はじめてのヤキモチ




「手」

ソファに座って、ちょっとテレビに夢中になってたら、咎めるようなヒル魔の声が飛んできた。

そのヒル魔は、狭いソファにうつ伏せになって、オレの腹に顔をくっつけるようにして腰に巻き付いてる。

「はいはい」

ぞんざいに返事をして、それからつい止まっていた手を動かしてヒル魔の髪を撫でる。
もう一個の手は、家に来て早々にヒル魔に捕まえられて、指を絡めて手を繋ぎ中。

ヒル魔は、甘えん坊だ。

高校2年の、しかもそこそこのガタイした男に使うには難がある言い方なんだけど、実際そうなんだからしょうがない。
アメフトと、それに関する作業をしているときはこっちのことなんかシカトするくらいの勢いなのに、それがないときはこうしてベタベタくっつきたがる。

これが、「悪魔の司令塔」なんて言われてるってんだからお笑いだろ。

特に手を握るのと、こうして髪を撫でられるのが好きらしい。
耳の後ろから髪に手を差し入れて、首まで撫でると満足そうに鼻を鳴らして顔を腹にこすり付けてくる。

最初は意外過ぎて驚いたけど、最近は結構慣れた。
仕草こそ顔に似合わずベタベタしてくるけど、表情や口調はいつものオレ様のままだし。
それに、誰にも懐かない凶暴な猛獣を、自分だけ手懐けたような気になって、なんとなく楽しい。
ちょっと拗ねたような顔で「もっと触れ」と言われると、くすぐったいような気持ちになる。

意外と柔らかい髪を丁寧に撫でる。
そうしてやってれば、ヒル魔は大抵大人しい。

膝の上のヒル魔がもぞもぞ動いたな、と思ったら、シャツを引っ張って、その下に手を突っ込んでくる。
ヤる気かな? と思ったけど、手は背中を撫でたっきり満足したようにぺったり抱き着いたままなので、どうやら甘えてるだけらしい。

なんか、恥ずかしいやつだよな。コイツ。
それが満更でもないオレも、所詮は同じ穴のムジナなんだけど。

「なぁ、風呂、一緒に入る?」

ヒル魔が、顔を少しだけ上げて、目だけ覗かせるようにしてそんなことを聞いてくる。

所謂「上目使い」ってヤツなんだろうけど、そう呼ぶには目つきが悪すぎる。

「入んねーよ」
「なんで」

なんでもクソもあるか。
前に一緒に入ったときの、テメェの悪行を忘れたのか。

オレはもう誓ったんだよ。
テメェとは二度と一緒に風呂なんか入らねェって。

「じゃぁ、もう寝る?」

服の下に突っ込まれた手が、さっきとは違って、今度は性的な感じで身体を撫でてくる。

相変わらず、土曜日はいつもこんな感じだ。

普段はそんな早くベッドに入ったりしねェクセに、土曜の夜はすぐに「もう寝よう」「もう寝よう」と絡んでくる。
なぜならコイツは、土曜日ならヤレると思ってるからだ。

まぁ、その認識は別に間違いじゃねェけど。
翌日朝練があるときは、絶対しない。なぜなら立てなくなるから。
まぁ、最近は、立てなくなるってほどじゃねーけど、ケツは痛ェし腹は痛ェし、とてもアメフトが出来る状態じゃなくなるのは確かだから、平日は精々手でお互いに触ったりする程度。

手でやっても、気持ちいし、出すものは出してるんだからいいのにと思うのに、ヒル魔はそれだけじゃやっぱり不満らしく、毎週土曜日の夜を、そりゃぁもう楽しみにしてるらしい。

最近気付いたけど、金曜日は、手遊びは絶対しないし。
土曜日をより楽しくするために、わざと金曜日はしてないっぽい。

ヤった次の日、体調の悪さにうんざりはするけど、最近は割とうまく出来るようになってきた気がするし、土曜日がセックスデーってのに異論はない。

ただ、今日は。

「なぁ」
「んー?」
「今日、挿れんのナシな」

どう切り出したら怒らないかなと考えてたけど、多分どう切り出しても怒るだろうと思ったので、とりあえず、出来るだけさりげなく、別にどーってことないよな? って口調で言ってみた。

