ヒルルイの上下関係3
「今日メシいらねーから」
「なに? 飲み会?」
「そう。アメサーと」
葉柱が用意した朝食を食べながらそうやって要件を伝えると、葉柱は「ふーん」とか興味無さそうな返事をして、そのくせちょっと眉を寄せて不機嫌そうな顔をしながら手に持ったトーストに齧りついた。
まぁ、そんな顔するだろうと思ったけど。
最京大は、アメフトの名門だ。
部員も多く大学として力を入れている。
そうなると自然学内でのアメフト部の地位は高くて、学校には「アメフト部応援サークル」が存在する。
「全員?」
「いや、準レギュまでと幹部」
アメフト部応援サークル通称アメサーは、その名の通り、最京大アメフト部を応援するサークルだ。
マネージャーとは違って練習を見に来ても遠巻きにしてるだけだし、練習試合や公式試合でその名の通り応援にくるだけ。
サークルメンバーのほぼ全てが女で構成されてて、実質アメフト部の男と付き合いたい女の集まりでしかない。
応援してもらってるからなんて言って「感謝会」という名目でたまに開かれるアメフト部とアメサーの飲み会は、平たく言えばただの合コンだ。
アメサーの女を食いたい男と、アメフト部の男に食われたい女の集い。
「ふーん、そう…………」
くだらない合コンなんかに出るのは面倒臭いことこの上ないけど、アメサーの女の機嫌を取っておくっていうのは、実は結構メリットがある。
試合に来てもキャーキャー騒ぐだけだけど、そのキャーキャーが結構重要だからだ。
全体的な盛り上がりって意味でもそうだし、それになんだかんだ言って、男は女に黄色い声援あげられたりするとやたらテンション上がるもんなんだよ。
部員のモチベーション向上にとって、これほど簡単で効果のある存在は他にない。
女が集まるところには自然人が集まるっていう法則もある。
なんにせよ、アメフトを盛り上げてくれるありがたい存在だ。
だからたまの感謝会に顔を出して、機嫌をとったり様子を伺ったりしても損はない。
それでも結構不参加で通してたけど、最近それが続いて「次はヒル魔も連れて来い」というお達しがアメサーから出てるらしい。
無視しても問題ないような気がしなくもないけど、女ってのは一旦掌返すと恐ろしいからな。
ちょっとのキッカケでオセロかってくらいパタパタ連鎖して一斉にひっくり返って、アメサーに部を見限られたら堪らない。
参加するのはそういう打算的な思いしかないけど、葉柱にとってみれば「今日アメサーと飲んでくるから」は、「今日合コン行って来るから」って言われたのと同義だろう。
一応こっちの本意は分かってるだろうから表だって何も言ってはこないけど、それでもおもしろくないことには変わりないはずだ。
葉柱はトーストの最後の一欠片も口に放り込むと、それをコーヒーで流し込むようにしてトンとマグカップを机に置く。
その力が普段よりちょっとだけ強い。
「一次会だけ適当に出てすぐ帰る」
「……別に? いーんじゃね? ゆっくり楽しんで来れば」
可愛くねー反応だなー。
いや、ここまでベタだったら、いっそ可愛い反応だって言ってもいいかもしれない。
唇をちょっととがらせて、雑な手つきで空になった食器をまとめて流し台に運んでる。
横を通り過ぎるその手元を見ると、左の薬指に指輪が嵌まってる。
戻ってきたところで座ったまま腕を掴んだら、葉柱は一瞬だけビックリしたような顔をしたけど、すぐにきゅっと唇を噛むようにして若干照れた顔を作る。
これからどうするかが、完全に分かってる顔。
その期待に応えるように腕を引っ張ると、葉柱が上半身を屈めて顔を近づけてくる。
腰に手を回しても流石に膝には乗って来ないなと思ったけど、唇を合わせて舌を差し込んだらすぐに脚を開いて腿の上に跨るように乗っかってきた。
なんて簡単なヤツだ。
口をちょっと開けたままにすると、葉柱が舌を突っ込んできてふんふん言いながら遊んでる。
そのまま腕を撫でおろして手までたどり着いたら、手をつなごうとしてわちゃわちゃと動いてる葉柱の手を無視して薬指に嵌まった指輪を撫でた。
「ん、ん…………」
指ごと擦るようにして指輪の淵を辿ると、葉柱の手がピクピク動いて喜んでるのが分かる。
こうして指輪を撫でると喜ぶのに気付いたのは最近だ。
指輪を渡してからの葉柱はやたらと手を繋ぎ集るようになったけど、ただ繋ぐよりもこうして触ったほうが反応がいい。
それに。
「今日帰ったら可愛がってやるよ」
「………………ば……っかじゃねーの」
「予約しとくから、サービスしろ」
指輪を擦りながらお願いすると、葉柱は大抵言うことを聞く。
今も思った通り、「ふん」と「うん」の間みたいな曖昧な返事をして、ただ満更でもない顔をしてたから、これはもうOKってことだろう。
指輪は、魔法のランプと同じだ。
3回擦ると願いが叶う。
「じゃ、続きは夜な」
土曜日はいつも葉柱の方が後に出るので、ここまでの合図として額にキスしたら、葉柱は「まったくよー」みたいなことをごにょごにょ言いながら膝から降りて、用もないのに寝室の方へ入って行ってた。
多分照れてるから逃げてったんだな。
そのくせ、家を出ようとしたらとことこ戻ってきて、いってらっしゃいのちゅーもしてくれた。
アメサーとの合コンについての不機嫌はスッカリ治ったらしい。
