ヒル魔はよく「オレって優しいから」とか言う。

最初は皮肉か嫌味か自虐ネタだと思ってたのに、最近分かった。コイツ本気で言ってるって。

例えばヒル魔を送り届けて、途中で寄った買い出しの荷物で両手が塞がってるときに、ヒル魔が玄関のドアを開けてくれて「オレって優しいからな」。
お前の家で、しかも持ってんのはお前の荷物だぞ。

例えばヒル魔に迎えに呼びつけられて、そのくせ自分の用事が終わってなくて散々待たされてる間、一個ガムを投げて寄越されて「オレって優しいよな」。
その一個でその後更に30分待たされてんの。

こんなん、笑うところかなー？　って思ってもしょうがねェじゃん。
なのに、アイツ本気なの。

やっぱ頭オカしいんだなコイツ、と思ってたのはちょっと前まで。
だって、気づいてしまった。

今は、学校帰りにヒル魔の家にやってきて、冷蔵庫からコーラを取り出してるヒル魔に「あ、オレも」って頼んだら、「しょーがねーなー」とか言いながらやたら鷹揚にコップを二つ持ってきて、「オレって優しいからなー」だと。

そのうち一つのコップを受け取ると、じんわり胸の真ん中があったかくなる。

オレさ、気付いたんだよ。
コイツが「オレって優しいから」って言うのは、オレにだけ特別にしてくれたり、許してくれたりするときに限るって。

今の、自分が飲むついでにコーラ一杯持ってくるだけってことが、ヒル魔は他の誰かにだったら絶対しねェの。
誰かのためにドアを開けるってこともしねェし、待たせた相手に気ィ遣ってガムやったりなんかもしない。

オレにだけ特別してくれることなんだよ。

「…………アリガト」

ヒル魔は多分、その法則に気づいてない。
嫌味な顔してニヤニヤしながら「優しいからな」って言われるたび、心底嬉しくなる。
内容は死ぬほどくだらないことなんだけど、特別扱いされてることに心が飛んできそうな程浮かれる。

大事そうにコップを両手を受け取ると、ヒル魔が呆れた顔をする。
コーラ一杯で何やってんだ、みたいな。

いーよ。頼むから、そのまま気づかないでいて。





最近、葉柱がツマんねェことでよく感激してる。
今だって、自分の飲むついでにコーラをコップについで持ってってやっただけで、まるで砂漠で迷ってることに水を貰ったヤツみてェな喜び方すんだよ。

まぁわざわざオレがそんなことしてやったんだから喜ばれることに異論はねェがよ。
そこまで大げさに感動されっとどうかと思う。

オレ、結構コイツに優しくしてやってるつもりなんだけど。
コーラ一杯で感激されたんじゃ、オレ普段どこまで冷たいヤツだと思われてんだよ。

たかだかコーラが入ったガラスのコップを、宝物みたいに大事に両手で包むように持ってるのを見てるとちょっと不安になる。
オレってそんなに酷いやつか？

「葉柱」
「ん？」

バカみてェにチビチビコーラ飲んでる葉柱を呼んでみる。
笑ってんのはいいけど、お前それくらいでそんなに喜ぶなんて、自分が可哀想だとは思わねェの？

見てるコッチが悲しくなんだよ。

「お前、映画見たいって言ってたよな」
「え？　あー、まぁ……」

三日前くらいに、なんかの続編が封切りになんだとか言って、行こーぜって騒いでたのを思い出す。
オレ的にはどーでもよかったから「メンドクセェ」って切り捨てて終わった話。

「明日、付き合ってやってもいいぜ」

たまには、こんくらいサービスしてやる。
コーラ一杯くれェ恵まれるだけより、全然イイだろ。

「え、マジで？」

と思ったのに、葉柱は「じゃぁ部活終わったら迎えに行くからさー」とか凄ェ軽いノリで言い出した。
いや、なんでだよ。
ここで感激しろよ。

お前ホント、意味分かんねェな。