ヒルルイと将棋




葉柱のバイクのケツに乗ってる時点で、なんかコイツ今日上機嫌だなぁ、とは思ってた。
浮かれてるような顔と、そわそわした素振り。

だから適当にメシに寄ってから家に着いた後、風呂上りの葉柱がニコニコしながら自分の荷物から何かを取り出して近づいてくるのを見て、それのせいだったんだなと悟った。

PCラックに座りながら横目で見ていると、葉柱はソファに座り、その荷物をローテーブルの上へ置く。

「お前、将棋打てる?」

そんで、なぜか少し意地悪そうな言い方でそんなことを言う。

ニコニコした葉柱が手に持っていたのは将棋盤と駒で、葉柱は2つに折りたためるその将棋盤を、わざわざ家から持ってきたらしい。

「ルールくらいはわかんだろ?」

何も答えないでいると葉柱は特にそれを気にすることもなくそう続け、それから駒を盤の上へ落とすとチマチマとそれを並べ始めた。

「ウチのガッコの将棋部のヤツがいんだけどさー。まぁ、たまに、それに付き合ってんだよ」
「ア?」
「結構強ェヤツなんだけどなー。まぁなー」

聞いてもいないことを勝手に喋り出す葉柱の顔は、先ほどよりも笑みを深くしていて、どうやら察するに、葉柱は、その将棋部のヤツに勝ったんだろう。
「たまに付き合う」と言ってたから、何度も対戦はしていて、そしておそらく、今日初めて勝ったんじゃないだろうか。それで、この浮かれようなんじゃないだろうか。

本当にその将棋部が「結構強ェヤツ」なのかどうかは知らないけど、まぁコイツ、意外とこういうの好きだから、多分論外のボンクラではないんだろう。

きっと「たまに」と言いつつ結構興に乗って付き合ったりしてて、それに勝利を収めたことに気をよくして、自分の力量を自慢するために、わざわざこうして将棋の盤と駒を用意してきたんだろう。

いやメンドクセーよ。
口頭で自慢を述べるくらいにすりゃいいのに、なに勝負持ち込んできてんだよ。

つーか、そういう土俵で、よくオレに挑もうと思ったな。

別に葉柱が頭脳派じゃないとは言わない。どちらかというと葉柱も、戦術なり戦略なりを楽しむ方だ。
だから将棋みたいなゲームも好きなんだろうけど。

「やんねーよ」
「え、なんで」

なんでって、なんでだよ。
逆に、お前オレが喜び勇んで参戦するとでも思ってたのか。

「見てわかんねーのか。忙しいんだよ」

ソファに座ってボケっとしてる葉柱に、これ見よがしに起動されているPCを指して示す。
それからもう視線を葉柱から外してそのPCへと戻し、それ以上の問答を拒否する意味も込めてキーボードを叩いた。

「そんなの後でいーだろ」

まぁそんな「暗に込めた意味」なんて葉柱が意に介するはずもなく、当然のようになにやらぶーぶー文句を言ってる。

フザケんな。
そもそも、なんでそんな「勝負」になるようなこと持ちかけてくんだよ。

葉柱との間には、極力「勝負事」なんてのは持ち込みたくない。なぜならどちらも、負けず嫌いだから。
適当にやって負けてやりゃいいじゃん、と思わなくもないけど、そう割り切れない。

葉柱には、負けたくない。
だからと言って、別に勝ちたくもない。

そういうのは、アメフトだけで十分だろ。

どんなに「それとこれとは別」と思ったって、アメフトでの勝敗だってやっぱり心には残る。
気にしないような素振りをしても、2人でいるときは避けるように話題にも上げない。
そもそもどちらかといえば、葉柱の方がより引きずるほうだろう。

