はじめてのお触り
葉柱に好きだつって、抱きしめて、キスして別れた次の日。
いつもだったら空けられる三日を待たず、部活終わりに葉柱を呼び出した。
多少そわそわしながら待ってたら、ドアを開けた葉柱が、普通に「よー」みたいなことを言ってきたので、一瞬昨日のことは夢だったんじゃないかと疑った。
ただ、よく顔を見ると、目元が少し赤く染まっているのを見つけて安心する。
そうだよな。やっぱ、間違いじゃなかったんだよな。あれは。
だから、浮かれた気分で葉柱に近寄って、肩を抱き寄せてキスをしようとしたのに、「うわっ」とか言って避けられた。
「なにすんだよっ」
なにって、キスだろ。
キスはしていい約束だったじゃねェか。
やっぱありゃ夢か? オレがあんまりにもテメェのことばっか考えてるから見た幻だとでも言う気じゃねェだろうな。
「ここではヤベーだろ」
誰もいないのに、葉柱がひそひそ囁くように声を落として言う。
あぁ、なんだよ。場所の問題かよ。
「なんでだよ」
「なんでって……、普通そうだろ」
じゃあ手だと思って捕まえようとしたら、一瞬早く気づいた葉柱に避けられる。
「なにが問題だよ。二人きりで、部屋の中で、なんも問題ねェだろうが」
「……学校じゃダメだろ」
出た出た。ダメなのな。
お前のダメなことって多すぎねェか?
こっちは、早く昨日のことがやっぱり本当だったって確かめたくて、触ってキスしたくて堪んねェっつーのによ。
お前だって不安だったんじゃねェの? 勿体つけやがって。
「じゃ、早く行こうぜ」
学校じゃなきゃいいんだな?
つまり、いつものあの部屋でしようぜってことだよな?
せかせかと葉柱のバイクまで歩いて、やたらとのんびりしてるように見える葉柱を多少イライラして待つ。
「早くしろ」
「……お前って、そんな感じだったか?」
あ? なにが?
あぁ、そういや、バイクで迎えに寄越させたくせに待たせて、「早くしろよ」なんて言うお前にわざとゆっくり歩いて近づくなんてことしてたのは、オレの方だったな。
そういうポーズとる余裕は今無ェんだよ。分かれよそんくらい。
「ちゃんと捕まれよ」
あぁ、なんかそれ、久しぶりに聞いたな。
そんでオレが、いっつも「落ちねェから早く行け」とか言ってな。
ちょっとどうしようかなと迷ったが、今度は言われた通り腰に手を回してしがみついてみた。
葉柱の身体がビックリしたように固まる。
なんだよ。掴まれつったのはソッチの方じゃねェか。
「早く行け」
オレは、後ろからじゃなくて、前から抱きしめたいんだよ。
そんで、お前に抱き返されてーの。
黙ったまま発進されるバイクの後ろで、葉柱の背中に顔を埋めながら、早く家につかないかなーと待ちわびた。
のに。
「なぁ、あの部屋って、電子レンジとかあったっけ?」
なにのんびりコンビニに寄り道してんだコイツは。
「無ェよ」
あの部屋は、もともとそんな生活用には使ってねェんだ。
辛うじて小せェ冷蔵庫があるだけ。
「そっかー。温めてもらいやいいけど、ちょっと冷めるよなー」
なに弁当なんて物色してたんだよ。
つーか、それ普通に食う気? あぁ、腹減ってんの? いや、だとしても、あんまりにも色気がなさすぎねェかそれは。
結局葉柱はジュースとお菓子と、それといくつかのオニギリとパンなんかを適当に買った。
「え? お前、腹減ってるよな?」
訝しげな目でみてたら、そんなことを聞かれた。
まぁよ。減ってるか減ってないかで言ったら、死ぬほど空腹だよ。
なにせ、部活でたっぷり運動もしてるしな。
けどオレには、それよりしたいことがあんだよ。
イライラしながらも、問答なんかしてる時間も惜しいので、葉柱から荷物を受け取ってまたバイクの後ろに乗る。
やっとアパートが見えてきたときには、永遠の時間が過ぎたんじゃねェかと思ったぜ。
学校から、たかだか10分程度の距離なのによ。
部屋に入ってドアを締めたらすぐに抱き寄せるつもりが、葉柱がなんかせかせかしながら、「ジュース、冷蔵庫入れていいよな」とか言ってキッチンとも呼べない程度の備付の台所へ向かう。
「おい」
「あぁ、コップ、出していいか?」
それから、こっちに戻って来ねェで、前散々試合見に来てたときに覚えた場所からコップを取り出したりして。
「おい」
