ヒルルイのハロウィン
「トリックオアトリート」
この日が来るのを、結構心待ちにしてた。
最近奴隷を飼いはじめたんだけど、中々憎たらしく可愛らしく、これはもぅどうにかするしかねェなというか、どうやってどうにかしようかと考えてた。
なんか、押したらヤレそうな気がすんだよなアイツ。
でも多分、そんな気がするだけでヤレなさそうな気もするというか、多分ヤレないと思う。
あの長い腕が、とんでもないスピードでオレの顔面めがけて飛んでくるのが容易に想像できる。
その腕をかいくぐって懐に飛び込みカウンターを入れるスキルは持ってない。
オレ、そういう派じゃねーから。
そもそも入れてーのはカウンターじゃねーし。
だから糞マネが「もうすぐハロウィンだねー」とか言いながら部室にカボチャのレプリカを置きだしたとき、くだらねーなと思いつつも、ちょっとこれは、と思った。
悪戯くらいなら、なんかこう流れでいけるんじゃないだろうか。
悪戯というか、嫌がらせみたいなフリして、キスして腰やケツをちょっと触るくらいなら、出来るような気がする。
葉柱はからかわれると焦ったり照れたりして調子を崩すから、冗談っぽくうまくやれば、そのくらいなら殴られずに済みそう。
そんなショボいことだけしてどうすんだって気もするけど、とりあえずのステップアップとして、中々いいとこなんじゃないだろうか。
だから今日、いつもの通り葉柱を呼びつけて、誰もいなくなった部室に葉柱が入ってくるのを見て、浮かれた心が全面に出過ぎないように注意しながらそう言った。
多分、「イタズラ」として、いつもは許されない結構なことが許される魔法の呪文。トリックオアトリート。
「………………ア?」
そしたら多分葉柱は「菓子なんか持ってねーよ」とか言って、「じゃーイタズラだな」みたいな流れを想像してたんだけど、ドアをくぐって早々言われた葉柱は、なんかポカンとした顔をしてただ立ってる。
なんだよ。聞こえてなかったか?
「トリック オア トリート」
だからもう一度、さっきよりゆっくり、はっきり言ってみる。
「…………えーと、英語? なんで急に」
ポカンとした葉柱は、急に想定外にハロウィン遊びを吹っかけられて驚いた、というよりは、本気で意味が分からないって感じの心底マヌケな顔をしてる。
いやー、待て待て。そういうことか? そこからか?
葉柱はオレの顔を伺うように見て、自信なさそうに「あ、フランス語?」とか言ってる。
「……テメェ、ハロウィン知らねーの?」
バカなのか?
そりゃ、日本じゃハロウィンは七夕やクリスマスほどメジャーなイベントじゃねーかもしれねーけど、知らねーってことはねーだろ。
心底呆れた気持ちが口調に出たせいで、「知らねーの」と言われた葉柱は「いや」とか「えーと」とかなんかごにょごにょ言ってるけど、まぁ、知らねーんだろうな。
「菓子を要求して、菓子が貰えない場合はイタズラ出来る日だ」
既にさっきまでの楽しみな気持ちななんとなく萎えてたけど、やっぱりイタズラがしたいなという気持ちが勝って、口に出すのもバカみたいなルールを説明してやった。
葉柱はパチっと音が出そうなほど大きく瞬きをして、「あー」とか言ってる。
もぅコイツほんとバカみてーだな。
バカみたいだけど、でもこれでハロウィンの仕組みを葉柱も知るところになったわけで、このバカみたいなやつにイタズラ出来ると思ったら、楽しい気分がちょっと戻ってきた。
これに、多少、イタズラしても良い日。凄くいい日だ。
「あぁ、知ってたし……あれな」
なんでか知らないけど、葉柱は急にツンとした顔で知ったかぶりとか始めてる。
「だから。トリックオアトリート」
葉柱に菓子を持ち歩く習性はない。
だから当然、イタズラが出来る。
「はい」
「………………ア?」
そう思ってたから、葉柱が丸っこい指とふにゃふにゃしてそうな掌をコチラに差し出してきたとき、なんだと思った。
「はい。菓子」
……………………。