コイツそういうの、分かってんのかな。
今口を尖らせて「いーじゃん」と繰り返してるアホみたいな顔を見るに、大いに分かってなさそうだけど。

多分、将棋の勝利に浮かれて、「オレ将棋強いかもー!」と浮かれたテンションそのままに、何も考えずに将棋しようなんて言い出したんだろう。

「じゃぁ、オレ振るからな」

胸中に生まれたムッとした感情は多分顔にも出たはずだけど、葉柱はそんなもの見てもいなかったのかそう言って、それからカラカラと駒の落ちる音がする。

「あ、オレからな」

どうやら勝手に振り駒をして、先手後手を決めたらしい。
葉柱の言葉に続いて、パチンと駒が盤を打つ音が聞こえる。

どうやら勝手に並べて、勝手に振って、勝手に差し始めてる。

「ほらほら、なぁ、7六歩」

コイツほんとフザケんなよ。

「7六歩。ほら」

ほら、じゃねーよ。
顔どころか視線も向けず完全に無視を決め込んでるのに、その精神の強さはどこからくるんだよ。

「………………3四歩」
「え?」
「だから、3四歩」

そりゃ、10分でも20分でも無視し続ければ、葉柱だってあきらめるだろう。
だからそうするのが一番の正着手だとわかってはいるのに、さっき生まれたイラついたような感情は意地の悪い心境へと変化して、それに従うように自分の手を述べた。

「お、おぉ………………」

スッと木を擦るような音が微かに聞こえ、どうやら盤の上の駒を、葉柱が代わりに動かしたようだ。

「えーと、2六歩」
「8八角成」

続く葉柱の手にも、間髪入れずにそう返す。

「……………………こっち見ねーの」

そこまでくれば、葉柱があからさまに不貞腐れたような声を出して、そう不満を告げてきた。

「必要ねーから」

お前ごときを相手にするのに、将棋盤を見る必要なんかねーから。
というまた暗に込めたこの皮肉は、どうやら今度は葉柱に通じたようだ。

葉柱がぐっと押し黙って、しばしの沈黙が流れる。

将棋盤に向かいもしないし、それどころかPCに向かってパチパチとキーボードを打つ片手間。
キーを叩くこの音は、葉柱にはさぞかしバカにされているように聞こえるだろう。

わざとそうやってキーを叩き続けていたら、テーブルの方からはチャラチャラと駒の落ちる音が聞こえたので、バカにされて腹の立った葉柱が、もういいと将棋を放棄したのだと思った。

「同銀」

そうなるだろうと思ってやったから、しめしめと思うような気持ちでいたのは一瞬で、なぜか葉柱がそうやって自分の手をさらに告げてきたのを聞いて、思わずキーボードを打つ手が止まった。

「ア?」
「だから、同銀」

葉柱の方を見ると、確かにテーブルの上の将棋の駒は崩され盤の横に落ち、もう並んではいない。
そして当の葉柱は、ソファの上でぐっと拳を握り、それからぎゅっと目を閉じて座っていた。