「お前、コーラとお茶、どっちがいい?」
あぁ。分かったよ。なるほどな。
「照れてんじゃねェよ」
言ってやったら、いそいそとジュースのキャップを開ける葉柱の手が止まった。
「いーから座れ」
反論させないように強い口調で言うと、葉柱が躊躇ったような仕草をしたが、すぐに思い直したようにソファの右側に座る。
そうそう。お前はいつもそっち側だったな。
素直に言うことを聞いたことに満足して、空いた左側に腰掛ける。
顔をこっちに向けないことが不満だったので、肩を掴んで身体をこっちに向けさせると、期待と不安が半分ずつくらいの目が見える。
「ここならいいんだよな?」
一応、念のために聞いとくがよ。
「…………まぁ」
返事と同時くらいに抱きしめた。
片足をソファに乗り上げるようにして、できるだけ身体が重なるように。
あー、なんで、これだけで、こんなに気持ちいいんだろうな。
葉柱の手が背中に回されると、そこがじんわりと温かくなるような感じがする。
あと、キスもいいんだよな。えーと、首から上なら。
キスが出来るように少しだけ身体を離して、それから顔を近づける。
薄く開かれた葉柱の口に舌を入れて、甘い唾液を啜る。
舌を甘噛みすると葉柱の指先に一瞬力が込められて、それが気持ちいいのでしつこく繰り返した。
期待通り背中で蠢く葉柱の指が更に快感を与えてくれて、自然と葉柱に押し付ける身体の力が強くなる。
「おい」
一旦唇が離れると、葉柱が何かを言いかけたようだが、気にしないでもう一度口に吸いついた。
気持ちいいから、止めたくねェんだよオレは。
「待てって、落ちる」
そう言いながら手で押し返されたので、仕方なく体を退いた。
確かに葉柱はソファの端ギリギリまで来てて、オレは上から覆いかぶさるようにしてたから、危なっかしくてしょうがなかったんだろう。
くそ、メンドクセェな。
それならと思って、葉柱の脇の下に腕を突っ込み、今度はこっちに引き倒した。
葉柱を端に追い詰めてたせいで出来たスペースに仰向けになるように寝て、葉柱をその上に乗せる。
うん。さっきよりも密着できて、中々いい。
少し頭を上げてキスをすると、また葉柱がそれに答えてくれる。
首が疲れるので肘掛に頭を乗せるように力を抜いたら、葉柱が離れないように追いかけてきて、舌を吸ってくる。
背中を撫でまわすと、葉柱が時々切ないような息を吐く。
それが感じるから、もっとそうさせたくて熱心に身体を撫でた。
腿の辺りも撫でてみたが怒られなかったので、その手を上に向かわせたら、ケツに到達する前に葉柱が体を離した。
なんだよ。いいとこだったのに。
「……腹、減ったよな」
「減ってねェ」
せっかくの楽しくて気持ちいいことを葉柱が止めようとするので、それが不満で嘘をつく。
逃がさないように背中を抱く腕に力を入れて、顔を近づけたが葉柱が首を捻ってそれを避ける。
葉柱が背もたれに手をついて身体を起こすと、不利な体勢のせいでそれに勝てず、くっついてた身体はすっかり離された。
こんななら、オレが上になるように押し倒せばよかったと思うが、そんなこと考えてももう後の祭りだ。
「食おうぜ」
「いらねェ」
「ヒル魔」
あきらめ切れずに葉柱の身体を追いかけたのに、まるで子供を窘めるみたいな口調で諭された。
なんだテメェ、何様のつもりだよ。
まぁいい。別にまだ時間はたっぷりあるんだ。
ちょっとくらいテメェに落ち着く暇をあたえてやるよ。
「なんか試合見るか?」
「え? あ、うんっ」
だからちょっと一息いれるかと思って何気なく言った言葉に、ものすごい笑顔が返ってきたので驚いた。
「ザ・キャッチのやつ見てェ」
「あ? あぁ、クラークのやつな」
ビックリした。いや、何も驚くことはねェよな。
そういや、試合見てるときは、だいたいこいつ、こんな顔してたな。
久しぶりだったんで、忘れてたけどよ。
急に胸が落ち着かなくって、葉柱が所望した試合を探すフリをしてソファから離れた。
一体なんだってんだ。別に、こんなドキドキする必要はねェだろ。
意識して息を吸って吐くと、少し動悸が収まった。
そういやそうだった。アイツがあんな顔してっから、オレは手ェだせなかったんだ。
でも、今は焦ることねェ。さっきだって、触ったり、キスだってした。