コイツはホント簡単でいいよなー。
「ヒル魔くんいっつも来てくれないからぁー」
作ったような高い声で媚びたように言う女に、「忙しくてさー」みたいな適当なコト言って愛想笑いをするくらいは思ったより簡単に出来る。
大人になるってこういうことかもなー。
「今日はとことん付き合ってもらうからぁー」
ただ、店に入るなりずいずいと隣に座ってきて、言葉全ての語尾に「ぁ」を付けて話す女が延々と話しかけてくるのには流石に辟易してきた。
悪いことにこの女は副代表で、冷たくあしらうには都合が悪い。
2年前だったら、ごちゃごちゃ言ってる鼻先にベレッタの銃口を突き付けて、黙らねーと左右の鼻の孔が繋がることになるぞくらい言ってたかもしれない。
そういうムカムカした胸中を一切察さない女は、サラダ食べる? とかからあげ食べる? とかの女子力アピールに忙しい。
「あのね、ヒル魔くんのこと、前から気になってなんだぁー」
「………………」
前からって、いつからだ。
コイツ多分、糞ドレッドにヤラれてんだろ。
ちょっと前くらいに、今のように媚び媚びで阿含にくっついて歩いてたのを見たことがある。
あの男がそういうのに手を出さないわけがないから、早々にパクっといただかれたに違いない。
そんであの男がいつまでも一人の女に構ってるワケもないから、多くても2、3回くらいで適当に捨てられたんだろうけど。
つーか、同じコミュニティの中でよく違う男に手ェ出すな。
この様子からしたら、糞ドレッドだけじゃないかもしれない。
アメフト部全員とヤリましたとか言われても信じられる。
面倒臭さから、段々相槌も「へー」とかだけの単調なものになって言ったのに、自分のことを喋るのに忙しい女は、別にそれでもいいらしい。
「私って意外と天然なとこあるから」とか「私って意外と料理とかするんだよね」とかの、まったく興味の湧かない「私って意外と話」をスラスラと続けてる。
まるでもう何度も同じことを話したことがあるみたいに。
みたいにっていうか、多分そうなんだろうけど。
途中で一回ちょっとトイレとか言って席を離れたら、「もぅ」とか言いながらワザとらしく拗ねた表情を作ってて、それを見たらなんかかなりガックリきた。
なんて無駄な時間を過ごしてんだオレは。
葉柱だったらまぁ、拗ねた顔も可愛いのになーとか、残りの時間はひたすら葉柱のことを考えて過ごした。
そうすると、自然と表情も柔和になるようでとりあえず女の機嫌は損ねずに済んだようだけど。
一次会の店を出て、張り切った部員が二次会への切り盛りをしてるところで、ポケットから取り出した携帯で電話を掛けるふりをしながらその場を離れた。
そーっと歩いて影に入って、姿が見えなくなったら遠慮なくズカズカと駅に向かって歩き出す。
もう戻る気なんてサラサラない。
朝ご機嫌取りのついでに念を押しておいたから、今日の葉柱はきっとサービスしてくれるだろうなーと思うと自然足取りも軽くなる。
ただ、そうやって軽快に歩けてたのは、女特有のヒールがカンカンいってる音が後ろから近付いてきて、「見つけたぁー」とか言いながら例の副代表が腕にしがみ付いてきたとこまでだった。
「抜けてきちゃったぁー」
奇遇だな。オレもだよ。
主に、テメェから逃げるために抜けてきたとこ。
言葉も返さずそのまま歩き続けると、女はまるで「2人で示し合わせて抜けてきた」ような雰囲気を出しながら、腕を組んでついてくる。
なんて逞しいんだよ。
まぁ別にいいや。
駅まで行ったら、改札通るのに否が応でも一旦離れる。
そしたら土曜の夜だから混雑してるだろうし、中で撒いて、後日適当なフォローでも入れとけばいいだろ。
とりあえずまた、駅までの道中葉柱のことでも考えてれば………………コイツおっぱいデケーな。
「んふ?」
掴まれてる腕に、ぐいぐい胸が押し付けられてる。
興味ゼロだから全然気にしてなかったけど、巨乳と呼んでさしつかえない肉の塊が服を押し上げて山を作ってる。
「やっぱりアメフト部って鍛えてるねー。スゴーイ、硬ぁーい」
確認するために思わず胸に目をやったら、それに気づいた女がにんまり笑ってそう言いながら腕を撫でてくる。
これはもう、「アッチの方も硬いぜ」とかなんとか言って、ホテルに連れ込んでOKな感じだ。
そんな連れ込み方もどうかと思うけど。
「腹筋割れてるのー?」
それかここで、「見せてやろうか」とか言って連れ込むか。
巨乳鷲掴みにしながらバックでヤリまくって、×××に×××して×××××が×××××××××××××…………。
「じゃーな」
途中、一本裏に入ればホテルが立ち並ぶ道に足を進めそうになりながらも、その思いは振り切って最短で駅までの道を辿った。
進むにつれて明らかに不機嫌な顔になっていく女を無視して、別れの言葉を吐いた辺りではずーっと意味もなくにこにこしてた顔はすっかり仏頂面になってた。
返事もきかないうちに同じく飲み会帰りらしい学生の集団に紛れて女を撒いて、乗った電車が発車してからやっと人心地ついた。
あれはヤベーわ。
完全に武器だったろ。武器。
正直、ちょっと惜しいことしたよなーと思わなくもない。
まぁでも所詮糞ドレッドのお手付きだしな。
家に帰ればオレ専用のが待ってるのに、わざわざそんなんで済ます必要なんてない。
「………………」
