ヒルルイの容姿




「お前、髪黒に戻したりしねェの?」

ソファの隣に座った葉柱が、なんか真面目な顔してんなと思ったら急にそんなことを言われた。

「これ地毛だし」
「嘘つけ。下は黒いじゃん」

考えなくても適当な嘘がサラっと口から出たのを、ノータイムで否定される。
まぁ、そうだな。

なんで急にそんな話が出たのか知らねェが、葉柱が熱心に髪を触ってくる。
触れれるのは気持ちいいからそのまま好きなようにさせてると、今度はくしゃくしゃとそれをかき回し、立ててた髪を寝かせるように撫でつける。

「なんだよ」
「いや、この髪止めたら、もちっと普通に見えるかと思って」

なにサラっとムカつくこと言ってんだテメェは。
大体、爬虫類が人間様に普通を説いてくるんじゃねェ。

「やっぱ口が問題かなー」

なにが「やっぱ」なんだよ。
つーか、言うに事欠いて「問題」って言いやがったか?
人の顔みて「問題」とはどういう了見だよ。

珍しく真剣な顔してると思ったら、どんな頓珍漢なこと考えてやがんだコイツは。

「いや、その裂けてるみてェな口と、凶悪に尖った牙と耳と、異常に吊り上った目と眉毛をなんとかすれば、カッコヨク見えるんじゃないかなーって」

なにが「なんとかすれば」だ。ほとんど全部のパーツにケチつけやがって。
なんとかしなくていいのは鼻くらいか?
鼻以外全部とりかえたら、そりゃもう別人だろうが。

「整形でもしろってのか」
「いや、そーじゃなくてさ」

ムカつく気分を隠さずに言ったら、葉柱がちょっと焦ったように顔を触ってくる。

「口閉じて」

唇を撫でられて、言われた通りに口を閉じる。

「で、睨むの止めて」

こめかみの辺りをマッサージするようにもまれて、眉間に入ってた力を抜いた。

「髪下ろして隠せば耳も見えねェし」

せっせと髪を整えるように指で梳かし、耳を隠すように撫でられる。

「うん。…………うーん?」

言われたまま大人しくしてやってたのに、なに納得いかねェみたいな声出してんだ。
ムカつく野郎だなテメェは。

「格好良いカレシが欲しいなら他あたれ」

めんどくさくなって手を払いのける。
顔でアメフトするわけじゃねェんだから、どうだっていいだろうが。

「違うって。怒んなよ」

だいたい、こっちから言わせりゃ、異様にギョロ付いた目に困ったように垂れてる眉、アホっぽく開いた口から舌がはみ出て三割増しバカみたいな顔してるお前に、容姿についてどうこう言われたくねェっつーの。

そんで更にムカつくのが、オレはその顔を意外と気に入ってるってことだ。
なのに、葉柱はオレの顔が「問題」なんだとよ。

怒んねェワケねェだろこんなの。

「だって、オレはお前の顔って結構イイと思うんだけど、他のヤツら皆怖いって言うからさー」

呑気な声で言われて、閉口した。

他のヤツらって、何?
お前、まさか賊学の連中とかに「ヒル魔の顔ってかっこいいよな?」とか聞いてみたワケ?
頼むから、余所であんまアホみてェなことしないでもらえねェかな。

「……美形っつーのは、糞ジャリプロみてーなのを言うんだよ」
「えー? 桜庭より、カッコイイと思うけど……」

諭すように言ったら、なぜか拗ねたような口調でそう返された。
ちょっと待てお前。その発言は、「他のヤツら」ってのには聞かせてねェだろうな。

そりゃ、オレだってお前の顔をそこらのアイドルより可愛いって本気で思うよ。
ただ、それが世間一般から見たら間違った認識だってのを自覚してる。

恋は盲目状態でオレの顔を気に入ってくれんのはイイけどよ、その辺お前も自覚しといてくれねェか?
そんで、平気でそういうこと賊学の連中に言わねェでもらえる?

「…………」

もうなんて言葉を返したものかも分からなくなって、脱力したまま抱き着いてきた葉柱の頭を撫でる。

「怖くないようにしたら、皆カッコイイことに気づくかなーと思って」

だから、牙隠すように口閉じさせたり睨むの止めさせたりしてみたってのか。
バカみてェなこと企んでんじゃねェよ。

だいたいさー。

「お前、オレがカッコイイのがバレて、モテたりしてもいいわけ?」

「バレて」もクソも無ェんだが、当の葉柱がそう信じてるからしょうがない。
話しを合わせてどうにか考えを改めさせるように持ってかねーと。

「えー? 顔良くても、性格悪いから大丈夫じゃねェ?」
「…………」

なんか、今日ちょいちょいムカつくなお前。

「じゃ、別れるか?」
「ヤダ」

さっきから妙にアホっぽく喋りやがって。
それでもぎゅうぎゅうに抱き着いてくるのを可愛いと思っちまうあたり、オレも相当腑抜けてんだよな。

「なぁ、お前はどう?」

どうって、なにが?

「オレの顔」

葉柱は、カッコイイって褒められるのを疑わないような目でこっちを見てきた。

「アホっぽい」
「なんだよそれ」

お前ってさ、意外とナルシストなんだよな。
自分のこと、結構カッコイイと思ってやがんの。
朝だって毎日気合いれて髪型作ってさ。

確かに、モテやがるからなコイツは。
変な自信持ちやがって。

ただな。お前のは顔じゃなくて、「議員の坊ちゃん」ってのと「賊学の総番」且つ「運動部主将」ってステータスでモテてんだよ。
親以外については葉柱が自力で手に入れたモンだから、それも含めて葉柱だと言えばそうなんだけど。

それでも、そのステータスとっぱらったら今の半分もモテねェぞお前は。

「なぁ、ホントはどう思ってんだよ」

なんで「アホっぽい」って感想は嘘だと決めつけてんだよ。正真正銘の本心だっつーの。
まぁ、正直なところ、気合入れてるときはソコソコ格好良いってのは認めてやるけど。

特に、怒ってるとき。
眼に力入れて、眉を顰めて口を引き結んでるのが、オレが最初に見たお前だったし。
その顔に惚れたはずが、本性はこんなマヌケ面の甘えたがりだったってのには笑えるけどよ。

「なぁって」

あきらめきれない葉柱が、しつこく体を揺すって返事を促す。
お前、オレが「カッコイイ」って言うまでそれ続ける気じゃねェ?

「お前さ」
「あ?」

「『一般的には美形だけど、オレの好みじゃない』ってのと、『一般的には不細工だけど、オレは凄ェ好き』ってのだったら、どっちがイイ?」

試しに聞いてみたら、眉を顰めた葉柱が本気で悩みだした。

お前、オレに惚れてんなら、嘘でも後者だっつっとけよ。
このナルシスト野郎。


'13.04.22