その姿勢が物語ってる。どうやら、「その勝負受けて立つ」と。

いやなにムキになってんだよ。
まぁ、先にムキになったというか、嫌味に吹っ掛けたのはオレだけど。

どうやら葉柱は、お前が見ないなら、オレも見ないから、とでも言いたいようだ。

正直この時点で、もう葉柱に負けることはないな、と思った。

目隠し将棋、という将棋盤と駒を使用せずに、記憶のみで将棋をするという遊び方はある。
それには、棋力に加えて、高い記憶力が必要とされる。

現時点では、セオリー通りの角の交換をしただけで、葉柱の力量なんてものはわからないし、葉柱の記憶力が悪いとも思わない。

それでも、葉柱は目隠し将棋なんてするのは初めてだろう。
ぐっと目を瞑り眉を寄せている様子からも分かる緊張感。

もし棋力と記憶力で差がなかったとしても、葉柱は、圧倒的に慣れてない。
盤も持ち駒も見失わずに数手先を考え思考するには、記憶力と、そしてある程度の慣れが必要だ。

「2二銀」

どうしたものかと思いつつも、自分の次の手を告げる。

「…………4八銀」

頭の中で駒を動かしているのか、少しの間の後に、葉柱もそうやって手を続けてきた。







「6二銀」
「………………1六歩」
「1四歩」
「………………7七銀」
「6四歩」
「………………2五歩」

少し続けたら、葉柱が「やってられっか!」と投げてくるかもしれないと思ったけど、葉柱は目を瞑ったまま淡々と指し続けてる。

もしかしてコイツ、普通に終盤まで持ちこたえるんじゃねーの。

「5四銀打」
「…………………………2三角成」

かなりの数の手が進んでくると葉柱のテンポが若干落ち気味になりながらも、どうやらまだまだついてくる気配を見せていた。

ただ、顔を見ると眉間の皺は深くなり、瞼と口元にぐっと力が入ってる。
真剣そのもののその顔が示すとおり、今頭の中では読まれる棋譜の構築に必死なんだろう。

「……………………」
「…………………………」

間を開けても、余計な口も叩かない。きっと、それどころじゃないから。

「……………………」

ただ、なんか。

「…………………………」

なんか、なぁ。

「同金」

自分の手を告げてから椅子を立って、それから葉柱の座るソファへ向かう。

「………………………………同飛成」
「4八歩打」

次の手を言うと同時に葉柱の隣に座ったら、葉柱は驚いたようにビクっと肩を揺らして一瞬身体をコチラに向けたけど、目は開けずにすぐ身体を戻して、またぎゅっと瞼に力を入れた。

「………………………………同金」

そうやって手を告げるその顔は、怒ってるような、苦しいような、そんな顔。

その顔が、なぁ。

「同と」

次の手では顔を近づけたら、葉柱にはさっきほどの大げさな反応はない。
ただ、あきらかに邪魔に思っているのがよくわかるように、口元を歪めてる。

本当は、文句の一つでも言いたいところなんだろう。
ただ、今葉柱には、文句の言葉に避けるメモリが残ってない。

そしてどうやら、腕を動かす余裕もない。

「………………………………同……玉」
「4七歩打」

腰に触ったら流石に目を開けるかな、と思ったけど、そうしても葉柱はまだその表情を崩さなかった。

だからその顔、なんか興奮するだろ。

思えば、葉柱の真剣な表情というのは、久しく見てない。
なんかコイツ、家ではもう完全に緩んでっから。

今のこの顰められた眉と、力を入れて引き締められた口元を見ると、なんとなく懐かしいような気持ちになる。
葉柱とこういう感じになる前には、多分よく見てたような顔だ。

次の手を考えているであろう葉柱を、ソファの上にゆっくり押し倒してみる。
葉柱は特に驚きもしてない様子だったから、多分予想はしてたんだろう。

きっと葉柱は、自分の集中を乱すためにわざと邪魔をされてるんだと思ってるだろう。
そんで、「そのくらいで負けるか」と思ってる様子が、顰められた眉から伝わってくる。

でもオレ、その必死な感じの顔が、なんか、結構、燃える。

服の下に手を入れて腹を触ると葉柱がその手首を掴んできたけど、それ以上、振り払うでも押し返すでもない。
葉柱の頭の中は、この手をどうするかよりも、今の盤面を見失わないことに忙しいんだろう。

「…………………5八玉」

そうして葉柱は、またその真剣な面持ちのままに手を進めた。

鎮痛ともいえるような顔と、強張った身体。
今、この葉柱を好き放題か。勘弁しろよ。凄ェ興奮する。

「6二金」

そうは思いつつも、一応自分の中でも盤面を見失わないように注意を払って、一手を指し返す。
指してる間なら、この葉柱は自由だ。自由にできるやつ。

「…………………………」

葉柱が長考を挟むようになってきたのは、身体に触られて集中が乱れてきたせいなのか、それとも単純に局面が煮詰まってきたせいなのか。

膝の間に脚を割りいれて、腿で緩く性器を刺激してみたけど、葉柱は多少身を捩った程度で反応は薄い。
もともと、葉柱は気分がノってないと身体もついてこない方のタイプだから、その反応は妥当なところだろう。
逆に言うと、気分がノると凄ェけど。

