライヤーのスイッチを切った音で立ち上がろうとするヒル魔を、頭を触って留まらせた。
「ア?」
ヒル魔が訝し気な様子で、あ? か、お? か、その中間くらいの声を出したけど、そのままよしよしと頭を触ってるととりあえず無言のまま大人しく座ったままになる。
そのままわしわしと頭を触りながら、そろりとソファを降りてヒル魔の隣に座る。
それから持っていた自衛グッズ、靴下を取り出して、ヒル魔の足にさっと履かせた。
締め付けの強くない、部屋用の厚手でふわふわした靴下を用意した。
色は黒。
真っ黒はなかったので、黒に少し白がまざったような、グレーのような色。
「……………………」
ヒル魔はバカみたいな顔で靴下を履かされた自分の足を見てる。
嫌がって脱ぐかなと思ったけど、そうやって3秒くらい自分の足を見ていたヒル魔は、気を取り直したのか興味を失ったのか、とりあえず靴下は履かされたままプイっとまたどこかへ歩いて行った。
これは、どうだ。
履いたな。脱がなかった。
気に入ったかどうかは分からないけど、気に入らなかったってことはないんだろう。
黒だからかな。グレーっぽかったからどうかと思ったけど、セーフだったっぽいな。
アイツはバカだから、黒ければ結構満足するんだ。
それから少しの間ヒル魔の様子を伺って、ウロウロするヒル魔が視界に入ってくるたびに確認しても、ヒル魔の足には靴下が装着されたままで、スリッパのときのように素足に戻ってることはなかった。
スリッパも多分、嫌ではなかったんだ。ただ、忘れてくるだけで。
靴下だったら脱げようがないから、どこかに忘れてくることはない。
ベッドを温めさせるために「先寝てろ」などとほざくヒル魔を確認したときも、足元にふわふわの靴下がしっかりと履かされたままになってた。
ヒル魔がベッドに入ってくるとき相変わらず冷たい空気をまとってやってきたけど、足はもうくっつけてこなかった。
でも、ということは、コイツはやっぱり甘えたりスキンシップで足くっつけてきてたワケじゃねーんだな。
足が冷たいから、温めたくてやってたんだな。
分かってたけど、改めて確認するとムカつくことこの上ねーな。
しかしながらこれは、足元戦争の終結を意味していた。
もうヒル魔が冷たい足を押し付けてくることがない。
その1点だけで、こんなにも快適なものかと驚くくらい。
ちなみに翌朝になると、寝ている間は煩わしいのか脱ぎ捨てられた靴下がぽいぽいとベッドの下に落ちてるけど、それを拾うくらい、頻繁にどこかへ忘れられてくるスリッパを戻す作業に比べればなんということはない。
靴下はスリッパと違って歩いてるときもうるさくないし、とても良い解決方法だ。
風呂上りにヒル魔の頭を乾かして、ついでに靴下を履かせる。
これで、冬の問題が全て解決だ。
ヒル魔は履かされてることに気付いるのかどうかも分からないような態度だけど、嫌がらないからまぁ良いだろう。
もし嫌がったら失敗だなと思って一足だけ購入していた靴下を、もう何足か買い足した。
赤いのもあったので、暗い赤だからどうかなと思ったけどそれを履かされたときもヒル魔は大人しくそのまま歩いていたので、やはり赤も好きらしい。
頭をふわふわさせて、それからふわふわした靴下を履いてるヒル魔が部屋をウロウロしてるのは、なんとなく可愛げもあった。
きっと夏は暑がってドライヤーなんかかけさせないだろうし、靴下も嫌がるだろうから、これは多分冬の風物詩だろう。
ふわふわヒル魔。
そういえば、動物も冬になると毛が厚くなってふわふわになったりするもんな。
落ち着きなく家の中をウロウロしてるのも、夏の暑い盛りには鬱陶しく思うこともあったけど、冬にふわふわしているのを見ると、なんか「巣ごもりの準備で忙しいのかな」と寛容になれた。
今日もヒル魔は風呂上りにオレの脚の間に収まりにやってきて、いつもと違ったのは、喉が渇いたのか途中で冷蔵庫へ寄って牛乳を持ってやってきた。
