ヒルルイで麻雀
※麻雀用語頻発してるので、多分、麻雀知らぬ人には意味不明。




どっかのバカが「拾った」とか言ってきて、学校のたまり場ンになってる部屋に麻雀の自動卓が据えられた。
普通に考えたら、そんなもん落ちてるワケがない。
盗ってきたのた貰ってきたのかは知らないが、別にあって困るもんでもないかと放っておいたら、ほぼ毎日誰かが卓を囲ってるくらいには繁盛してる。

たまにイカサマがどうだとかってケンカが起きるが、この場所に置いてあるもんはスグにぶっ壊れるのにまだ元気に稼働しているところを見ると、どうやら皆結構気に入っていて、大事にされてるようだ。

「葉柱さん混ざります?」
「あー?」

ガチャガチャ鳴ってる自動卓の音にも慣れて、その後ろにある所々穴のあるソファで何の気なしに雑誌をめくっているとそう声をかけられる。
かけてきたのはロニで、銀が立ち上がってるトコロを見ると一人抜けるから入らないかってことらしい。


(でもなー……)

ポケットの中で携帯を触る。
アメフトで賭け試合をしたのが三週間前。
その結果の奴隷契約のせいで、葉柱には悪魔から突然命令が下ることがある。
頻度でいうと、2、3日に一回程度。
こっちの都合も気にせずに「今スグ」なんて言ってくることがだいたいで、入って途中で抜けるのもなーと思う。

チラっと壁の時計を見ると、もぅ21時になるところだ。
ゴシュジンサマの指令は、だいたい向こうの部活が終わる時間帯にやってくる。
泥門なんて普通高校にナイター設備なんかないから、もうすっかり日が落ちてるこの時間まで連絡が無いってことは、今日の緊急招集は無さそうだ。

「なに、お前負けてんの?」

一人抜ける時点でお開きにしないってことは、負け分をどうにか取り戻したいってハラか?
卓横の棚にある点数表を見てみれば、なるほど一人落ち込んでんな。
ただ、二回前の半荘で箱割ってるが、この半荘ではニチャにつけてる。
こっからは上がり調子だ! っつー、ギャンブル中毒特有の根拠のない妄想に取りつかれてるんだろう。

「こっからッスよ!」

そのまんまかよお前。

「いーけど。金持ってンのお前」

銀の抜けた席に座って、卓上に散らばってる牌を真ん中の穴に押し込む。
ムッツリ黙ったところを見ると、多分今の負け分くらいはどうにか持ってるが、これ以上嵩むとヤバいってトコだろう。

オレが入ってお前勝てるワケねェじゃん。
いや、オレが特別ウマいってことじゃねェよ。
麻雀に関しては、上も下も関係なしってルールが定められてんのに、オレが入るとお前ビビって異様に手が縮むから。
慎重になりすぎるっていうか。
運だけのイケイケ麻雀のくせにそんなことして勝手に負けてくんだよテメーは。

「じゃ、オレの親からな」

牌を捲って席を替え、賽を振って出た目に更に苦笑した。
最初から葉柱が親を引くあたり、序盤からヘコみにヘコんで落ちていくであろうロニの運命を暗示しているように思えた。






「楽しそうなことしてんじゃねェか」

部屋は絶えず誰かが出入りしてたから、そのときも誰が入ってきたのかなんて気にしてなかった。
葉柱の席はちょうど入口に背中を向ける格好だったし、この半荘ラス親で、一位と僅か1000点差。
ツモでもロンでも逆転トップだってとこで、配牌を祈るような気持ちで開けたそんなときだったし。