ただ、今は、そのノってない感じが、なんかイイ。

キスしようかなと思ったけど、今は葉柱の手番で、目隠し将棋で唯一使用する、次の手を告げる「口」を塞ぐのはなんとなく反則にあたるような気がして、顔を近づけるだけにとどまった。
至近距離に、葉柱の顔が見える。

あまり動かされない身体と違って、今葉柱の頭の中は猛スピードで回転して、次の一手を探っていることだろう。

もし今目を開いたら、怒ってるような顔だろうか。睨むような目をしてるだろうか。
そういう目が見れたらもっとイイと思うけど、恐らく葉柱は目を開けないだろう。

葉柱が目を瞑ってるのは、視覚から入る余計な情報を無くして脳内の将棋盤に集中するためだ。
それが残念でもあり、でもその必死さが良くもあり。

今度は、葉柱の腿に自分のを押し付けてみる。

性的な雰囲気を感じさせない今の葉柱にそういうイヤラシイことをするのは、完全に「ワルイコト」してるって感じで、なんかイイ。
そのまま何度か擦りつけるだけで、簡単にそこに血が集まっていくのを感じた。

キモチイイし、これは、楽しい。

「………………4…………4三銀」

葉柱の口調には焦燥のようなものが滲み乱しているけど、打つ手に誤りはなさそうだ。
自分の頭の中でも次はどうするかなと考えて、その考えてる間にも、葉柱の服を下着ごと引き下ろした。

「テメ………………」

そこまでされたら流石に無視できないのか、葉柱が跳ねるように顎をあげて、ぱっと目を開く。

「4九角打」

葉柱からの文句が続く前に手を告げたら、葉柱がはっとしたような顔をして、一瞬逡巡するようにするように視線が左右を見る。
困惑するような、苦悶のような表情を浮かべたのもやっぱり一瞬で、葉柱はまたぎゅっと目を閉じた。

今葉柱の頭の中からは、駒がいくつか零れ落ちたりしただろうか。
それともまた咄嗟に目を閉じたことが功を奏して、ぎりぎり繋ぎ止められているだろうか。

覆いかぶさって葉柱の顔に頬をつけてみると、顔が熱い気がする。
これは発情というよりも、頭の中で脳がフル回転しているせいだろう。

葉柱が腕を折りたたむようにして身体の間にいれてきて、胸を押し返すように手の平があたる。
意識のほとんどが脳内の将棋盤に向かっているせいかその力は弱く、むしろ触られて気持ちいいくらい。

「あ………………♡」

試しにわざと小さく声を出してみたら、葉柱の顔がいまいましげに歪むのが見えた。

「ほら、次、テメェの番な」

これまでは指す手以外に余計な口を挟まなかったところ、わざとそう言って葉柱の意識を将棋へ促す。
そうしてから葉柱の性器に触ったら、思ったとおりさしたる抵抗も反応もなく、押し返そうとしてきていた腕は硬直したように固まったままだった。

何度か擦ると、葉柱の苦悶の表情が深くなる。
それでもやっぱり、勃つもんは勃つんだな。

葉柱にとっては思考を遮る邪魔ものでしかないものだろうに、触られれば気持ちよくて、その反応は性器に表れる。
しかし頭の方では、それに構ってはいられないんだろう。

多分もう少し余裕があれば、この現状に文句を言ってみるとか、一旦中断して抵抗してみるとか、そういう手段が頭に浮かんだりするだろう。
ただ今の葉柱の頭の中には、それが浮かぶ隙もない。