それにしても、おっぱいデカかったけど。
「ただいま」
帰ったらちょうど、葉柱が風呂から上がったところだった。
髪が濡れてペタっとなってて、顔が上気してる。
荷物を置いて、はいっと腕をひらいて抱き着かれる準備をしたのに、葉柱は髪を拭いてて寄ってこない。
待ちきれないのでこっちから寄って行ったら、「濡れる」「濡れる」と避けようとするから、「どこが?」みたいなアホ臭いオヤジギャグみたいなのを挟んでみたら、葉柱が呆れて苦笑しながら大人しくなる。
「ベッド行く?」
「早ェよ」
「言ったろ。死ぬほど可愛がってやるって」
顔を近づけたら、酒臭いのか葉柱がちょっと顔を背けてる。
それをさらに追いかけると笑いながらキスしてくれたので、気分がよくなってそのまま腕を引いて寝室に向かった。
ベッドの上、仰向けにした葉柱の上にのしかかると、風呂上りのせいでなんか体温がホカホカしてる。
やっぱり、我慢してまっすぐ帰ってきてよかった。
ちょっと我慢すればステーキにありつけるってのに、その前にカップラーメン食うなんてバカのすることだ。
「勃たせて」
頬をくっつけながらお願いしたら、長い葉柱の腕がぬるっと伸びてきて性器を撫でてくる。
ホントは口でして欲しいんだけど、葉柱の舌はキスする方に忙しいらしい。
そもそも、フェラチオってコイツあんましてくれないしな。
多分昔、結構ムチャクチャにクチ使ってやったから、あんまいい印象がないんだろうけど。
一回、途中で普通にコイツが吐いたことがあって、あれはビックリしたわ。
ビックリしたし、なんか知らねーけど異常に興奮して、そのまま犯しまくったりして。
それ以来フェラチオは警戒されてる。
相当機嫌のいいときにしかしてくれない。
せっかくうまいのに。
ただ、葉柱の機嫌は損ねない方が結果としては気持ちいセックスが出来ることも分かってるから、フェラのオネダリはやめといて丸っこい指が擦ってくれるのに任せた。
「よぅカスー」
月曜の朝、糞ドレッドが偉い機嫌のいい様子でそうやって話しかけてきたので、嫌な予感はしたんだよ。
最近のコイツは練習をそんなにはサボらないけど、朝練が始まる10分前のこの時間にキッチリ来てることなんて珍しい。
しかもわざわざ、こっちを探して寄ってきたようだ。
「食われたんだって? リカちゃんに」
リカちゃんって誰だよ。
「あの女おっぱいデカかったろ」
そのセリフで、リカちゃんってのはあのアメサー副代表の女の子とかと思い当った。
阿含は死ぬほど楽しそうな様子で、ニヤニヤ笑いながら隣に座ってくる。
「食われてねーよ」
仮にヤったとしても、なんで俺の方が「食われる」立場なんだよ。
「中々よかったろ? ×××××指で弾くと×××ビクビクさせてさー」
「………………」
なるほど。
コイツは別に、色恋沙汰が大好きで、コイバナでもしようぜーってことで寄ってきたわけじゃない。
どっちかって言ったら、「オレのおさがりだけどな!」みたいなのを強調したくて、こんな朝っぱらから下ネタ振って絡んできてるわけだ。
自分の食べ残しを恵んでやった気分にでもなってるのかもしれない。
知ってたけど、なんて性格の悪ィ野郎だよ。
「ヤってねーつったろ」
「いや、凄ェ噂になってんよ?」
なんでだよ。
全然思い当るフシなんてねェ。
「誰が言ってんだよ」
「本人が。ヒル魔食ったって自慢げに言ってたけど」
もぅどーいう女だよアイツは。
とんでもねービッチじゃねーか。
しかも、食っても食われてもいないってのに。
「ヤってねーの? じゃぁ、一次会後抜けるとき、女どもと『今日絶対ヒル魔食う』とか盛り上がってたから、引っ込み付かなくなったのかもなー」
おいもうアメサーにはビッチしかいねーのか。
「まぁ、あんま突っ込まないようにした方がいーんじゃねーの? 怖いぜー、女は。ヘタなこと言ったら、合意でセックスしてたって話が、いつのまにか酔わされて乱暴されたことになりかねねーからな」
「………………」
そりゃお前の経験談か。
阿含が楽しげにセックスだの×××だの話してるから、周りの男もなんだなんだって感じで寄ってきて、中でも童貞野郎なんかは「マジっすか!」とか言いながら盛り上がりだしてる。
こりゃ、こっからまた尾ひれがついて噂が回るんだろうな。
まぁ別に、どんな噂が出たってかまわねーよ。
「アメサーの女食ったんだってな」
葉柱の耳に入らなければ。
「………………食ってねーよ」
家に帰ったら般若みたいな顔した葉柱が開口一番そう言って出迎えてきたので、噂が葉柱の耳には入らないように打とうと思ってた手の総てが既に手遅れだったらしいことは分かった。
というか、どんだけ耳が早ェんだよ。
そう言われれば、なぜかコイツはやたらと顔が広いというか、なんだかんだ誰とでも結構仲良くなったりする。
最京大アメフト部にだって顔見知りはいるし、どっか別のルートから知ったのかもしれない。
「浮気したその足で帰ってきてすぐセックスとはとんでもねーなテメェ」
いや、浮気してねーから帰ってきて即セックスだったとは思わねーのかよ。
「くだらねーこと言ってんな。メシ」
「…………勝手に食えば?」
この野郎。
脱いだ上着をソファに放り投げても、いつもだったらイソイソとそれを片づける葉柱は座ったまま動かない。
なんだこれ。オレが悪いのか?