髪がびしょびしょなんだから、ウロウロしてたらその辺に水滴が落ちるだろと気になったけど、ヒル魔が自主的にコップに牛乳を注いでいたので、まぁそのくらいはいいかとそれに関しては目を瞑る。
最近は、3回に1回くらいはちゃんとコップを使うようになったし、言い聞かせても全然無駄だなと思ってたけど、根気よく頑張れば意外と矯正できるかもしれない。
髪をがしがし拭かれながら何かを飲むのは頭が揺れて不安定なのか、ヒル魔はやたらと時間をかけて牛乳を飲んでる。
もう手元を見なくても、ほとんど無意識の領域で乾かせるようになったヒル魔の頭を、テレビを見ながら乾かして、そろそろ良いかなとドライヤーのスイッチを切ったところで、ヒル魔が小さく「あ」とか言うのが聞こえた。
「あ?」
乾かされてる間、ヒル魔はいつも無言でまったりしているだけのはずなのに、急にどうしたんだろうと思って後ろから覗き見たら、ローテーブルの上でコップが倒れて、中の牛乳が零れていた。
ただ、中身はもうほどんど残ってなかったらしく、ガラスの上に小さく丸い水たまりを作っている程度で、テーブルの下に流れ落ちるほどではない。
もうコイツ何やってんだよ。幼稚園児じゃねーんだから、なんでコップ倒すんだよ。
まぁ、別に良い。カーペットまで汚れたら大変だったけど、テーブルの上だけなら、ちょっと拭けばそれで済む話だ。
別にそのくらいだったらガミガミ言うほどのことでもないなと思っていたら、零れた牛乳を見ていたヒル魔が、明らかにすっと意図的にそれから視線を外した。
そのままプイっと横を向いて、そこからはもう微動だにしない。
「……………………」
え?
「いや、拭けよ」
なにシカトしてんだよ。
お前が零したんだよ。
本当だったら布巾を使ってちゃんと拭けというところだけど、ちょっとだし、ヒル魔だし、ティッシュで拭うだけでも良いと思ってる。
同じテーブルの上に乗ってるボックスティッシュから2、3枚引き抜いて、ちゃっちゃと拭いて、コップを起こせ。
「…………………………」
たったそれだけだ。たったそれだけのことだと思うのに、ヒル魔は明らかに倒れたコップを無視して、フルシカトモードに入ってる。
面倒臭いことを回避するときの、ヒル魔のいつもの手段だ。
無視しておけば、そのうちうやむやになると思ってる。
倒れたコップと零れた牛乳はうやむやにはならないけど、うやむやのうちにオレが片付けると思ってる。
それかもしくは、もうこのままでも良いと思ってる可能性もある。
とりあえず今はテーブルは使わないので、牛乳がこぼれてても関係ない。
なので、シカトする。
もうコイツなんなんだよ。
「ヒル魔」
イラつきを隠さないで名前を呼んでみたけど、ピクリとも反応しなかった。
まったく聞こえてないフリをしてる。
ヒル魔がその状態になったら何を言っても無駄だし、それにいつまでのテーブルに牛乳が零れているのを放っておくのは生理的に不快なので、わざと脚の間のヒル魔を乱暴に押してソファから抜け出ると、キッチンで布巾を絞って戻りテーブルの上を拭いた。
コップを流し台へ持ち帰り、布巾も濯いで洗う。
濡れた布巾をぎゅっと絞るのにだけは、イライラが役に立った。
どうせギャンギャン言っても聞かないし、今は落ち着いて言い聞かせるような気分にもなれない。
ヒル魔と口をきくきにすらなれないので、ソファに戻っても前に座るヒル魔を無視して端っこに座った。
「…………………………」
イライラしすぎてテレビにも集中できないし、そもそも面白い番組もやってないし。
リモコンで無駄にチャンネルを回しながら、否が応にも視界に入るヒル魔に余計イライラして、早くコイツどっか行けよと思う。
いつもだったら、何をすることがあるのかウロウロと家の中を行ったり来たりしてるから今もまたスグどっかへ行くと思ったのに、なぜかヒル魔がは座ったまま動かない。
だからといって、別に何か作業してるでもなく、本当にただ座ってるだけ。
寝てるわけでもなく、テレビも見てるんだか見てないんだか分からない様子で、ただちょんと座ってる。
なんでだよ。どっか行けよ。