ただただ、盤上の駒の配置と、自分と相手の持ち駒と、次に指す手と、そういうことだけでいっぱいなんだろう。
それ以外のことを考えれば、きっとかわりに頭の中から駒を1つ失う。

指を濡らしてケツに触っても、硬く閉じた目はもう開かれない。
よく考えれば、どんだけ負けたくないんだ。

1度始めた勝負を自分から放棄するのは、負けたような気になるから嫌なんだろう。
そんで、実際に負けるのも嫌で、ケツがどうこうとかより、頭の中の戦いが重要か。

葉柱の頭の中はもう将棋のこと以外考えられないだろうと思ってたけど、もしかしたら、頭の片隅でチラリとくらいは、「このままヤったとしても自分は盤面を見失わない」と考えているかもしれない。

だとしたら、スゲームカツクけどな。

自分で勝手にしただけの憶測に自分で勝手にムカついて、目を瞑ったままの葉柱を上から見下ろしてみる。

緊張しているような顔と身体。
「絶対に負けない」という意志が伝わってくるようだ。

そしたら、そりゃ、思うだろ。
「絶対に負かす」って。

「はばしら」

名前を呼んでみる。それに対する反応は、まつ毛がわずかに震えた程度。

中途半端に腿まで下ろしていた葉柱のズボンと下着を脚から抜いて、膝裏を持って持ち上げる。
そうされても葉柱は無抵抗だから、葉柱は抵抗することよりも受け流す方に労力を割くことにしたんだろうなと思う。

お前自分のこと、オレが抱いてやってんのに、それを「受け流せる」ようなカラダだと思ってんのか。

自分のを軽く擦って勃たせる。それをあてがってもまだ無反応なのが、ムカつくような、やっぱり興奮するような。

ただ少し体重をかけると、葉柱が小さく息を吸いこむのが見えた。

「……………………4七玉」

そのクセ、手を告げる言葉は酷く落ち着いているような、もしくは、そう装っているかのような、淀みないものだった。

「…………………………」

ゆっくり腰を進めると、葉柱が少しだけ顔を背けるように首を捻る。
嫌がってるというよりは、受け入れるための姿勢のように思う。
いつもは首だけじゃなくて、身体をひねって、腰をくねらせて、早く欲しいとアピールするから。

でもそのわりには、最初の挿入はゆっくりの方が好き。
別に身体の負担がとかそういうことじゃなく、その方が焦らされて興奮するから。

今は、どう考えてるかな。
いつもみたいにじっくりと差し込まれる感触を心待ちにしているのか、それとも思考を邪魔するものとして意識から排除しようと努めているのか。

葉柱の脚に入る力の感じから、いつものようにじっくりと焦らされながら挿れられるのを待ってるのがわかる。
葉柱がそういうのが好きだから、それがセックスのときの当たり前の手順にはなってる。

実際オレも、嫌いじゃねーし。じっくり挿れるの。
気持ちいい穴に早く挿れたい衝動を抑えながらゆっくり進めるのは、こっちも焦らされるようで実は興奮する。

「4五銀」

だから今は、そうやって手を告げて葉柱の思考が逸れたのを見計らってから、いつもみたいには焦らさずに一気に押し込んだ。

「あ………………っ」

葉柱の顎が上がって、それから小さく驚いたような声。
きっといつもみたいにされてたら、堪えられていただろうと思う声。

その意識の緩みを逃さないようにそのまま2,3度揺さぶったら、一度開いてしまった口からはまた簡単に嬌声が漏れた。

締め付けてくる穴の感触に、自分の口からもため息のように息が漏れる。

「あー、やべ……………………」

それを誤魔化すように軽口のように適当に言葉を続けたら、葉柱は反対に声を押し留めるように自分の手で口を覆った。

顔を見ると、まだ目は瞑ってるその顔にはまた必死さが増しているように見える。
突くたびに顎をあげるように上を向く葉柱の喉が、時折引きつってる。

別に今更、喘ぎ声を聞かれることにたいして羞恥があるわけでもないだろう。
でもそうやって必死に口を覆うのは、声が漏れるのと同時に頭の中の駒まで零れ落ちてしまうのを止めようとしているかのようだ。