今回ばかりは、絶対悪いのはオレじゃねーだろ。
巨乳におっぱい押し付けられても、揉むどころか触りもしなかったんだぞオレは。
今日はただでさえ、糞ドレッドがしつこく「オレの中古をカスに譲ってやった」みたいな感じで絡んできててムカムカしてたから、おかえりのちゅーからそのままちょっとエロいことして憂さ晴らししようと思ってたのに。
それが、おかえりのちゅーもないし、抱き着いても来ないし、あげくにメシもなしか。
怒鳴りつけるか下手に出て機嫌をとるかの2択は、後者を選ぼうって気があった。
完全な濡れ衣でこっちには一切の非は無いと思うけど、早く仲直りしてエロいことしたいなーって気持ちが強かったから。
だから手始めに、あの魔法のランプである葉柱の指輪を擦ろうと左手に目をやったところで気が付いた。
コイツ、指輪してねーじゃん。
「テメェなんで指輪してねーんだよ」
「………………」
葉柱は出かけるときには指輪をつけないけど、家に居る間は常にそれをしてたはずだ。
ただのくだらない誤解だから結構どうでもいいと思ってたのに、なにも嵌まってない薬指を見たら急にイラっときた。
「失くしたか?」
「はぁ? テメェが言うかよ」
オレは失くしてねーよ。あれはテメェが隠してたんだろーが。
「こっち来い」
腕を掴んで立ち上がらせようとしたら、葉柱が抵抗して手を振り切る。
「オレは、こっちに来いって言ったんだよ」
もう手は伸ばさずにゆっくりそれだけ言ったら、葉柱は一瞬怯んだ顔をしたけどすぐにまた目を吊り上げて憎たらしい顔を作る。
それを無視して寝室に向かって歩いたら、葉柱がちょっと迷ったような気配を見せたあと大人しく後ろに続いてくる。
葉柱がいつも指輪をしまってる寝室の引き出しの中にそれを見つけて、葉柱の左手をとって指に嵌める。
ぴったりと嵌まる銀色のそれを見たらちょっと気分がすっとして、ベッドの端に腰掛けて立ったままの葉柱の腰を抱いてみる。
ここは葉柱も寄りかかってきて抱き返してくるところだろうと思ったのに、手をだらんとさせて突っ立ったまま動かない。
それどころか、ベッドに寝かせようと力を込めてみても、足を踏ん張って抵抗してる。
じゃぁまた指輪を撫でようと思って伸ばした手は、それに気づいた葉柱にバシっと叩かれた。
「おい」
「またテメェお得意の好きだぜセックスか? フザケんな」
そんでこの言いぐさか。なんてムカつく野郎だ。
「テメェ最近チョーシ乗ってねェか?」
「はぁ? …………わっ」
言いながら葉柱の襟首を引っ掴んで、足払いを掛けるように足の裏で葉柱の足首を押すように蹴ったら、流石にバランスを崩した葉柱が横向きにベッドに倒れ込む。
「ドッチがご主人様か忘れたか? あ?」
掴んだ襟を離さずに逃がさないよう腰の上に跨りながら言ったら、葉柱がビックリしたような焦ったような顔をしてる。
一瞬キョロキョロと不安げに視線が辺りを彷徨って、ただすぐにはっとしたようにその表情を隠すと死ぬほど生意気そうな顔で睨み返してくる。
ヤバイ。そういう顔、久しぶりに見た。
なんか興奮するじゃねーか。
「ヤメロッ…………!」
思わず顔を寄せたら、葉柱が肘で胸を押すようにしてそれを阻んでくる。
まぁ別にそっちは重要じゃねーしと思ってベルトに手をかけたらそれも邪魔してこようとするので、逃げようとする動きに逆らわず葉柱をうつ伏せにしてから髪を掴んで引き留める。
顎が上がるくらいギリギリと引っ張れば葉柱が呻きながら少し大人しくなったので、その間に片手でズボンと下着を降ろしてケツを剥き出しにさせた。
「大丈夫。好きだぜセックスなんてしねーよ。テメェに待ってるのはオシオキだ」
髪を離したらまた葉柱が暴れ出そうとしたけど、入口にワザと痛みを覚えるように爪を立てたら恐怖を覚えたのか竦んで動かなくなる。
ヤバイな。これ。
結構堪んねーかも。
思えば、最近コイツが喜ぶからって甘い感じのセックスばっかりしてたけど、オレもともとこういう方が燃えるんだよな。
濡らしてもない後ろをぐいぐい弄ると、葉柱の肩に緊張して力が入ってるのが分かる。
流石にこのままってのはなんだよなと思って、一応「逃げんなよ」と念を押し、葉柱の膝の裏に体重を乗せて動けないようにしてからベッドサイドの引き出しに手を伸ばす。
ローションと、あとはちょっと迷ったけど一応ゴムも取り出した。
片手でローションの蓋を外して中身をそのままケツの上に絞り出すと、葉柱それの冷たさにビクっと身体を緊張させてる。
少し苛めようかと思ったけど興奮して早く挿れたい気持ちの方が勝ったので、数回ぬるぬると表面を往復させた指をすぐに中に沈めてみる。
「ケツあげろよ」
言ってみたけど、葉柱はなんか「シネ」みたいなことを枕に向かって言ってるだけで言うことを聞く気はないらしい。
それでも無視して後ろを慣らしてると、少し葉柱の腰が浮いてくる。
多分勃ってきてんだな。