「な…………」

声は葉柱のスグ上から降ってきた。つまりソイツは、座った葉柱のすぐ後ろに立ってるワケだ。
賊学にそんな不遜な態度をとるヤツはいない。

顔を上げて卓を囲ってるメンツを見てみれば、青ざめたロニに不機嫌な顔の影とツンの視線が葉柱の上に集まってる。
声でわかってたが、その表情を見て確認した。

「なんでテメェがこんなとこに来てやがる……」

ワザと手配をゆっくり伏せ、できるだけ横柄な態度に見えるようこれまたゆっくりと振り返ってやる。

「ヒル魔」

今日は悪魔からの電話がなくて清々してたとこだったのに、まさか本人がわざわざここまで足を運んでやってくるとは思わなかったよ。

「んー、近くに用があってな、寒ィし疲れたから茶でも飲んでこーと思って」

賊学のたまり場っつったら、謂わばお前にとっちゃ敵の巣じゃねェの? そりゃぁ奴隷契約はしてるけど。
いい加減ムカつくからアイツ全員でボコっちまおうぜってことになるとか考えねェ?
喫茶店替わりに使えるトコじゃねェだろ。

まるで自分の部屋のようにノビノビと振る舞って手に持っていた荷物をテーブルの上に乗せる仕草に腹が立つ。

でもまぁ、そうかもな。
麻雀に夢中になってる間に、気が付いたらこの部屋には4人しかいなくなってたみてェだが、
ここに来る間にヒル魔が誰にも会わなかったワケがない。
なのに飄々とここまでかすり傷一つなく息も切らせずやってきたってことは、
出会うやつ出会うやつ全員素直にヒル魔に道を空けて通してやったってことだ。
下手すりゃこの部屋までご案内したヤツだっていたかもしんねェ。
なんて安全なトコなんだココは。

「カッ!」

ドイツもコイツもビビってんじゃねェよ。
一応オレは約束は守る主義だから、コイツをぶん殴ってやろうとか、オレの命令で下のもんけしかけてヤっちまおうとかは思わねェよ。
ただ、誰かオレの知らないアメフト部と関係ないやつがお前を一発くらい殴ってくんねーかなと思うくらい。
全然叶いそうにねェなそれ。

「ふーん」

ヒル魔はまた戻ってきて葉柱の後ろから自動卓をを覗き見る。

「ラス親で逆転をかけた一局? 激アツじゃん」

南場を示す札が葉柱の下家に置かれてることと自動卓の親を示すランプ、それから手元の点数表示を見て軽口を叩く。
うるせェよ。まさに今オレだってそう思ってたが、お前にいわれるととたんにヤル気がなくなんだよ。

「それ終わるまで待ってやるから。コーヒーな」

そんなこと言ってどっかりソファに座るヒル魔に、何か言いたそうな目の前の三人が葉柱を見てくる。

うるせー。頼むからなんも言うなよ。

誰かが下手に口を開く前に、何も言わせないように手配から一牌抜き、河にトンと捨てた。
頼むから、早くやってくれ。





結局その最後の一局は、トップだった影がサラっと1000点で上がって終わりとかいうまったくツマラナイ展開で幕を下ろした。
せいぜい10分程だ。なんの盛り上がりもなく終わった半荘を見て、ヒル魔がニヤニヤ笑っている。
背もたれに腕をかけて足を組みふんぞり返る姿は、まるでお前の方が賊学の総番って感じだよ。

「コーヒー」
「……カッ! お前行って来い」

早くしやがれとでも言うように単語だけで要求され、顎で対面のロニに指示を出す。

「ッス、葉柱さんは?」
「……なんか炭酸」

出ていくロニをしり目に、なんかもう力が抜けて椅子からズリさがるように背もたれにもたれかかる。

「ケケケ、お前そうしてっとまるで総番みてェだな」
「総番なんだよ!!」

そうだよな。お前オレがまるで小間使いのようにヘーコラと命令聞いてやってるトコばっか見てるしな。
なんかもぅ慣れてきてて、お前の軽口にはそんな腹立たねェよ。
ただ頼むから、ここでオレにあんま舐めたクチ聞かないで。
いや、違うよ。オレはもうそんなんじゃムカつかねェって。

こんなんなる前は気づかなかったけど、オレって意外と人望あんのな。
間が悪いことに、ちょうどココにいる影とツンなんかはその筆頭で、
オレがああやってお前の奴隷やってんの、オレ以上にムカついてるっぽい。