葉柱の掌の上には、いかにもお菓子然とした菓子が乗ってる。
両脇をひねって包まれた水玉模様の飴と、やたらとカラフルな包装紙のチョコチップクッキー。
ミカンを輪切りにしたような模様のアレも、多分、飴だろう。
なんだこりゃ。
幼稚園児のお菓子か。
「通りで、なんか今日、みんなに菓子渡されたんだな」
「通りで」とか言っちゃうあたりで、ハロウィンなんて知りませんでしたってことを盛大に暴露してるんだけど、葉柱はそんなことには気付いてない様子でニコニコしてる。
「………………」
というか、「みんな」って、アレか。
あの、葉柱姫を守る賊学国の兵士たちか。
兵士たちが、ハロウィンのこの日に、お姫様が下賤の者にイタズラされないように、せっせとお菓子を渡して寄越したわけか。
なんてムカつく野郎どもだ。
絶対にいつか、アイツらの目の前でお姫様をバコバコに犯しまくってやる。
「あと、なんか今日、『取ったりー!』みたいな感じで奇襲してくるヤツ多くて、奇襲なのに声あげてかかってくるなんてバカだなと思ってたんだけど、あれ、『取ったり』じゃなくて、トリックアトリ? だったんだな」
なにをのほほんとバカみてーなこと言ってんだ。
あぁあぁ、そーかよ。
つまりテメーは、ハロウィンにかこつけてイタズラしようと思ってた有象無象どもを、問答無用で殴り倒してここまできたのか。
そんで、トリックオアトリートと共にガバっと行ってたら、オレも取ったり奇襲野郎としてその有象無象の一員にされてたってことか。
「あ、そぅ…………」
なんだか、うんざりきた。
葉柱のバカさ加減にもうんざりしたけど、なによりも、結局はオレも、その取ったり野郎と同程度の思考を巡らせてちょっと楽しみになんかしてたんだなってことにガッカリきた。
バカの一員扱いされた。
このオレが。
いや、別に実際にはそんな扱いされたわけじゃないけど、そういう気分だ。
それも、誰にって、葉柱にだ。
この糞カメレオン奴隷野郎に。
なんてムカツク事態だ。
そのムカツク気分をカケラも隠さずに、もにゅっと差し出されたままになってる葉柱の手から、ひったくるように菓子を奪い取った。
トリックオアトリートの報酬。
大して美味くもない砂糖の塊を食べる。
包みを開いた飴は、大凡食べ物とは思えない色をしていて躊躇いを覚える程だったけど、それよりもムカツキが勝ちすぎて親の仇かのように噛み砕く。
バリバリ飴を食ってる間葉柱は腕をブラブラさせながらなぜかニコニコしてる。
なんの意図もない笑いだとは思うけど、やっぱりバカにされてるようでムカツキばっかりが増した。
菓子を全部消費して、クッキーの欠片を手から払い落としたら、葉柱がブラブラさせてた腕を、またもにゅっと差し出してきた。
「…………ア?」
なんだよ。
掌の上には、もう何も乗ってない。
ただの空手だ。
「とりっくおあとりー」
「………………」
「りー」とか言った葉柱は、死ぬほど憎たらしそうな表情で、「りー」と共ににぃーっと口の端を吊り上げる。
なんだこりゃ。
まさか、今度はオレが要求されてるのか。
菓子を。
なにちょっと小賢しいことしてんだこの野郎。
「……ねーよ。菓子なんて」
葉柱から貰った菓子はもう食ったっていうか、気分的に言ったらもう殺した。食い殺した。
「じゃー、イタズラだな」
葉柱は、オレが言おうと思ってたこととまるっきり同じことを言って、パカっと口をあけて笑った。
なんてムカつく顔だ。
葉柱に親衛隊がついてなくて、オレの思惑通りにことが進んでいたら、多分オレもこれとまったく同じ表情をしてたんだろうな。
ムカツクこっちの心境とは裏腹に、葉柱は楽しそうだなと思う。
「ニコニコ」と呼ぶには憎たらしさが滲み出過ぎてるけど、本当に心底楽しそうだ。
「…………そーだな」
それを見てたら、なんだか全てがどうでも良くなって、「ではドウゾ」とばかりに、椅子に座ったまま両手を軽く横に広げて無抵抗の姿勢を示した。