なんだかんだ言っても、こうやってここ可愛がられたらどうしようもねーからコイツは。
「どーした? ヤだったんじゃねーの? ん?」
息が荒くなって偶に小さく声を漏らすようになった葉柱に意地悪のつもりでそう言えば、もう悪態をつく余裕もないのか葉柱は歯を食いしばったまま黙ってる。
「気持ちは嫌でも、身体の方は堪んねーんだよなぁ? 淫乱だからなテメェは」
ここまで言ったら反論が返ってくるかと思ったのに、葉柱はまだ黙ってる。
つまんねーな。
まぁ多分、オレのこと面白がらせたくないから黙ってるんだろうけど。
別にいーよ。
テメェが黙ったままでも楽しいものは楽しいし、それにどうせずっと黙ってなんてらんねーだろうから。
腰を掴んでケツを上げさせようとしたけど葉柱が身体に力を入れて拒否してるので、まぁいいかと思って身体毎乗っかるように葉柱の背中に覆いかぶさった。
腰の位置を調整してると、まだあきらめ悪く葉柱がもぞもぞと芋虫みたいに暴れてるので、もう一度髪を掴んで顎を上げさせる。
「ぅ……う…………」
あー、泣いてるな。
まったくやめてくれよ。メチャクチャ興奮すんじゃねーか。
「抱いて欲しい?」
耳元に顔を近づけて言ったら、葉柱がふるふると首を振ってる。
「じゃ、犯して欲しいんだな」
今度の問いは返答を待たずに、あてがったアレを体重をかけるようにして沈めた。
葉柱がひいひいと泣き声を漏らすのにも興奮して、慣らす間も与えずに性急に腰を振って攻め立てる。
「お、お、いーぜ葉柱」
葉柱の都合は無視して自分の気持ちいいようにだけ腰を使ってると、葉柱は枕に顔を埋めるようにしてメソメソと泣いてる。
もうちょっと抵抗された方が燃えるなと思って、身体を起こして膝立ちになるようにし、葉柱の腰も掴みあげてケツを上げさせる。
それから掌の跡が付くくらいの強さでペチンとケツッペタを思いっきり叩くと、葉柱が鞭を入れられた馬みたいに暴れて前に逃げようとするので、腰を掴んでそれを止める。
「オレの浮気がどうしたって? くだらねーことゴチャゴチャ言ってんじゃねーぞ」
脇の下から腕を入れるようにして、ベッドに突っ張ってる葉柱の腕を背中に巻き上げる。
片手になったところを頭を押さつけるように上から潰せば、ケツだけを高く突きあげた中々いい体勢が出来上がった。
「甘い顔みせてたからって、つけあがってんじゃねーよ」
「うっ……ひ、ひるま…………」
葉柱の声には力がなくなってて、哀れっぽい声で名前を呼んでくる。
これはもうダメだ。
死ぬほど苛めたい。
「こっち向け」
一旦性器を抜いて、葉柱を仰向けにひっくり返す。
それから、つけてたゴムを外した。
仰向けにされた葉柱は、何を期待したのか腕を伸ばして抱き着いてこようとしたので、さっき葉柱にされたようにその手をバシっと払いのける。
「甘えてんじゃねーぞ」
葉柱はビックリしたようなショックを受けたような顔をして固まったので、膝で歩くようにして葉柱の胸の上に跨った。
膝で二の腕を踏みつけるように押さえれば、下の葉柱はもう何も出来ない。
「口でしろ」
自分で握って口元に押し付けたら、葉柱はぷいっと顔を逸らしたので、散々掴んだりひっぱったりしてボサボサになった髪をもう一度引っ掴んで顔を向けさせる。
「ん? 得意だろ? 上手におしゃぶりしろよ」
からかうように言った言葉には、葉柱は抵抗の意思を見せて口を閉じたまま抵抗してる。
まったく燃える展開だ。
「聞こえなかったか? オレはしゃぶれって言ったんだよ。二度言わすんじゃねェ」
笑顔をひっこめてさっきより低い声で言ったら、葉柱がぎゅっと顔をしかめて、目の淵に溜まってた涙がはたはたと落ちる。
そこで言葉とは逆に優しく頭を撫でたら、葉柱がちょっと口を開けて、するっと舌が伸びてアレに巻き付く。
あー、やっぱコイツ舌長ェ。凄ェイイ。
「う、ぐっ……んーっ」
優しく頭を撫でるだけじゃ、お上品にぺろぺろ舐める気にしかならないようだったので、葉柱の頭の後ろを掴んで首を起こすようにして自分で突き入れた。
そのまま頭を持って腰を動かすとかなりいい感じだ。
苦しいのか悔しいのか、突き入れれば突き入れるだけ葉柱はポロポロ涙を落としたし、押さえつけてない脚がバタバタと暴れてて加虐心を煽る。
「あー、気持ちいー」
わざと能天気そうな声を出せば、葉柱がぎゅっと目を瞑って涙を押し出した。
それでも閉じた瞼の間から、新しく水の粒が膨らんではまた横に流れてる。
「このまま口に出す? それとももっかい挿れて欲しい?」
こんなもん口に咥えたままじゃ何も喋れないのは分かってたけど、あえてそうやって聞いてみたら、葉柱はなんかよくわからない言語でもごもご言ってる。
「あ、あ、もー出る」
「んーっ」
怒ってる怒ってる。
このまま飲ませたら更に怒るんだろうなーと思ったら余計に射精感が上がってきたので、葉柱が逃げないようにガッチリと両手で頭を押さえつけて、喉の奥に先端を擦りつけるくらい突きこんで思いっきり射精した。