「………………はぁ?」

多少ハラハラした心境を顔に出さないように気をつけながら平然とした顔を作ってると、思った通りヒル魔の声がイキナリ低くなって、さっきまでゴロゴロと懐いてきてた顔を上げると苦虫でも噛み潰したような顔で睨んでくる。

お前、そんな顔すんなよ。
一日ヤレねーくらいでなんなんだよ。
いくらなんでも本能に忠実すぎるだろ。

「明日、朝バイク乗らなきゃなんねーの」
「知らねーよ」

さっきまでの上機嫌はなんだったんだってくらい、一瞬で不機嫌になったヒル魔がソファから立ち上がると、手を引っ張ってベッドに連れて行こうとしてくる。
どうしようか迷ったけど、ここで抵抗してもさらに機嫌を損ねるだけだろうし、手でやるのなら付き合ってやるつもりはあるから、大人しくそれに続いた。

ベッドまで来ると、スグに押し倒してキスをしてくる。
それに答えて頭を撫でてやると、ヒル魔の肩から力が抜けて、怒ってたような空気が霧散していくのが分かる。

ただ、服を脱がせてやって、下に触ろうとすると、嫌がって手を払われた。

コイツ、まだヤる気でいやがんな。
手でヌかせねーようにしてるらしい。

「明日、車検行くの。バイクねーとテメェも困るだろ?」

宥めるように言って頭を撫でてみるも、ヒル魔はフンって感じで顔をそむけて、聞く耳なんて持たねーよアピールをしてる。

「聞けよ」
「うるせー。ヤラせろ」

腕を突っ張って身体を離そうとしたら、それより強い力でヒル魔が抱き着いてくる。

肩で抑え込むようにしながら、器用に片手でベルトを外してくる。
下着をずり下ろすと、すぐにケツに手を伸ばしてきて、それを撫でたり揉んだりしながら腿に性器を押し付けてくる。

「ん、ヤラねーからな……あ、手でしてやるから」
「ヤダ。ヤラせろ」
「だから、車検だっつってんだろ、あ、あっ」
「知らねーよ」

なんてワガママな野郎だ。
というか、なんて勝手な野郎なんだ。

よく考えりゃ、ヤルときはいつだってオレが下だし。
テメェはケツにチ×コ突っ込まれたことねーから知らねーかもしんねーけど、大変なんだよコッチは。

「ヤメロって」
「…………」

かなりキツ目に言って押し返そうとしても、ヒル魔はもぞもぞ動いてコトを進めようとするばかりでまったく上から退かない。

しかも無視かよ。

正直、こうしてベッドの上で身体をくっつけたりしてると、かなり気持ちいい。
撫でたりキスされたりされると、もうこのまましてもいいかなー? って気もなる。

でもダメなんだよ。
明日は絶対車検行くんだから。

ホントは先週行こうと思ってたのに、コイツがあまりにもヤル気っぽかったから、言い出せなくて見送った。
もう期限も迫ってて、これ以上先延ばしには出来ねーの。

「嫌だっつってんだろっ」

それでも、このままだったら流されて結局ヤっちまうかも、と思ってたのに、なんでかヒル魔が急に動きを止めて、それからちょっと身体を起こす。

なんだろうと思って見ると、死ぬほど不機嫌な顔をしたヒル魔と目があった。

「…………なんだよ。ダメなもんはダメだからな」

急に相手からの抵抗がなくなると、悪いコトをしたような気になるのはなんでだろう。
怒ってたはずの気持ちがなんとなく削がれて、掛ける声がつい小さくなる。

というか、たまにコイツ、こういうことするよな。
ダメだつってもヤメロつっても全然言うことなんて聞かねーのに、たまに、急にピタっと大人しくなることが。

どういう基準だか知らねーけど、まぁ大人しくなってくれることはありがたい。

「………………」

ヒル魔は動かなくなったけど、まだ上からは退かずに睨んできてる。
しかも無言で。
大人しくなることはなったけど、まだ全然納得してないらしい。

「言いたいことあるなら言えよ」

無言で睨まれてると、なんだか居心地が悪くてこっちから謝ってしまいそうで、そうならないうちに目を逸らしてそれだけ言う。
そしたらヒル魔がプイっと顔を背けて、ようやっと上から退いた。

そんで、そのまま横に転がると、ベッドの上でうつ伏せになったまま動かななくなる。

なんだこれ。
怒ってんのか?