試合見て、腹にもの入れたら、もう一回させてくれるはずだ。
もう一回というか、もうちょっと進んだこともしてェ。
やっとROMを見つけたフリをして、それをプレイヤーにセットして葉柱の隣に座る。
葉柱の目はスグ画面にくぎ付けになった。
さっきは、この口にキスしたんだよな。
今は試合に夢中になってるせいか、力が抜けて、ちょっと開かれてる。
あそこに、舌を入れて、舐めたり吸ったりした。
それから、ソファの上の葉柱の手を見る。
今は弛緩して開かれているそれが、興奮して握られるのをじっと待つ。
テレビの中から歓声が大きく聞こえたな、と思ったのと同時に、葉柱の手もぎゅっと握られた。
「なぁ、今のさ」
「おー」
たまに葉柱に話しかけられるに生返事を返して、不規則に握ったり開かれたりする手の動きをずっと見てた。
しばらくそうしていたら、急にその手が動かなくなったんで、どうしたんだと思って視線を上げたら、なんだか困ったような顔をしている葉柱と目がった。
あ、こりゃバレたな。
オレが試合なんか全然見てねェで、手ばっか見てたの。
「なんだよ」
まぁ、別にだからって問題ねェだろと思って、神妙な顔して黙ってる葉柱に、「それがなにか?」って感じで声をかける。
「いや、なんだっつーか……お前、手、好きなのか?」
「あ?」
「なんか、昨日も異様に手に執着してたしよ……」
そういや言われたな。「手フェチ」なのか? とか。
別に、今までそういった性癖はなかったけどよ。テメェの手は、なんか凄ェ好き。
「おー」
「…………変わってんな」
そう言って、葉柱は左手を思わずと言った感じで引いて、もう一方の手で隠すように包む。
それが「見るな」と言ってるようで、なんとなくムカつく。
「手、握らせろ」
「…………え?」
「手はいいんだろーがよ」
そう言ったよな?
だから手首を掴んで引き寄せて、また指を絡めて手を繋いだ。
「……試合、見ろよ」
「もー見た」
ザ・キャッチなんて、既にあきれるほど見てるに決まってんだろ。
「……オレは見たいんだよ」
「見てていーぜ」
手くらい握られてたって、別に問題ねェだろ。
試合見てるお前は結構好きだから、別にこれ以上邪魔しねェし。
画面の中の試合は刻々と進むのに、なぜか葉柱はもじもじしてそっちに目を向けない。
なんつーか、お前、イチイチ反応がオボコいんだよな。
童貞ってワケじゃねーとは思うんだけど。
「試合見ねェなら、さっきの続きしよーぜ」
身体を寄せても何も言わなかったので、いいってことだなと思って腰を掴んで引き寄せた。
つーか、ソファってのは、隣に座りながらだと、意外とくっつき難いんだな。
今までこんなことしようと思ったことがなかったから知らなかったが、背もたれが邪魔だし、お互いの脚も邪魔で、思ったより身体がくっつけられない。
さっきみたいにまた引き倒すかとも考えるけど、あの体勢だと葉柱が優位で簡単に逃げられちまうし。
ベッドの上が一番やりやすそうだけど、そんなとこ誘ったらコイツ警戒するだろうしなぁ。
だからといって、床に押し倒すのもあんまりなような気がして出来ない。
葉柱はソファの端っこに座ってるから、この上で押し倒すことも出来ないし。
「あぁ」
そこまで考えて、思いついたので立ち上がる。
急に身体を離したので、葉柱が訝しげな顔をしたが、まぁ待ってろよと思いそのままソファの前を通って葉柱が座る方のソファの端にくる。
そこから肩を押してやれば、今までヒル魔が座ってたスペースに簡単に葉柱を仰向けにできた。
「うわ、おいっ」
葉柱の脚を片方掴んでソファの上にのせ、その間に片膝をつくようにして葉柱の上に伸し掛かると、身体がぴったり密着できて、堪らない満足感を覚える。
目に入った首筋に噛みつきたくなるが、そういや首はダメなんだったと思いだし、自分を宥めて頬にキスをした。
髪に手を突っ込んで撫でると、意外とサラサラで、触り心地がいい。
「おいって」
「んー?」
葉柱がちょっと焦ったような声を出すけど、本気で押し返してはこないし、別段「嫌だ」とも言ってないから適当な返事をして無視する。
首筋に顔をよせて匂いを嗅いでみたら、くすぐったかったのか葉柱が「あはは」みたいなマヌケな笑い声をあげた。
'13.04.22