「あー………………」
超気持ちい。
ただもうちょっと楽しみたかったのに、葉柱の胸の辺りがぐっと引っ込んだのを見て、コイツ咳き込むなと思って慌てて腰を引いた。
噛みつかれたら堪らない。
思った通り葉柱は口の端から涎を垂らしながら盛大に咳き込んでて、それを見ながらもう少し自分で扱いて何度かに分けて出される精液が葉柱の顔にかかっていくのを見た。
葉柱の頬に、AVのパケ写みたいに綺麗に白く濁った線がかかるのを見てなんとなく満足感を覚える。
葉柱の咳が収まるまで座ったまま待って、呼吸が整ったのを確認してからもう一回口に性器を押し付けた。
「ほら」
萎えてぐんにゃりしてるのを握って唇にこすり付けると、葉柱は一瞬怒ったような顔を見せたけど大人しく口を開いて、ちゅっと先端にキスをするように精液を吸って、それからまた熱心に舌を回して舐めしゃぶってくる。
そりゃそうだよな。
さっき中途半端に挿れただけだったし、このまま終わったら困るのはテメェの方だもんな。
今度は葉柱の頭を掴んだりせずに舐められるのに任せてると、性器がまた熱を持って立ち上がってくる。
もういいかなと思う頃には葉柱もチラチラと目でこっちを伺うようになってて、期待してるのが丸分かりだ。
「もーいーぜ」
言いながら頭を撫でたら、葉柱が首から力を抜いて枕に頭を預けてる。
胸の上から降りて脚の間に入り、肘で膝を引っ掻けるようにして脚を抱え上げたら、もう合意だろって感じのはずなのに葉柱が脚を振って抵抗してる。
「なぁっ…………」
それで赤い顔をして、腕に触ってきたと思ったらぐいぐいと引っ張ってきた。
なるほど。どうやら最近お決まりだったお甘いセックスがしたいらしい。
片方だけ脚を降ろしてぐっと上半身を折ったら、葉柱の腕がすぐ背中に回ってきた。
顎を上げてキスを強請っているので、もう少し顔を近づける。
ただ、葉柱が舌を突き出してもギリギリ届かないくらいの距離までしか近づかないでいると、葉柱が「ひるま」「ひるま」なんて甘えた声で言いながら腕を蠢かせてる。
「なに期待してんだよ」
「………………」
ここで「キスして」なんて言える可愛らしさは、持ち合わせてねーからなコイツは。
来てくれないならこっちから行ってやるって感じで身体を起こそうとする葉柱は腕で押さえつけて、開かせた脚の間にアレをあてがってそのまま挿入した。
「あ、あーっ、ひ……るまっ」
さっき中途半端に使った穴は既にトロトロで、葉柱は盛大に先走りを漏らしながら腰を振ってる。
「なぁ、好き、あ、好き…………」
葉柱はこっちの機嫌を伺うように媚びたように呟いてる。
なんかもう必死だなお前。
「言わねーよ? お前嫌いだろ、好きだぜセックスは」
ただそうされると、余計燃えるんだよなー。
先に折れれば優しくしてもらえると思ってたらしい葉柱は、それが叶わないと分かるや否やさっと愁傷な顔をひっこめて長い腕を振ってバチっと腿を叩いてきた。
ついでに「シネ」みたいな頭の悪い文句を吐いてくる。
「なるほど。まだ思い出せねーみてェだな。最近優しくしてやってたから忘れたか? 思い出すまで死ぬほど犯す」
葉柱が「しまった」みたいな顔をするのにも、その顔を隠すように生意気そうな顔をするのにも興奮して、そっからはもう前から後ろから、キスも手を繋ぐのもナシでかなり乱暴な感じで葉柱を楽しんだ。
「はー…………」
死ぬほどよかった。
ただ、死ぬほど疲れたななんか。
ほとんど休憩無しで何回やってんだよってくらいだったけど、久しぶりに超燃えた。
かなりよかった。
ただ。
「………………」
ベッドの上、隣でピクリともしないうつ伏せの葉柱を見てちょっと途方にくれるけど。
「………………おい」
まぁ、気絶してるってことはねーはずなんだよ。
そこまでじゃなかったはずだから。
そうなると、動かないこの無言の体勢は、やっぱり怒りの表れってことだろうか。
いや、大丈夫だとは思うんだけどな。
オレがこういうの好きってのはコイツも知ってるはずだし、昔、それこそ高校の頃なんか、部室にコイツ呼びつけて立ったまま後ろからハメまくったりしてたしよ。
コイツも大概Mっぽいっていうか、そういうので余計感じるようなふしもあるから、今のはまぁ、「嫌よ嫌よも好きのうちプレイ」とかで、別に怒るほどのことじゃねーだろ。
葉柱を苛めたい欲求はもう満足したので、後戯くらいは甘やかしてやろうと頭を出すように横から腕を回したら、こっちを見た葉柱の顔が鬼のように吊り上った目をしていたので、やっぱりそんなわけねーか、と思わず伸ばした手をひっこめた。
「……なに怒ってんだよ」
「………………なにを怒っているか?」
おいおい、顔が怖ェよ。
そういう顔も、なんか久しぶりに見た。
お前もしかして、オレのこと殴ろうとしてねーか?