まぁ、怒ってんだろうけど、なんなんだよその幼稚な怒り方は。

枕に顔を埋めるようにして、その枕を両腕でぎゅっと抱いてる。
肩に力が入ってて、そこからまさにイライラとしたオーラが立ち上ってるかのようだ。

「おい」
「………………」

話しかけると、ぴくっと肩が反応するけど、返答はない。

なんなんだコイツは。
子供みてェな拗ね方してんじゃねーよ。
しかも理由が、今日はヤレないってだけで。

「手でしてやるって」

それでも、そうやって全身で悲しみを露わにしてるヒル魔を見てると、どうしても可哀想になってくる。
本来は、死ぬほどバカみてェな話なんだけどな。
たかが一回セックス出来ないってだけなんだから。

傍から見たら、コイツは我儘で自分勝手で、くだらないことでいじけてるただのバカ野郎なんだけど、それを見てこうして胸を痛めるのは、惚れた弱みってやつなんだろうな。

「……いらねーよ」

せっかく優しく声をかけてやったのに、いじけたヒル魔はそう言って顔も上げない。

嘘ついてんじゃねーよ。勃ってたくせに。

「こっち向けよ」
「触んじゃねーよ」

機嫌をとろうと思って頭を撫でたら、可愛くないことにそんなことを言う。
頭に触ってやれば、大抵のときはご機嫌になるのに、どうやらそうとうご立腹らしい。

「しょーがねーだろ。出来ねーもんは出来ねーの」
「勿体つけてんじゃねーよ。もう処女でもねークセに」
「………………あ?」
「だいたい、ヤラせる気がねーなら、ノコノコ家まで来てんじゃねーよ」
「ンだとテメェ……」

ヒル魔が吐き捨てるように言った言葉に、思わずカチンときて低い声が出る。

ヤラせねーなら来んなだと?
なんだそりゃ。
そりゃつまり、オレに会うのはヤルためだけってことか?

だいたい、いつも迎えを頼んでくるのはテメェの方で、オレはわざわざ来てやってんだよ。
それなのに、一回ヤレねーだけでそんな言いぐさか。

「そーかよ! 悪かったな! じゃぁ帰るからっ!」

そう言ってベッドから起き上がると、ヒル魔が顔も上げてないのに、やたらと正確な動きで片手を伸ばしてきて、ガシっと手首を捕まえてくる。

「離せよっ」
「ダメ。泊まってけ」

なに言ってんだこの野郎。

「泊まったってヤラねーからな!」
「…………」
「それじゃ意味ねーんだろ! だから帰んだよ!」

手首を握るヒル魔の手の力がぎゅーっと強くなって、イライラしてる感じが伝わってくる。
手を振り切ろうにも握ってくる力が強すぎて、腕を引いても離れないので、しかたなくベッドの上に座ってうつ伏せのままのヒル魔を見る。

相変わらず枕に顔を突っ込んでて、知らない人が見たら泣いてるんじゃないかと思うかもしれない。
コイツに限って、泣くわけなんかねーけど。

それっきり黙ったヒル魔に、こっちだって話しかけてなんかやるもんかって気になって、しばらく沈黙のままただじっと座ってヒル魔の次のアクションを待つ。

手首を掴まれたままじゃどこにも行けないし、することがなくてヒル魔の後ろ頭をぼんやり見てると、やっぱりスグに、なんとなく可哀想だなって気になった。

よく考えたら、別に今の言葉だって、怒るようなことじゃなかった気がする。
ちょっと拗ねて憎まれ口を叩いただけだ。
コイツの口が悪ィのは、今に始まったことじゃねーし。

ヒル魔がオレと一緒にいるのは、ヤルためだけじゃないってのは、土曜日しかセックスしなくても毎日会ってるってことから当然分かる。

それに、コイツがこんだけいじけてるのは多分、今日できなかったら来週まで出来ないと思ってるからだ。
つまりコイツは、こんなに拗ねるくらいヤリたがってても、それでも平日はヤラない気でいる。
今までも、平日にコイツがゴネたことはない。