だからあんま変なこと言わないで。
もう既に「いい加減にしろよ」ってお前に食って掛かりそうな雰囲気出してんじゃん。

やめとけやめとけって腕で合図すんのを見て、ヒル魔は更に楽しそうにケケケと笑う。
頼むから勘弁しろよ。

「だいたいあの局面で逆転出来ねェっつーのがヘボいなー。なんかこう、持ってない人って感じだよなお前」
「ウルセーよ! テメェはどうだってんだ」

間髪いれずにとりあえず全部反論しとこう。
そうしときゃ、他のヤツが話に入ってこれねェから余計なモメ事になんないだろう。

「ふーん? 勝負すっか?」
「カッ! そんなん返り討……あ?」

コイツの言葉には、注意して答えなきゃいけないってのは分かってたのに、つい焦って反射的に答える。
ヒル魔にとってはその返事が期待通りだったのかは知らないが、ニヤニヤして近づいてきて、ロニが抜けた席に座る。

「いくらでやってんの?」
「……テンピン」

聞いてきたのは麻雀の賭けレートのことだ。

「ウマは?」
「ゴットー」

つまるところ1000点100円。順位によって1位ボーナス1万点、2位5000点って話だ。

「じゃ、デカピンでワンスリーな」

オレの話聞いてたのかよ。
テンピンでゴットーでも、コーコーセイにしちゃ賭けてる方だと思うぞ。
だいたい従う気が無いのなら、わざわざ聞いてくんじゃねェ。

さっきヒル魔は点数表を見てたから、30000点返しでやってんのはわかってるハズだ。
で、レートを10倍に上げて、かつ1位ボーナス3万点、2位1万点にしろってか。

卓の上にはチップもヤキトリも乗ってから、それ使ってるのもわかってるだろう。
ちょっと負けがこんだらすぐ数十万円に積みあがる計算だ。

サシウマで500万とか言い出さないだけまだ常識的か?
いやいや、そういうことじゃねェ。レートもそうだが、そもそも、この悪魔相手に「ギャンブル」なんてことしていいのか? って話だろ。

ヒル魔にニヤニヤしながら器用そうな細い指で卓の上の牌を摘まんだりひっくり返したりしてる。
ツンと影の様子を見れば、その余裕綽々っぷりのヒル魔に怒り心頭のようで、言外に「やりましょう」って視線を向けてくる。
まてまて。熱くなんなよ。

一呼吸おいて考えてみる。
持ちかけられたギャンブルが、デビルバッツのカジノでってんならそりゃお断りだ。
どんなシカケがあるかわかったもんじゃねェ。
今回はいわばホームだ。前もってイカサマが仕掛けられてるってことはない。

「やんねェの?」

いい加減そのムカつくニヤニヤ笑いをやめやがれ。
「やんねェの?」なんて、その表情と合わせりゃ「逃げんのか?」ってことだ。

これが将棋とかチェスとか、完全な頭脳勝負ってもんなら、逃げだろうとなんだろうと速攻でお断りだ。
ポーカーなんかのカードゲームもダメだな。心理戦とか駆け引きで勝てる気がしねェ。
ただ、今回は麻雀なんだよ。
先に挙げたギャンブルと違うのは、これがかなり「運」の要素がデカいってこと。

つまり、どんなに頭が良くっても、相手がいきなり配牌で上がってたら止められないだろうって話。
今のは極端な例だが、そこまで行かなくても素人が手なりで打ってトントン拍子に上がれちまうことがあるのが麻雀だ。

こりゃ意外とチャンスなんじゃねェのか?
レートを上げてきたのだって、自信の表れともとれるが、振り込みたくないってビビったこっちの手が縮むようにする作戦にも思える。
それに臆せず普通に打てりゃ、十分に勝てる見込みもあるんじゃないか?

影もツンもいきり立ってやる気満々って感じだから、ロニみたいにビビって降りまくることはなさそうだ。
悪魔の鼻を明かせる千載一遇のチャンスかと思うと、急に心臓がバクバクいいだした。
そうなるともうやるしかないって気になる。

「…………」

いいのか? いいのか?

