ヒルルイの夏の別れ




「アメリカ行くから」

と告げると、葉柱は、なんだかよく分からない妙な表情をした。

ヤルことヤった後のベッドの上で。
終わった後ベタベタしたりなんてことはない。
拳一個分くらい間を開けて、離れたまま寝そべってる。

「……あぁ、そう」

葉柱が気の抜けた声でそんなこと言って、こっそりこっちを盗み見ていた顔を逸らす。。

「この部屋とか、引き払うの? つーか、荷物まとめなくていーのかよ」

そんで目も合わさずに、急に焦ったように早口で喋る。
これは、泣きそうになってるのを隠そうとしてるときの葉柱のクセだ。

あぁ、なるほどな。
バカだなお前。

「なんで? 合宿行くだけなんだけど」

部屋引き払うわけねーじゃん。帰るとこなくなるっつーの。

バカにしたように言ったら、自分の勘違いに気づいた葉柱が少し顔を赤くして、また「あぁ、そう」とかごにょごにょ言ってる。
嬉しそうな顔しちゃってよ。ホント分かりやすいなお前。

つーか、お前の中のオレって、どんなイメージになってんの。
一応付き合ってるコイビトおいて、急にアメリカに引っ越すようなイメージなわけか?
まぁ、あながち間違ってはねーかもな。
ただ、今回はそーじゃねェから安心しろ。

「いつ?」
「明日」
「急すぎんだろ。どのくらい?」
「一ヶ月」

そう言ったら、葉柱がまたちょっと黙る。
なに。長ェなーって思ってる?
お前、ホントオレのこと好きだよな。
一ヶ月離れるの、寂しくて堪んねェんだ。

葉柱がコクってきたときの、死にそうな顔と声をよく覚えてる。
「オレ、お前のこと好きなんだけど」とか、色気も素っ気もないやつ。
コイツ多分、そのときは死んじまいたいような気分だったんじゃないかな。
絶対に言わないでおこうと決めてた言葉を、オレが言わせたから。

別に、命令したわけじゃない。
じわじわと、真綿で首を絞めるように追い詰めて、最後にちょっとだけ笑ってやると、耐え切れなくなってそうやって零した。

「オレと付き合いてェの?」って聞いてやると、小っちゃく「うん」って言った。
ただ、なんか全部諦めたきたいな顔で。
多分、死ぬほど罵倒されて、こっぴどくフラれて、それで終わりになるんだろうなとか思ってたんだろう。
だから、「いーぜ」って言ってやったら、死ぬほど驚いた顔をしてた。
ただし、その後スグに「来いよ」ってベッドに呼んだら、今度は絶望したような顔をして、そのくせ抵抗もしないで簡単に脚を開いた。

ホントは惚れてたのもオレの方が先だってことに、コイツは気づいてない。
というか、今でさえ知らないだろう。

奴隷なんて身分で縛り付けてから、コイツをその気にさせるために色々手を尽くした。
オレにそんだけさせたクセに、コイツは惚れてるのは自分だけだと思ってて、ヨクもねェセックスを嫌とは言わずに受け入れる。
葉柱が痛がってても、遠慮してやったことなんかない。
オレが言ってやりゃ、コイツはなんでもする。
そうやって尽くしていれば、捨てられないとでも思ってるんだろう。
身体だけでいいから、そばに居られるって。
葉柱がそう思うように、じっくり仕込んでやったから。

葉柱がたまに、不安だったり後悔したりして泣いてるのを知ってる。
可哀想だと思う。
ただ、それが死ぬほど感じる。

コイツはオレに愛されてないと思ってる。なのに、オレが好きで、離れられなくて傷ついてる。
抱いてるときに、遠慮がちに触ってくる手。
終わってからスグ身体を離すと、分かってたくせに泣きそうな顔をする。
そしてそうなるともう、コイツは自分からオレには触れなくなる。
今だってベッドの上で、チラチラとこっちの顔を盗み見て、そのくせ指一本だって伸ばしてこない。

可哀想な葉柱。
オレがそういう顔をさせてる。それが、堪らなく気持ちいい。

我ながら歪んでるとは思うけど、葉柱がそういう顔をしてるときが一番、オレへの執着を感じて気分が良い。

「アッチのオンナは激しいってほんとかなー」

だから、今もまた葉柱を泣かせたくてそんなことを言ってみる。
付き合ってる相手とベッドでする話じゃねェ。
普通だったら、「浮気すんなよ」とか言われるようなとこだけど、コイツは絶対そんなこと言えない。
死ぬほど苦しいくせに、嫉妬なんかしてないように振る舞う。
束縛なんかしたら、ウザがられて捨てられるかもって思ってるから。