「たった今強姦しといて、テメェはオレになぜ怒っているかを聞くわけか?」
思わず身体を引くほどの剣呑さに慌てたけど、葉柱はぐったりしたまま動かなかったのでとりあえず殴られる心配はなさそうだ。
「ちゅーしてやろーか?」
葉柱が腕を振り上げないことに安心して、もう一度手を伸ばして頭を撫でた。
多分、キスしてやらなかったから怒ってんだなと思ってそう言ったのに、顔を近づけたら葉柱は喉の奥でぐるると獣みたいな音を出して怒ってる。
まったく可愛くねーなぁ。
「強姦なんかしてねーだろ」
「ハァ!?」
「オレがヤラせろって言ったら、断らねー約束じゃなかったか?」
そうなんだよ。
こっちには、結婚するときに取りつけたアレヤコレやの約束があるんだから。
別にオレが怒られる通りなんて無い。
「………………」
「それに、可愛くねー態度もとらねーんじゃなかったか? あ?」
葉柱の顔は怒ったままだけど、目が明らかに動揺してる。
そーだろ。約束破ったのはテメェの方で、怒られるならテメェだろ。
「ん」
ただ、オレは優しいからまぁ許してやってもいいと思ってキスをしようとしたら、葉柱が顔を背けたので狙った唇は逃げていって頬にあたる。
「約束はどーしたんだよ」
もう一度念を押すように言ったのに、葉柱は眉を寄せて不機嫌な顔をしたままこっちを見ない。
いい度胸じゃねーか。
「約束が守れねーなら別れるか?」
可愛くない態度を改めさせてやろうと言ってみたら、葉柱は肩をビクっと震わせてやっとこっちを向く。
ただ、ちゅっと音を鳴らして唇にキスしても仏頂面のままで、全然可愛くない。
「可愛くできねーなら離婚だな。指輪も返せよな」
もうちょっと追い詰めれば、葉柱はしぶしぶながらも負けを認めて懐いてくるだろうと更に言いつのって、次いでに脅しをかけるように葉柱の左手に手を伸ばした。
そうしたら、ぐんにゃりしてた葉柱が急な動きでばっとその左手を引いたので、驚いて顔を見てさらにビックリした。
さっきまで怒って吊り上ってた眉が下を向いて、唇が血の気を失ったようにわなわなと震えてる。
「……あ、そう……凄ェ簡単に離婚とか言うのな。まぁ、ただの口約束だもんな」
「…………なーんて、嘘。冗談だって」
これはアレだ。
ダメな方のパターンだ。
この怒らせ方というか、悲しませ方は、よくない感じのヤツだ。
葉柱が自分の左手を見て、それから指輪に右手を伸ばす。
そのまま自分で指輪を抜いて「こんなもんいらねーよ!」とか言いながら投げつけてきたらどうしようかと思ってハラハラ見てると、葉柱の右手はそーっと指輪を撫でただけで、左手でぎゅっと拳を作るとさらにその上から指輪を隠すようにして右手で包んだ。
「ごめん」
これは本格的にまずいと思って急いで抱き寄せて甘やかそうとしたら、葉柱が先に胸に顔を埋めてきてそんなことを言う。
「ごめん……可愛くするから」
それから、死にそうな声で小さく「捨てないで」なんて言ったのが聞こえた。
「嘘だって言ったろ」
ヤバい。泣いてるかも。
セックスで泣かせるのなんて、プレイの範疇だろってのはある程度お互い許容してる。
ただ、これはなんかキツい。
別に本気じゃない、脅しのつもりで軽ーく言った言葉は完全な地雷だったみたいで、葉柱にそんな声でそんなことを言わせたってことがズシンと胸に重く伸し掛かった。
「……どうすればいい?」
「…………どーもしなくていい。冗談だって」
「なぁ、ちゃんと可愛くする、どうすればいい」
葉柱という男をよく知ってる。
意地もプライドもあるこの男がそうやって縋ってくることに、覚えるのは征服欲でも加虐心でもなくて罪悪感だった。
「どうもしなくていいって言っただろ。なにしてても可愛いから」
宥めるように撫でる背中が震えてる。
「なにしてても?」
「そう。なにしてても」
「じゃぁ、オレは今からお前の顔面を思いっきり殴りつけようと思ってるけど、それも可愛いな?」
…………………………あ?