それでも口を塞いだ程度でそれが止められるわけもなく、喉の奥からは聞こえるうめき声はだんだん大きくなる。

葉柱の頭の中には、どのくらいの駒が残ってるだろうか。
挿れた瞬間に全部すっとんでるなら可愛げもあるけど、まだ必死に目を瞑っている様子からそうではなさそうだ。

「あ、はばしら………………」

わざと顔を寄せて声を出したら、葉柱の眉が少し下がって、泣きそうな顔を作る。
今のでまた少し、駒を取り落としたのかもしれない。

まぁ、もういいんじゃねーの。
こうなったらもう、あとで「あんなのは無効だ」とかなんとか言って、うやむやにすりゃいーじゃん。
別に相手の身体に触ってはいけないルールなんて決めてなかったけど、そうやってゴネてノーカンに持ち込めばいい。

そしたら別にこっちだって「あっそ」って感じで受け入れて、勝ちも負けもなく穏便な終焉を迎える。
なんか凄ェ「ヤサシイ」提案だろこれは。

そういう気持ちをわかってるのかどうか、葉柱の頬に手をあててみたら、その葉柱がじんわりと目を開ける。
どうかな。まぁ、わかってなさそう。なんか、泣きそうだし。
負けず嫌いもここに極まれりって感じだな。確かに性格的に、「ごね得」みたいなのを良しとする感じじゃないけど。

「なぁ、すぐイきそー………………」

将棋のことはもう忘れないかなという思いで、努めて優しい言い方を心がけてみる。
それは結構うまくいったと思うし、葉柱が腕を伸ばして背中を撫でるように触ってきたから、こいつももう将棋とかどうでもよくなったのかな、と思った。

「ん………………」

聞こえる葉柱の声は、棘のない感じ。むしろ、わざとらしいくらい甘い感じ。

「…………………………」

さっきまで強張っていた身体からは力が抜けて、背中を撫でていた手が腰や腕を辿る。

「あ、ひるま………………」

それから脚も絡ませて、気持ちいい強さで腰を挟まれる。

なんか、こいつ。

「あン……………………」
「…………………………………」

葉柱の顔を見ると、一瞬だけ目があって、それからすぐにすっと逸らされた。
その一瞬で見えた、探るような視線。

なんかこいつ。

「なぁ、はやく……………………」

先ほどとは打って変わったようにせわしなく動かされる腕が、気持ちいいところを辿ってくる。
わざとらしい言葉と視線。エロい雰囲気出してるけど、やっぱり目の奥には企みのような光が伺える。

こいつ、オレの頭の中すっとばそうとしてるだろ。

自分が衝撃で盤面を見失ってしまったように、オレも、こっちに夢中になって手を忘れてしまえばいいと思ってんだろ。
もしかしたら、「イきそう」なんてリップサービスを聞いてピンと閃いたとでも言うのかもしれない。

お前、そんなんで。

「……………………………」

そんなんで。

「あ……………………」

そんなんで、そんな、思うとおりにいくわけねーだろうけど、ただ、確実に、メチャクチャ気持ちいいだろ。

「あ、はばしら…………」

葉柱が腰をくねらせながら、多分意図的に中を収縮させてる。
それが凄くて、マジで、腰が抜けそう。

「あー、それ、すげ………………」

思えば、こいつはすぐ自分の快楽をむさぼることに夢中になるから、こんだけ本気に責められることってのはそうない。
気分が乗ったときにサービスしてくることもあるけど、そういうときは、やっぱり、カナリ、イイ。