「お前、向こうでオンナと遊んでくんの?」

ほらな。
カノジョ公認でオンナ遊びできるって、結構凄ェよな。

「さーな」

ホントは、地獄の特訓が待ってるから、そんな暇なんか無いのは分かっててそう返す。
一応、今までは浮気ってやつを、したことはない。
ただ、オレがそうしたら、こいつがどんな顔をするのかと思うと、結構興味をそそられる。

「それならさ……」

あぁ、やっぱり「そんなことすんな」って言わないんだな。お前。

「オレと、別れていけよ…………」
「…………あ?」

続いた言葉があまりにも予想外だったので、思わず葉柱の顔を見る。
いつもだったら照れてすぐに逸らされる視線が、今はまっすぐコッチを見てる。

葉柱が「別れる」なんて単語を口にしたのは初めてだ。
いつもは、いつオレがそれを言うんじゃないかってビクビクしてるくせに。

別に、焦ったりなんかしない。
だってコイツの目も顔も、身体全身が、オレのこと好きで堪んねェって言ってるのが分かるから。

「じゃ、そーする」

どーでもいいって口調で返したら、葉柱はやっぱり泣きそうな顔をした。
可愛いな。その顔。

バカだよテメーは。
自分で「別れる」なんて言っといて、肯定されて傷ついてんなよ。

「最後に一回ヤラせろよ」

葉柱の裸のままの腰に手を伸ばしてそう言ったら、葉柱は信じられないって顔をして、そのくせやっぱり脚を広げて、簡単にオレを受け入れた。






アメリカから帰ってきて部屋に入ると、やっぱりなんとなく埃っぽい。
喉が渇いたと思って冷蔵庫を開けると、見事に空だった。それどころか、電源だって入ってない。

そういやそうだった。
「別れる」なんて言った葉柱が、その割にゃ甲斐甲斐しく冷蔵庫の中なんか片づけていきやがったから。

飲むものがなにもないことにムカついたが、よく考えりゃ一ヶ月前のモンが残ってても飲めやしねーか。

「よう、オレ。家までコーラ買ってこい」

葉柱と付き合ってるときと変わらない声で電話して、それだけ言って通話を切った。

別れるなんて言ったくせに、葉柱がオレのことを未だに好きだってことは分かってる。

この一ヶ月、葉柱はイイコにしてた。
もともと、オレが好きなくせに他のヤツとどうこうするような性格じゃないってのは分かってたけど、一応見張りもつけといた。
予想通り、葉柱は他に目を移したりせず、せっせと自分たちも夏の特訓に励んでただけ。