「…………………………」
まさか。まさかだけど。
「…………………………」
「………………………………」
靴下履かされるの待ってるんじゃねーだろうな。
いつもだったら、ドライヤーが終わるとヒル魔にふわふわの靴下を履かせる。
今は牛乳事件で作業が中断されたので、ヒル魔は素足のままだ。
ウソだろ。
どうやったらこの状態で、靴下履かせてもらえると思うんだよ。
いや、そもそも「靴下を履かせてもらうのを待つ」ってなんなんだよ。
履けよ。勝手に。
フローリングが冷たきゃ、勝手に履け。
まさかな、でもな、となぜかハラハラするような気持ちでいたら、じっとしていたヒル魔が動くのが見えて、やっとどっか行くのかと思ったのに、なぜかヒル魔は立ち上がるとそのまま後ろのソファに腰を下ろす。
そんで、ぐるりと横を向くと、オレの腿の上にどっかりと脚を乗せてきた。
「…………………………」
「………………………………」
いやせめてなんか言えよ。
うわー。もう、ウソだろ。
これは確実に、「靴下ください」ポーズだ。
足を差し出して、無言で靴下を要求してる。
というか、靴下気に入ってたんだな。
オレはただ自衛の為に履かせていたわけだけど、履かせなかったら要求してくるということは、気に入ってたんだ。
そりゃ、冷たいフローリングを素足で歩くには辛い季節だ。
今までそうやって生きてきたけど、靴下という文明の利器によりそれが快適なことを知った。
だから、履かせてもらう。靴下を。
いやいやいや。おかしいおかしい。
「履かせてもらう」はおかしい。
履け。自分で。
靴下が欲しいなーと思ったら、履けばいいんだよ。勝手に。
なんで履かせてもらうまで待ってんだよ。
そもそも、自分が牛乳零して、それを面倒だと無視してオレに片づけさせ、なのになんで靴下履かせてもらえると思うんだ。
オレは明らかに、当てつけの意味も込めてイライラした空気を出してるし、ヒル魔もそれが分かってるから無言なんだ。
いわば、喧嘩してるような状態だろ。
ぎゃーっと大騒ぎはしないけど、冷戦中だ。
なのになんで、靴下だけは履かせてもらえると思うんだ。
ウソだろ。バカなのか?
「…………………………」
例えばヒル魔が、「ごめん」とまでは言わなくても、せめて「ありがとう」くらい言ったら、まったくしょーがねーなと許してやる気持ちはある。
それもせず、牛乳片付けるの面倒臭い、怒ってるオレと話すと文句言われるだろうからそれも嫌。
だけど、靴下は履かせろ。
なんかもう、凄いと思う。
どうやったらそんな考えで生きられるんだ。
欠陥品だ。人として欠陥品だこれは。もしくは壊れてる。
「ハバシラ」
それまでむっつりと黙っていた壊れたポンコツが、なぜか急に口を開く。
「……………………」
なんだよとか返事をしたら色々許したことになりそうなので無視をする。
「ハバシラ」
「…………………………」
「あし冷たい」
……………………………………。
あし、つめたい。
いや、知ってるよ。裸足だからだろ。
お前が裸足だから悪いんだろ。
「…………………………」
「…………………………」
ぎゅーっと、胸の内に意味の分からない感情がこみあげてくる。
いやいや。ダメダメ。これは、ダメなやつだ。
「黒のがいい」
…………………………………………。
堪えきれず、はーっと、深いため息が漏れた。
コイツもう、オレが居ないとダメなんじゃないかと思う。
オレが居てやんなきゃダメなんだ。
でも本当は違うことも知ってる。
コイツは自分で髪を乾かすことも出来るし、靴下だって履ける。
自分が困るなら、テーブルだって拭く。
365日24時間一緒にいるわけじゃないんだから、オレが居ないときはなんだって一人でやってんだ。
だから「オレがいないと」というのは思い違いだ。
コイツは何でも出来るのに、面倒くさいから便利にオレを使ってるだけなんだ。
そう思うのに、分かるのに、ヒル魔がちょっとしょんぼりした様子で「あしがつめたい」などと言うのを聞くと、加護欲なのかなんなのか、胸がぎゅっとなる。