「……いーぜ。やってやるよ」

言っちまった。
とたんにヒル魔の口角がそれまで以上に吊り上り、やっぱ失敗したかなという思いが一瞬頭をかすめる。
いやいや、弱気になんな。気持ちで負けなきゃ全然イケる。
絶対勝てるとも言えないが、絶対負けるとも当然言えない。やってみる価値あるはずだ。

そっからチップやヤキトリの点数、認められる役やルールの確認を簡単にする。
いつも使ってるコッチのルールを説明する間、相変わらずヒル魔の指は余裕たっぷりに牌弄りを続けたまま、今度は文句をつけずに「それでいいぜ」なんて言って、するすると東南西北の字牌を取り出すと真ん中に伏せた。

いーぜ。悪魔とのギャンブルの始まりだ。






「ロン。混一チャンタ一盃口南ドラ1、ハネ満な」

一一二二三三八九南南南西西
萬萬萬萬萬萬萬萬

祈るような気持ちで捨てた七萬に、悪魔が「あ、肩にゴミついてますよ」くらいのテンションで無慈悲に言った。
そのままヒョイっとドラ表示牌の横に手を伸ばし、それを捲って「あぁ、裏ドラのって倍満な」だと。

「〜〜〜〜〜〜〜っ」

半荘6回まわして、ラス親オレって一局がこれで終了だ。
乱暴にヒル魔に点棒を投げ渡すと、一万六千点失ったオレは一躍最下位に躍り出た。

「っなんで振り込まねーんだテメェは!」

3半荘目辺りから思ってたことが、とうとう我慢できずに口から洩れた。

「いや、こんな明らかな染め手にド本命の萬子振り込んどいてナニ言ってんだ」

ヒル魔は目をキョトンと開いて心底ビックリしたみたいな顔をする。
ワザとだろ。ホント人をムカつかせることにかけりゃ天才的だなテメェは。

「うるせーよ! この局のことじゃねーよ!」

そうなのだ。6半荘やって一回も、たった一回も振り込まずにヒル魔はここまで終えていた。
しかもベタ降りしてるってワケじゃない。コンスタンスに上がりも積んで、かつ振り込みゼロ。
そんなん漫画でしか見たことねェっつの。『アカギ』かテメーは!

ヒル魔が萬子で染めてんのなんか分かってた。
コッチは上家だったし、鳴かれて手を進められるのもアタられるのも嫌で、真ん中あたりの萬子を切りきれなくて持ってた。
どう手を回していくかと思ってたら、あれよあれよという間に横に伸び、この七萬が切れたら、ロンなら三暗刻、ツモれば役満四暗刻聴牌だ。そりゃツッコみたくもなるだろう?
ヒル魔はメンゼンだったし、せいぜい鳴かれるくらいだと高をくくって暴牌したんだ。

でもさ、そういうのって誰でもやらねェか?
なんとなく嫌なモンは感じるけど、上がりにかけてツッこむってことが。

それがこの悪魔にはねーんだよ!
流れた局で手を開けたときにも見たが、まるでコッチの牌が見えてんのかってくらい振り込まない。

しかも今のだって、リーチかけてりゃ裏ドラ見なくても倍満確定じゃねーか。
あえてか? あぁそうなだ。オレだってさすがにリーチかけられりゃあんなとこ振り込まねーよ。
一体ドコまでコッチの手の内がわかってやがんだ。

「だってさー、お前ら、ご丁寧にもずっとキレーに理牌してんだもん」

理牌? 理牌つったか?

視線を落として自分の手牌を見る。
萬子筒子索子の並び順までは明確に決めてはいないが、確かになんとなく塊作って順番通り、で、字牌は右側に寄せたりしてる。

「そんでイチイチ牌捲っちゃ喜んだり顔シカメたり、聴牌すっと急に打つリズムが速くなったり、アタリに近い捨て牌にビクっと反応された日にゃ、笑い堪えるのが大変だったぜ」
「ぐっ…………」

そういう反応全部見て、かつその反応で理牌された手牌に仕舞い込まれる牌、抜き出される牌を見て、注意深く回していってりゃ振り込まないってか?
そんなん、口で言うほど簡単なことか?
こっちの反応ったって、そこまで大げさに出てないはずだ。
そんなんでこんな漫画みてーな展開にまでなるもんか?