おそらく葉柱は、オレよりも、オレの気持ちいいトコロを知ってる。

「ひるま……………………」

どういう声が好きかも、どういう仕草に煽られるかも、全部知ってる。
その上でそうまでされると、それは、まぁ。

「あ、あっ」

声を出すのは、嫌いじゃない。そうすると葉柱も興奮するし。
でも今は、そういう打算とかなにも関係なく、ただただ気持ち良くて喉の奥から息が漏れた。

葉柱の手が耳に触って、それから後頭部に回る。
髪をかき回されると、ぞくぞくした感覚がずっと続いて、首から背中、腰へと快感が降りてくる。

葉柱が腹に力を入れるようにして腰を持ち上げる。
掴まれた頭を引き寄せられて、口を舐められた。

折りたたまれるような態勢の葉柱は苦しそうな恰好ではあるのに、そんなことは微塵も感じさせずに舌がエロい感じで口内を辿ってきた。

「は……………………」

その間もずっと続く性器への刺激で、勝手に腰が揺れる。
気持ちいい穴に擦りまくりたくて、葉柱を引きはがして身体を起こした。

「あー、クソ……………………」

葉柱がイキそうかどうかを考えるより、自分が気持ち良くて腰を掴んで突きまくる。
葉柱の腹が痙攣するように波打つ様子は、そのまま中の刺激と同期してる。

「はばしら………………」

名前を呼ぶのは、クセかもしれない。
今掴んでるコレが「葉柱」だと思うと、気持ちいいから。
名前を呼ぶと、葉柱の身体に挿れて、葉柱としてることをより強く認識する。

「あ、ひるま、い、く、いく………………」

葉柱の声には、わざとらしさがまだあるような、もうないような。
ただ身体の方の限界が近そうなのは確かで、葉柱の手がぎゅっとソファの背もたれを掴んでるのが見えた。

「手、よこせ」

言うと、葉柱の腕が背もたれから離れてふらふらと伸ばされる。
身体を仰け反らすようにしている葉柱の手は背中まで届かずに、二の腕を掴んできた。

それも、凄ェ好き。

時折指に力がこもって、ぎゅっと握られる。

「も、出すからな…………」

自分で思ったよりも小さく擦れた声がでたけど、葉柱には聞こえたようでガクガクと首を縦に振って、またぎゅっと手に力が籠った。

「は……………………」

葉柱の身体が弓なりにしなって、中が締まりながらまた断続的に痙攣する。

「イけよ」

って言う直前には葉柱はもう吐き出してたようだったけど、中のうねりに促され、後に続くように自分も射精した。







「…………………………」

セックスして精液を吐き出したあと、それまで夢中になっていた相手が急にどうでもよくなるのは、わりとよくある男の本能だと思う。

ただ、葉柱として、セックスの後にぐんにゃりしてる葉柱を見下ろしていると、愛しいとか大事とかよりも、とにかく「これを他の男にとられてはならない」と思うような気持ちになる。

エロくて気持ちいいカラダ。
放っておいたら、誰かに勝手に使われるかもしれない。
あのエロい穴に、誰かが挿れて、種付けされるかもしれない。

焦燥と呼んでいいような焦る気持ちがわきあがって、まだ息も整わないのに萎えた自分の性器を擦って勃たせる。

「あ………………」

葉柱の腰に触るとその先を察して逃げるようにひねられる身体に、より一層強くそう思う。
逃げた先で、他で使われるかもしれない。
だからその前に、オレのを挿れなければならない。

「ぅ……………………」

狭苦しいソファから葉柱を引き下ろして、床にうつ伏せにさせる。
腰をあげさせて後ろから挿れて、硬い床につく膝が痛いのにもかまわずに、その焦りがなくなるまでまた何度も葉柱を楽しんだ。







「……………………風呂入る?」

死んだように動かなくなった葉柱にかける声が思ったよりも猫なで声になっていて、オレって結構ヒヨってるなぁ、と思う。

なんか、久しぶりにメチャクチャしたな。
いやでも、こいつが悪いだろ。多分。

身体がダルくて、床に転がったまま隣の葉柱を見る。
まさか泣いてねーよな。いや、泣いてたけど、そういう意味では泣いてねーよな?