週一でしかヤラないってのは、別に明確に約束したことじゃないけど、その辺、一応オレに気を遣ってるんだと思う。

そういう普段の行いを知ってるから、土曜日にヤレないってことで多少拗ねたコイツが無礼な口をきこうと、まぁ許してやるべきなのかもしれない。

「ヒル魔」

落ち着いて息を吐いてから、優しい口調になるように留意して名前を呼んでみる。

そうすると、やっとヒル魔がちょっとだけ顔をあげて、例の凶悪な上目使いで目をのぞかせる。

捕まれてない方の手でよしよしと頭を撫でたら、うつ伏せのままベッドの上を肘で歩くようにじりじりと近寄ってきて、べたっと腰に巻き付いて大人しくなった。

ほんとコイツって、恥ずかしいくらいオレのこと好きだよな。

「明日、昼には戻ってくるから」
「…………」
「そしたら、してもいーぜ」

こんだけ懐かれたら悪い気なんかしないし、慈悲の心みたいな、よくわからない気持ちも湧いてくる。
そもそも、別にオレだって、テメェとヤリたくねーわけじゃねーし。

「…………昼から?」
「そう。昼から」

正直土曜日以外はヤリたくねーけど、日曜の昼にするなら、月曜の朝までには体調も戻ってると思うし。

腰に巻き付いたまま顔を上げたヒル魔は、まだちょっと拗ねたような顔のままだったけど、耳の後ろを撫でると気持ちよさそうに目を細めた。

手を伸ばして頭の後ろを掴まれたので、それに逆らわずにベッドに転がると、機嫌を直したヒル魔が懐くようにすり寄ってくる。

「手でする?」

さっき勃ってたのを思い出してそう聞いたら、ヒル魔はちょっと考えるような顔をして黙る。
いつも金曜は手ではしないから、明日ヤルなら今日はどうしようとか思ってるのかもしれない。

「…………する」

それでも、一回勃ったアレをどーにかしないかぎり、仲良く2人ベッドで寝る気になんてなれないらしく、怒ったような声で答えながらも手をひっぱってちょっと勃ったそれに触らせてくる。

上に乗っかるヒル魔を、下に寝かせようと力を入れても、なぜか抵抗して上から退かない。
手でしてやるときは、撫でたりキスしたりしやすいように、コイツを仰向けに寝かせてやることが多いのに、今日はこのまましたいらしい。
多分、セックスへの未練が立ちきれなくて、せめてもの代替行為のつもりなんだろう。

意図を察してそのまま軽く握ってやると、思った通り手にこすり付けるように腰を振ってくる。

「ぅ……ん…………」

セックスしたいヒル魔ににとっては悪いのかもしれないけど、実はオレ、手でやるのって、結構好き。
こっちの方が、ヒル魔が感じてる様子がよく分かるから。

ヒル魔が腰を使ってくるのに合わせて握る力を強めたり先端を弄ってやったりすると、コイツは意外と簡単に声を出す。

肘で身体を支えるようにしてちょっと身体を離してるヒル魔の顔を見ると、目を細めてちょっと口を開いてる。
眉を顰めてる感じが切ないような気分を盛り上げて、もっと感じさせたくて左手も性器に伸ばして両手で責めてみる。

「うー」

ヒル魔が首筋に顔をよせて、軽く噛みついてくる。
もしかしたら、余計なことすんなって怒ってるのかもしれないけど、気持ちよさそうに腰をくねらせるのが面白い。
そのまま丁寧に両手で撫でたり揉んだり、たまに先端の穴を弄ったりすると、ヒル魔が溜息のように大きく息を漏らすことが多くなってくる。

「ん、それ……」
「ん?」
「気持ちいから、もっとしろ……」

耳元でされるお願いの通りに手を動かしてやると、堪らないって感じで腰の動きが早くなる。

「ハバシラ」
「なに?」
「挿れたい」
「………………明日な」

甘えた様に駄々を捏ねるヒル魔に一瞬グラっときたけど、宥めるようにそう言い返したら、抗議のつもりかキツ目に首に噛みついてくる。
それでもそれ以上は言わなくなって、大人しく上で腰を振ったまま精液を吐き出した。


'13.08.03