「それにさー……」

ヒル魔はニヤニヤしながら、自分の横に積みあがった、葉柱たち3人からのチップをジャラジャラと手で遊んだ。

「牌、傷だらけじゃん?」
「は? だからなんだって……あっ」

言われて牌を確認してみる。さすがに欠けたりしている牌はないが、よく見ればそれぞれ細かい傷がついているのが分かる。
牌は自動卓の中でガシャガシャかき回されるし、卓上でも乱暴に扱われてたことが常だから、そのくらいの傷はどの牌にもついてる。。
が、こんなで分かるもんか? 葉柱からしたら、どれもこれも無造作に似たような傷がついているようにしか見えない。

「正直オレ、30牌くらい伏せたまま分かる牌あったから」

(そういえば……)

麻雀を始める前、ヒル魔がレートがなんだとか話をしながら、卓上の牌を弄りまわってたことを思い出した。
あの時はただの手持無沙汰の牌弄りだとしか感じてなかったが、その時点で既にわかりやすい傷のある牌やキー牌の幾つかを探って覚えていたんだろう。

自動卓は二組の麻雀牌を使うから、それだけではもう一組の牌は分からないだろうが、それはやりながら覚えたってことか?
そう言われれば、ヒル魔の勝率は後になる程上がってる気がする。

「言っとくけど、オレは傷つけてねーからな。たまたま分かりやすくついてる傷を見たら、その気はなくとも頭に入っちまうよなー?」

いくら牌を見てもやっぱり見分けがつくように思えないが、ヒル魔の言ってることは多分本当なのだろう。
覚えたのはたまたまじゃなく、入念にチェックしてたからだろうけど。

さっきからヒル魔が手で弄んでるチップがその証拠だ。
裏ドラってのもあるが、リーチ一発ツモで稼いだチップが大半だ。

つまり、聴牌した後次の自分のツモが、ガン牌で当たり牌だと分かっていて、ノーリスクで掛けるリーチ。
そりゃ振り込まねーよ。一発ツモのチップも稼ぎ放題だ。
ガン牌で分かる牌が、理牌された相手の手牌に入ってりゃ、捨て牌とさっき言ってた反応への読みも合わさって、ヒル魔にはもう手牌全てが透けて見えるようだったのかもしれない。

ヒル魔が部屋に入ってきてからの一局で、アイツは全員が配牌から理牌していることを確認し、それからなんだかんだ話をしながら傷ついた安物の麻雀牌も確認。
そこでまで把握してからこりゃぁカモだぜと、コッチが下りない程度の高レートをふっかけて荒稼ぎしてったわけだ。

麻雀は半分以上は運が関わってくると思ってたコッチに対して、コイツは8割方勝利を確認してたんだ。
そして大勝しなくとも、どんなに悪くともトントン以上にはなる、そんくらいの確信があって言ってきたに違いない。

そうだよな。お前が勝つか負けるか運否天賦なんてギャンブルするわけねぇ。忘れてたよ。
始める前に思い出せてりゃ、やることもなかったのに。
で、結果はいい方に転んで大勝か。笑いが止まんねェだろう。

「バケモンかテメェは!」

影が点数表をとって、この半荘の点数を書き入れる。ソレにチップの金額を加味すれば、ヒル魔の勝ち分は稼ぎに稼いで二十二万六千円。

「ケケケ、金は今度でいいぜ」

確かにこれほどの現金の持ち合わせは無ェよ。
ヒル魔はそう言って、後は用無しとばかりに揚々と部屋から出て行った。なんて嫌なヤツだ。
いや、「送ってけ」と言わないだけまだマシか?