身を捻って肩を抱いてみたら、汗をかいた身体が冷えてきてる。

焦りが消えたというよりはタマを出し尽くして、もう身体を寄せてもセックスへの衝動は沸き起こってこない。

ただぼんやりと、怒ってるかなーなどと考える。
あと、怒ってたらめんどくせーなー、とか。

でも別に、あのセックスの代償が「多少怒られる」とかなら、そりゃするよなー、とも。

「………………………………」

多少乱暴に扱った程度で葉柱がどうにかなるわけもなく、ぎゃんぎゃん泣いてたわりには葉柱はアッサリ目をあけて、多少ぎこちない感じで腕を立てて身体を起こす。

どうかな。怒ってるかな。

葉柱がゆっくり左右に視線を巡らせて、それからこっちを見てきて目が合った。

あー、「ゴム使えよ」かな。それか、あのソファが目に入ったなら、「汚れただろ」、かな。

「…………………………」

なぜかたっぷり間をとっている葉柱を、これ以上刺激しないようにただ黙って待つ。

「……………………3二竜」
「………………………………ア?」

3二竜。3二竜とは。

「………………………………」

葉柱の座る後ろの床に、まさに飛車が転がっているのが目に入った。
あぁ、3二竜。

葉柱の口角が、にまーっと上がる。

「…………………………」

多分葉柱は、もう盤面を覚えてなんかいない。
きっと、それを見失い始めた時点で、完全にわからなくなってしまう前に、次の自分の一手を「3二竜」と決め、ただそれだけを必死に覚えておいたんだろう。

セックスの間中、全てを覚えておくのは無理で、そしてそれはオレもそうだと踏んで、お互い全部忘れた後にその一手だけを覚えておいた自分の勝ちだろうと。

「どうする?」

汗をかきまくって髪を額にはりつけて、なんだったら涙と涎でぼろぼろのクセに、意地の悪いような、勝ち誇った顔。

「………………………………」

ただ、悪いけどオレ、忘れてねーよ。

葉柱がこちらの記憶をすっとばそうとしてるんだな、と気付いた時点で、反射的にその盤面は強く脳内に焼き付いた。
そりゃ、そうだろ。
別に意地悪のつもりもなく、攻撃に対して反射的に防御するように、ほぼ無意識にその盤面が強烈に印象に残ってる。

だいたい覚えてなかったとしても、葉柱にはもう盤面の記憶がないんだから、オレが適当な手を打っても、それが正しいのか間違いなのか、葉柱にはわからない。

全部忘れてしまっていたとしても、それっぽいこと言ってしまえばそれで終わりだ。

まぁ、どうするかな。

なんていうか、まぁ、葉柱の捨て身の一手というか、泣きながらもただただ「3二竜」「3二竜」と心で唱えていたのかと思うと、一瞬、あっさり切って捨てるのを躊躇った。

葉柱はきっと、オレの「しまった」とか「まずいな」とか、そういう反応を期待していたんだと思う。
だから、そうではなく咄嗟にただ固まったこちらを見て、それまでの「大勝利」への確信が、ちょっと揺らいだんじゃないだろうか。

「…………………………」

どうする? なんて偉そうな口調で言った顔から、少しだけ、眉が下がる。
きっと、「もしかして…………」と考えだしてる。
それでも、まだどうにか強気の顔を保ってる。

だからそんな顔、されるとなぁ。

目隠し将棋においては、将棋で詰むのはもちろんのこと、盤面がわからなくなったり、あるいは勘違いをして本来打てない手を打つことが負けになる。
次の一手を言えなくなった方の負け。

今、葉柱の顔を見て、次の一手が口から出ない。

だからそれは別に、譲ったとかではなく。
次の手を言えなくて、次の手を言えないということは、そういうことなんだろう。




「……………………マイリマシタ」


'20.08.25