「なに、ぶっ…………!」
一瞬言われた言葉が理解できなくて、ぼやっとしてたら葉柱の腕が上がったなと思うと同時に頬に思いっきり衝撃が走った。
頭が取れるんじゃないかと思うほど首が跳ねて、今見えてるのが壁なのか天井なのかも分からなくなってるうちに、あれだけぐったりしてた葉柱が素早い動作で身体を起こすと馬乗りになってくる。
腹の上に跨った葉柱の拳が握られてるのを見て、あぁ今殴られたんだなと分かった。
「テメェ…………」
「オラァ!」
クラクラする頭を振って怒鳴りつけようとしたら、葉柱がまた腕を引いて振りかぶってるのが見えて咄嗟に首を横に捻った。
風を切るような音をたてて振り下ろされた拳が、頭のすぐ横を掠めてベッドに叩きつけられる。
おいおい本気じゃねーかよ。
「ちょっと待」
「可愛いだろうが! 可愛いだろうが!」
だろうが! と同時にまた振り下ろされた左拳はまた首を捻ってどうにか交わしたけど、その後間髪入れずに飛んできた右こぶしは思いっきり頬にヒットした。
そもそも、こんなにバッチリマウントとられて、振り下ろされる拳を全部避けるなんて人間わざじゃ不可能だ。
「テメェ殺」
「可愛いだろうがっ!!」
葉柱の可愛いだろうが攻撃に、完全に気持ちいのを顔面に2、3発貰って既に顎の感覚が無い。
とにかく腕を掴んで攻撃を止めようと思ったところで、息が切れたのか葉柱の攻撃が一瞬緩んだので、それを見逃さずに下から殴りつける勢いで葉柱の襟首を掴みあげた。
「テメェ…………ブッ殺す!」
掴んだ首元を離さないようにしながら腹筋の要領で起き上がると、額がぶつかるくらいに顔が近づく。
手始めにこのまま頭突きでも入れようと襟を握る手に力を入れたら、葉柱の首がカクっと糸が切れたように後ろに倒れる。
「…………おい」
そんで、つい今まで振り上げてた腕もだらんと力なく垂れて、「はぁあ」と変な息を吐きながら泣き出した。
「………………泣いたら許されると思ってんじゃねーだろうな」
そんなこと言わずに何発か殴ってやればいいものを、思わず打ち気を削がれて先に口が出る。
掴んだ襟元をガクガク揺さぶったら、葉柱の首もそれにあわせてぐらんぐらんしてる。
そんで最終的には、ガクッと前に項垂れたかと思ったらそのまま肩にもたれ掛るようにして抱き着いてきた。
そのまま、ぐずぐず言って泣いてる。
「………………」
おいなんかズルくねーか?
オレ、今普通に殴られたんだけど。
つまり、少なくとも貰った分の何発かくらいは、オレにだって殴る権利があるはずだ。
なのにこの状況じゃ、なんかここで殴ったらオレが鬼か悪魔みてーじゃねーかよ。
葉柱は、さっきまで思いっきり殴りつけて来たとは思えないような力ない腕を背中にまわしてきてる。
完全に殴り返すタイミングを失った。
メソメソしてる葉柱は、多分もうこうなったらしばらくな元気にケンカを買ったり売ったりすることはないはずなので、あきらめてこっちも背中に腕をまわしてよしよしと頭を撫でた。
殴られた頬がじんじん熱を持ってきて熱い。
その感覚にムカムカが腹の底から湧き上がってくるけど、だからってこうやって泣いてる葉柱を殴れるかと言われたら、全然出来そうにない。
それに、よく分かった。
細い声で「捨てないで」なんて言ったのは、まぁ葉柱の策略だろう。
おかげでこっちは「なにしてても可愛いぜ」なんてバカみたいなセリフを吐いて、せっかく結婚のときに取りつけた、葉柱の態度に文句を言う権利を失った。
ただその前、指輪を返せと言ったときに見せた表情は、演技じゃなかった。
コイツは、オレのことなんか一個も信じてねーんだよ。
このオレに「結婚して」とまで言わしめておいて、その言葉も適当な戯言だと思ってんだ。
ただ今までと違って、指輪という物的証拠というか、約束の証みたいなものがあって、だからそれに異常に執着してんだ。
新婚気分で浮かれてイチャイチャしてようと、腹の底では「どーせ」みたいな感じで全然信じてなんかない。
「…………」
なんでだよと問い詰めたかったけど、答えは自分の方でとっくに分かってたから言い出せなかった。
なにせ、これまでの自分の行いを顧みれば納得だ。
適当なこと言ったりやったりしてきたし、誠実とはほど遠い。
「オレ、浮気してねーからな」
他にも色々言うことはあるはずなのに、とりあえず思いついたのはそれで葉柱を撫でながらそれだけ言った。
「…………うん」
そうやって答えたけど、葉柱が信じてるかどうかは分からない。
もうどっちでもいいとさえ思ってるかもしれない。
「あのさ」
泣き疲れたような声の葉柱が、肩から顔をあげずに小さく言う。
「もし別るとき、この指輪って、貰ってっていい?」
「………………」
やっぱりな。
「別れねーからそんな約束必要ねーだろ」
「そうだけど、もし」
なにが「もし」だ。
しかも、なんでオレがお前を捨てる前提みたいな感じなんだよ。
オレが言ったんだぞ。「結婚しろ」って。「一生側にいろ」って。
「ダメ。別れるなら指輪は捨てるから」
「………………」
こっちはそんな「もし」なんて来るわけないから言ってるのに、葉柱にとっては将来必ず起こり得ることに思えるらしく、またメソメソと泣きだした。
「嫌なら別れなきゃいーだろ」
オレにとっては、葉柱の方が愛想つかせて指輪叩きつけて出て行きく方がよっぽどありえそうだと思うのに、なんでコイツはこうなんだろうな。
「…………」
どうやったら信じるかなと色々言葉を尽くそうと思ったけど、何を言ってもダメだろうなって案しか浮かばない。
これはもう行動で示すしかないわけだけど、どのくらいの時間が経ったらコイツは信じる気になるだろうか。
10年単位でかかるかもな。
いや、10年経ってもコイツはうじうじしてそうだ。
多分コイツが信じるのなんて、死に際がやっとだろ。
死ぬ時まで側にいて、それでやっと「あ、ホントに結婚して、一生一緒にいたんだ」とか思うんだ。
「一生オレの側にいろよ、ルイ」
死が二人を別つまで、生涯愛することを誓いますか? ってやつを、ちゃんと誓ったつもりなんだよオレは。
どうやらコイツはそうじゃねーみてェだけどな。
「うん」
「ホントに?」
「うん」
嘘つき。
ただオレが、一生かけて嘘にさせてやらねーから。
'13.09.11