「……葉柱さん! オレ悔しッスよ!!」

コーヒーを買い戻ってから、なぜか愁傷にも後ろでずっと様子を見ていたロニが憤慨したようにそんなことを言って突っ伏すようにテーブルをバンと叩いた。
うるせェよ。見てただけのお前より、やってたコッチの方が悔しいに決まってんだろうが。

「なんとかあの悪魔を負かしてやれないっスかね?」

頼むから変なこと考えンなよ。
まぁ気持ちは分かる。賭け事で勝った負けたの前に、とんでもなくムカつくんだアイツは。
そうすっとなんとかしてやりたいって気になって、止せばいいのにつっかかっちまう。
ダメなんだよ。地雷なの地雷。アレは。
そう分かってても踏みとどまれないほどムカつかせてくるんだから、ホント天才だよ。

「全員で囲ってやっちまいましょうよ!」
「ダメ」

暴力は禁止。奴隷がご主人様リンチにするわけにはいかねェだろ。
だからこそ、麻雀勝負がそれに反しない凄くいいものに思えて、思わず乗っちまったんだ。

「なんか勝負事ならともかく、そういうのはヤメロって前も言っただろ?」
「じゃぁ、勝負事ならイイんスか?」

お前、つい今さっき行われたその勝負事の惨状を見てよくそんなこと言えるな。

「アイツに勝てるギャンブルがなんかあんのかよ」

頼むからこんな情けねェこと言わせんなよ。
ポーカーブラックジャックバカラ7カード、何を考えても勝てる気がしねェ。

「……チンチロとかだったらどうっすかね?」

ロニが良いことを思いついたとでもいうように顔を輝かせる。
そうだな。お前にしてはよく考えたよ。
サイコロ振るだけなら完全に運任せだから、勝てるかもしれねーよな。

「そんなん五割の確率でコッチが負けるってことじゃねェか」
「まぁ、そうっすけど……」

それじゃ意味無ェだろ。
腹が立つからつっかかるのに、運任せじゃしょうがねェ。
しかもなんでか、五分五分の勝負のはずなのに、まったく勝ってるところが想像出来ない。

「うーん……」

ロニはまだ諦めきれないって感じで無い頭を巡らせている。

「じゃぁ、チーム戦ってのはどうですか?」
「ア?」

ちょっと自信なさげにそう言ってきて、だが言ってしまえば今度こそすごくいいアイデアだと思ったらしく、さっき以上に熱い目を向けてきた。

チーム戦、チーム戦ね。
まぁ、悪くはないかもな。確かにいいアイデアだ。
ヒル魔がとんでもなく勝負強かったとしても、その仲間がそうだとは限らない。
総当たりみたいな星の数勝負でもいいし、協力プレイするようなモノでも、組んだ相手がヘボならヒル魔の強さは半減だ。

でもな。

「なんの勝負するにしても、アイツがその道のプロとか連れてきても驚かねェよオレは」

そうなんだよ。
どんなツテだか脅迫だか知らないが、例えば麻雀なら簡単にプロの雀士連れてくるようなヤツだよアイツは。

「そこは、えーと、学生らしく勝負しようってことで、大人禁止、友達のみってことで」

ちょっと苦しいな。
が、まぁ、話の持って行き方次第じゃ、一応アリか?

「泥門のヤツら、ギャンブル強そうには見えないッスよ!」

(確かに……)

デビルバッツのメンバーを思い出してみる。
まずは栗田だ。アイツは明らかにギャンブルとは無縁だろう。
それにあのアイシールドとレシーバーの猿。
確かほどんどのメンバーが運動部の助っ人で、校風と相まった、いかにもぼんやりしたヤツらしかいなかった。
あと女のマネージャーが一人いたが、いかにもお堅そうな真面目女だ。

そういえば賭け事なんて不真面目な遊びをしそうなヤツが、ラインに3人くらいいたな。
ただ見る感じ、冷静そうには思えないし、勝負に熱くなって気が付いたら大金溶かしてました、みたいなタイプだ。

「んー、まぁそうだなー」

ちょっとその気になってくる。
ロニの発案に、じゃぁそのチーム戦で一番こっちが有利になれるのは何かって、影もツンも乗ってきて相談が始まる。

ただ、ギャンブルにはスポーツの対抗試合みたいに一対一で5回戦う、とかそんな遊びをするものはない。
無理やりそんな形式にしたとしても、ヒル魔本人を負かせなんじゃ意味がないし。