お前がオレの浮気を許しても、オレは絶対許したりなんかしねェから。
あぁ、違うか。別れてるんだから、浮気もクソもねェな。
でも、そんなことは絶対許さない。

15分程度で、家のインターフォンが鳴る。
無視しているともう一回鳴って、それからしばらくして勝手にドアが開けられた。

「居るなら出ろよな」

可愛くねーな。
「おかえり」とか「久しぶり」とか言やいいのによ。
まぁ、口に出さなくてもその目が、「会いたかった」「嬉しい」って伝えてきてるからいーけどさ。

コーラのペットボトルが入ったコンビニの袋を、押し付けるように寄越してくる。
それを受け取りながら、葉柱の目をじっくりと見た。

今、抱き寄せてキスしても、コイツは嫌がらないだろう。
それどころか、泣いて喜ぶはずだ。

「別れる」どうこうの話なんて意味ねーんだよ。
コイツはオレに死ぬほど惚れてて、抱かれりゃ喜んで脚開くんだから。

そんなのテメェが一番よく分かってるくせに、なんだってあんなこと言い出したんだか。

「オレ、お前のこと好きなんだけど」

そんで、なんでか今度はまた急にそんなこと言い出す。
コンビニの袋をこっちに渡した後、座りもせずに突っ立ったまま。

あぁ、知ってるよ。
だって、オレが、そうさせたんだから。

それから、そう言った葉柱のセリフが、初めてコクってきたときとまったく同じだってことに気づいてちょっと笑う。
コイツは分かってやってんだろうか。

「オレと付き合いてェの?」

だから、こっちもあのときと同じセリフを返す。
驚いた顔なんかしやしねェから、やっぱ、分かってやってたんだな。

「うん」

泣きそうな顔なのは、前と一緒。
やっぱりその顔が、一番好き。

「いーぜ、来いよ」

面倒臭そうな口調で葉柱をベッドに呼ぶと、俯いたままノロノロと近づいてくる。
手を引いて顔を近づけると、キスしてきた。
最初のときよりは、震えてない。

もっとしたがる葉柱から身体を離すと、責めるような顔をされる。
ただそれは一瞬で、慌てたように服を脱ぎ始めた。
オレが脱がしてやったことは一回もない。ぐずぐずしてると舌打ちされることを知ってるから、葉柱は恥ずかしそうな顔をしながらも、躊躇いもなく全部脱ぐ。

「なぁ、オレがアメリカで何してきたか知りたい?」

久しぶりの葉柱の肌の感触を楽しむように腰を撫でながら、やっぱり意地悪のつもりでそう言った。

「キンパツのオンナって、下もキンパツだと思う?」
「やめろよっ」

向こうで外人とヤリまくってきたぜってニュアンスを含ませて言ったら、即座に否定の言葉が返ってきた。
しかも、コイツにしては結構強めに。

いつもはオレの機嫌損ねるのが怖くて、何言っても悲しそうな顔でヘラヘラ笑ってやがるくせに。

「アッチのオンナって、マ×コ深ェのな。凄ェよかった」

だからって葉柱の言うことなんて聞いてやるつもりはサラサラなくて、身体を抱き寄せながら続ける。
ホントはヤってなんかない。
外人としたことあるのは本当だけど、それは葉柱に会うより前の話だし。

「……そぅ、よかったな」

こんな話されてるくせに、葉柱はオレが教えた通り、丁寧にオレをその気にさせるポイントを撫でてくる。
悲しくなんねーのかね。あぁ、違うか、悲しいっつーよりは、惨めだろうな。

「でも、関係ねーし」

関係ねーって言うわりにゃ、酷ェ顔してるけどな。
いつもの、オレの好きな顔。

「オレと、付き合う前の話だろ……」

ん? 違くねェ?
お前と付き合ったのって、アメリカ行く一ヶ月くらい前だから、付き合った方が早ェよ。
あぁ、違うか。
そういや一回別れてたんだったな。で、今また付き合ったんだっけ?
そうだな。オレがアメリカでパツキンとヤリまくってても、お前と付き合う前で、浮気なんかじゃねーな。

「そーだな」

別れるなんて言った葉柱の思惑が、やっと分かった。
コイツは、オレのことが大好きで、浮気なんてして欲しくない。そんなの死ぬほど苦しいんだ。
だけど、ウザがられるのが嫌で、そんなこと言えない。

だから、一旦別れて、オレがアメリカで何しようと関係ないって目ェ瞑ってんだ。
帰ってきてから、また毎日通って抱いてもらえれば、オレだって浮気なんてする暇ねェし。

お前凄ェな。
どういう自分の誤魔化し方だよ。
いくらなんでも空しすぎだろ。

だいたい、オレが別れてる間に他にオンナ作ってたらどうしてたわけ?
そうじゃなくても、帰ってきてから、もう一回付き合ってなんかやらなかったかもよ?

まぁ、もしかしたら、そっちの方を望んでたのかもな。
こんな酷い扱いされてるのに、自分からは離れられねェんだから。
オレにフって欲しいんだろ。
ダメだぜ葉柱。離してなんかやらねーから。

「好きだぜ、葉柱」

ワザと嘘っぽく聞こえるように言ったら、葉柱がポロポロと泣きだした。
酷い嘘つくなって思ってんだろ? でも、嬉しいんだよな?

「……ヒル魔、オレ、やっぱり」

あぁ、始まった。
あんまり追い詰めすぎると、葉柱はたまに「もうやめる」とか言い出そうとするときがある。
悲しくて、空しくて、惨めて堪んねェとき、我慢できなくなって、もう解放してくれって懇願しようとする。

「ん? なに?」

ただそのとき、ちょっとだけ優しく笑ってやると、葉柱は何も言わなくなる。
本当に、ちょっとだけ。
しかもオレが優しい素振りを見せるのは、そのときだけだ。

もう何度もそうして分かってるはずなのに、やっぱり葉柱はまた黙って、腰に脚を絡めてきた。

可哀想な葉柱。
そうやって泣いてる顔が、凄ェ好き。
お前はオレから離れられねーし、オレは離してやらねーから。


だからお前は、一生可哀想なままだ。


'13.05.05