オレのヒル魔が、足が冷たくてしょんぼりしている。
なんとかしてやらなければ。
そんなんもう、コイツの手だろ。
絶対計算だ。
どういう態度とったら、自分の都合の良いように物事が回るか知ってんだコイツは。
全部わかる。全部わかるけど、結局用意していた靴下を取り出して、腿の上に乗ってるヒル魔の足にスルリと履かせた。
頭も乾かしてたし、これで冬のふわふわヒル魔の出来上がりだ。
靴下を履かされたヒル魔は、それだけしてやったら用済みだとどこかへ行くのかなと思ったのに、そのままじっと座っていて、ゆるゆるした動きでもたれかかってくる。
前屈のようにぺたりと身体を折り曲げて、それから脚を曲げると、膝の上にじりじりとよじ登ってきて、腿を跨ぐようにして乗っかったら、そのまましがみついてきて大人しくなった。
「…………………………」
甘えられてしまった。
多分。
靴下を履かせてもらえて、甘えてる。
ダメ人間だ。
いやでも多分、甘えてるのも計算だ。
甘えられると甘やかしてしまうので、そのまま冷戦状態をうやむやにしようとしてる。
だけど、黒いのが好きと言ったヒル魔は異常に可愛くて、もううやむやでも良いかという気になった。
ヒル魔が肩の上に頭を乗せるようにしてもたれかかってきてるので、ふわふわに仕上がってる髪の毛が鼻先に触れてる。
あーぁ。
可愛いなぁ。
あきらめたような気持ちでヒル魔の背中に手を回したら、ヒル魔も首に手を回し返してきたので、そのままよいしょと持ち上げてベッドへ運んでしまった。
そっからはもうごろにゃんごろにゃんみたいな大騒ぎで、履かせたばかりのヒル魔の靴下は、結局すぐ脱ぎ捨てられてベッドの下に転がってた。
「………………ヒル魔、起きろよ」
多分、寝たのは1時間くらい前だ。
その頃にはすでに空は白んでた。
なんでか知らないけど盛り上がりに盛り上がって、ふわふわのヒル魔を死ぬほど堪能してしまった。
カーテンから入る日を嫌がって、ヒル魔はうつ伏せで枕を抱いたまま動かない。
「遅れんぞ」
オレだって死ぬほど眠たいけど、そんなもんは自業自得でしかないので無理やり目を開けて身体を起こす。
ヒル魔の着替えを取り出してベッドの上に放り投げ、自分も急いで服を来た。
メシ食ってる時間ないかな。微妙。
ちょっと早めに出て、途中コンビニに寄れば良いか。
予定を思案しながらとりあえず顔を洗って戻ってきても、ヒル魔はうつ伏せのまま動いてなかった。
ぐったりしてんじゃねーよ。ぐったりしてーのはオレだよ。
枕を取り上げようと引っ張ったら、ぎゅっと掴んで離さないのでどうやら起きてる。
このままうだうだしてたら、泥門には間に合ってもその後向かうオレが間に合わねーよ。
コイツそれ分かってやってんじゃねーだろうな。
自分だけ間に合えば良いと思ってんだろ。コロスぞ。
頑なに枕を離そうとしないヒル魔に、こうなったらとりあえず服だけでも着せようとパンツを手に取ったところでハタと気付いた。
パンツを、履かせても良いんだろうか。
1回パンツを履かせたら、もしかしてコイツは自分でパンツを履かなくなってしまうんじゃないだろうか。
「…………………………」
靴下を強請るヒル魔は、可愛い。
翌日辛いことが分かってるのに明け方まで大ハシャぎするくらいには。
ただパンツまで履かせるようになっても、そう思えるだろうか。
「…………………………」
そこまでなったらさすがに可愛いなんて思えそうにないし、万が一それを可愛いなぁと思うようになってしまったら嫌すぎるので、やはりパンツは手放してヒル魔の上に置いた。
「あと5分で起きねーなら、置いてくからな」
冷めた口調で言ったら、ヒル魔はゴネても無駄だと悟ったのかようやくむっくりと起き上がった。
ここではアッサリ引き下がるということは、靴下はゴネれば履かせてもらえると踏んでたんだろうな。
舐められている。
しかししょうがない。
冬のヒル魔は、ふわふわで2割増し可愛いから。
'16.12.17