じゃぁ全員同時にプレイして、一番仲間との協調や腕が勝敗に関わってくるのは何かってつめていったら、
結局麻雀になった。

二対二でチームのトータル点の勝負にすれば、仲間がヘボけりゃヒル魔もヘタにツモ上がりをしてられなくなるし、ヒル魔のアタリ牌を切って振り込んでくれるか、アタれないで見逃して安全牌にしてくれることもあるだろう。

あの大負けのあとじゃ正気とは思えない判断だが、ヒル魔がネタバラしをして行ったっていうのも大きい。
つまり、あいつの今日の勝ちっぷりは、なんだかんだいってガン牌っつーのが一番デカい。
捨て牌だのコッチの反応がどうだの言ってたが、まずガン牌があるからこそ読み易くなってんだ。

「サラの麻雀牌2セット、いや、4セット用意しとけ」

まったく傷のない新品で勝負してやろうじゃねェか。
ヒル魔がワザと自分で傷を付けることが出来なくもないが、それはしてないって言ってたし、それが嘘でも新品に不自然に新しい傷がつけば、一緒に打っててすぐに気付ける。

「理牌しないで打てるヤツは?」
「銀さんはいつも理牌してないッスね」

そーか。じゃぁオレと銀だな。
理牌しないと間違いがないよう気ィ張ってなくちゃならないのが嫌で、いつもなんとなく牌を揃えてはいたが、しなくちゃ打てないワケじゃない。

ヒル魔に誘いをかけるのは、もうちょっと後でいいな。
つまりそれまで、通しのサインだのを決めて、且つ不自然じゃないか不足はないかチェックする。
こっちの準備と練習が万全になってから、アイツを誘ってやろうってことだ。

こうなるともう「打倒ヒル魔!」って感じで完全に盛り上がってきて、部員を巻き込んでバレないイカサマの研究まで始まる。
自動卓だからやれることは少ないが、卓の下でコッソリ牌を交換するとか。
手牌が少ないのを手で隠して、一番不自然じゃないのはどんな格好だ? とか。

ただし、イカサマはどうしてもココだけ! ってときに制限するようにした。
何回もやったらバレる可能性が高くなる。
通しだけでも勝てる可能性が十分にあるし、欲張って墓穴を掘るわけにはいかない。

他の部員相手に銀と練習を繰り返せば繰り返すほど、勝ちを確認してワクワクすらしてきた。

これでヒル魔に一泡ふかせられる! ってな!!







「遅ェよ」
「遅くねェよ。指定時間1分前」

今日はヒル魔からお迎え命令の電話がかかってきて、いつもだったら憎たらしく思うところを心弾ませてやってきた。
ヒル魔と賭け麻雀をしてから丁度一週間。
こちらの準備は万端で、もういい頃合いだ。
早く電話が来ないかなー? なんて待ってたのは初めてだ。

ヒル魔はチラっとコッチを見て不機嫌そうに舌打ちしてから、開いていたノートパソコンをパタリと閉じる。

「コンビニ寄ってオレんちな」

「どうぞ」も「乗れば」も言わなくても、当たり前のように人のバイクに跨って指示をだす。
まぁいいけどな。
そんなことより、これからこの悪魔に勝負を持ちかけようってことに少し緊張する。

「お前明日また麻雀しに来る?」

変につっかえないように一息で言った。

「あ? リベンジ? お前あんだけコテンパンにされといて、学習能力無ェのかよ」

ケケケーと後ろから腰に抱き着いた悪魔が笑う。
うるせェよ。学習してっからこそのリベンジだ。

「あー、今度はメンツ二対二で。お前一人連れてこいよ」
「……ふーん?」

そういってヒル魔はちょっと黙る。
何か考えているんだろうか?
並んでバイクに跨ってるから、その表情は伺えなくて少し不安になる。
いやでも、表情で探り合いなんてこと向こうの方が得意なんだ。
こっちの顔が見えないこのタイミングが一番いい。

「誰かアメフト部の友達連れて来いよ」

返事を待つ間、自分の心臓がやたらとドクドクいってんのが鮮明にわかった。
今のは自然に言えただろうか?

ヒル魔はまだ答えない。考え中か?
二対二なんて言い出した時点で、こっちの思惑はだいたい分かってるんだろう。
考えることと言ったら、自分の持ち駒の確認か?
わざわざ不自然じゃない程度に協調して「アメフト部」と念を押してみたが、大丈夫だろうか。

「……おー。いいぜ。アメフト部のオトモダチと二人で行ってやる」

帰ってきた返事は完全にニヤけた口調だったが、まぁいい。
言質のイタダキだ。

ヒル魔が連れてくる部員はやっぱりあの半端な不良ラインのうちの誰かだろうか?
いずれにしても、全然負ける気がしない。
「明日」って指定もあるから、今から急増で通しやら仕込んだってたかがしれてるだろう。

「2人分迎え寄越す?」

嬉しくて思わずそんなことまで言ってみる。
まるで従順な奴隷じゃねェか。
ま、今は気分がいいから特別だ。明日散々打ち負かしてやったらさぞ気持ちいいことだろう。

「いや、勝手に行くわ。この前の部屋?」
「おぅ」

変な質問もなくあっさりコトが決まって安心した。
色々突っ込まれたりしたら、悪魔の尋問を飄々とかわすなんて出来そうになかったからな。

ともあれ明日だ。
新品の麻雀牌も用意してある。
楽しくなりそうだ。





「ヒル魔迎えに行かなくていいんスか?」

雀卓のあるたまり場の部屋には、これからの勝負を観戦しようとヒマな部員が5、6人集まってる。
勝負の時間が迫ってきたら、そのヒマ人筆頭であるロニがそわそわしながらそんなことを言った。
お前も大概奴隷根性が染みついてんのな。

「勝手に来るって」
「誰連れてくるつってました?」
「いや、知らねー。でも部員連れてくるって」

「アイシールドっスかねー」
「ルールすら知らなそうじゃねェ?」

何人かが、なんとなく浮き足立つ気持ちを抑えようと軽口を叩きだす。
そうだな、意外と栗田なんか連れてくるかもな。

「よーぅ!」

ヒル魔が連れてくるのが誰かで賭けが行われそうになったところで、やたらテンション高くドアを蹴り開けてその話題の張本人が登場する。
そのすぐ斜め後ろに立つ人物のシルエットで、自分の予想が外れていることを知った。
栗田にしちゃぁ細すぎる。
かといってアイシールドや猿程小さくない。

「…………あの」

誰もが一斉に黙った中で、果敢にも声を出したのはロニだった。
ただ、喉の奥から絞り出すようなか細い声だったが。

チラっとその顔を伺ってみると、開いた目がやけに潤んでる。
おいおい、何も泣くことねェだろ。
まぁ、その気持ちも分かるけど。



「あ゛ー? オレに大金恵んでくれるっつーヤサシイ人って、コイツら?」



長いドレッドヘアにサングラス。
冬の厚い上着の上からでも、太い首と身体の厚みからバキバキに鍛えられた筋肉がよく分かる。

そうだな。泥門の部員とは言ってなかったな。
確かにアメフト部だよ。まさかオトモダチだったとは知らなかったけど。

「じゃ、ロニと銀、あとはよろしくな」

なんとかそれだけ言って、あとは後ろを見ないようにして部屋を出た。
指名された2人以外の観戦者たちも、巻き込まれては堪らないといそいそと後を付いてくる。

部屋にロニと銀、それにヒル魔と…………阿含を残して。

部屋の中から話が違うとか言ってるロニの泣きそうな声が聞こえた気がしたが、知るか。
「チーム戦」なんて提案した責任テメェでとりやがれ。
銀は完全にとばっちりだが、この際それに構ってる余裕はない。

「レートはこの前と同じでいいな」というヒル魔の楽しげな声が聞こえてきて、多分この前以上の大敗になるんだろうなと胸中で溜息をついた。

本当は自分が打つはずじゃなかったロニが、それでも逆らえず席に着く様子が目に浮かぶようだ。
頼むから、イカサマだけはすんなよ。ぶっ殺されるから。

もう二度と悪魔とギャンブルなんてしないことを、今度こそシッカリと心に刻んだ。


'13.04.22