なにする気なのか知らねーけど、まぁ、いーんじゃねーの。イタズラくらい。
まったく期待外れな日になったもんだと思いながらしばらくそうして待って、ただいくら待ってみても葉柱からのイタズラはやってこなかったので、なんだと思って葉柱の顔を見てみる。
なんか、困った顔してんな。
なんでだよ。
「…………………」
あぁ、そうか。
改めて考えてみりゃ、「イタズラ」ってなんだろうな。
さぁ今からイタズラするぞってなったら、じゃぁイタズラってどんなんだって話だ。
オレがしようと思ってたのも、イタズラっていうか、どっちかっていったらセクハラだし。
葉柱は、ノリと勢いみたいな感じで「トリックオアトリート」と言ってはみたものの、いざドウゾと言われたら、適度な「イタズラ」ってものに思い当らなくて、困ってるらしい。
あとは多分、葉柱は、「正解」ってやつを探してる。
クリスマスだったら「靴下にプレゼントを入れる」とか、七夕だったら「短冊に願い事を書く」とかと同じように、ハロウィンにも「イタズラに○○をする」っていう、何かがあるんじゃないかと勘繰ってるんだ。
さっき中途半端に知ったかぶってたから、答えを間違えて知らなかったことがバレるのが嫌なんだろう。
間違えてもなにも、ハロウィンのイタズラに決まりなんかないし、そもそもハロウィンでイタズラするってことは、そうそうねーと思うよ。
イタズラの日じゃねーから。
菓子の日だから。
あと、テメェがハロウィンも知らなかったおバカちゃん野郎だってことは、既にバレてるし。
葉柱は、チラリチラリとこちらの様子を伺ってきてる。
どうやら、こちらからの行動を待って、そこから「正解」が予測できないか探っているようだ。
まったく、相変わらずの後出しカメレオン野郎だな。
ギョロギョロとした目に探られながら、ふと、これはこれで、もしかして色んなことが楽しめるんじゃないだろうかと思い当った。
「早くしろよ」
まったく面倒臭ェ……ってテンションを全面に押し出すようにして、溜息すらついて見せながら、葉柱をちょいちょいと手で呼ぶ。
「正解」を探ってるらしい葉柱は、やっときた相手からのアクションに神経を集中させているようで、目をくりくりさせながら呼ばれるままに椅子に座るオレの前までじりじりと歩いてくる。
「ほら」
葉柱がすぐ前まで来たところで、たゆんたゆんさせてる右腕の手首を捕まえる。
それから、その手をひっぱって、そのまま股間に触らせた。
葉柱の指が太腿の内側をちょっと掠めて、ふにゃっとした指先が性器に触れる。
「………………」
当たり前な風を装ってそうさせてみたけど、葉柱はどうくるかなと思い伺い見る。
葉柱はバカみたいな顔をして固まったままだ。
目をパチっと開いて、口もちょっと空いてる。
ビックリしたような顔で、自分の手の先を、詰まる所はオレの股間を凝視してる。
ジロジロ見てんじゃねーよ。
なんかちょっと恥ずかしいじゃねーか。
ちょっとした悪戯心で試してみたことだけど、いざそうしてみたら、葉柱に性器を触らせてやってことに結構興奮した。
触らせたっていっても布越しに軽く手があたってる程度だけど、まず物理的に気持ちいい。
それに、ここまできてもまだ困ってる葉柱が、どうしたらいいのかとちょっと不安そうな顔で上目使いなのがまたいい。
ヤベーな。
普通に勃起しそう。
この場合、勃起してもOKなのかな。
「早くしろ」
なにを、とは言わずに促してみる。
葉柱が、恐る恐るという感じでちょっとだけ手を動かして、性器を撫でるような動きをする。
あってる? あってる? って目をしてる葉柱は、こちらから反論がないことを正解の証拠だとでも思ったのか、少し間を置いたら、今度はもっとハッキリと手を押し付けるようにして動かした。
「…………っ」
これは、結構、本気でヤバい。
出そうになった声を噛み殺すように息を詰めると、自然と顰められた眉を見て、葉柱が急ににやーっと笑う。
どうやら、歪んだオレの顔を見て、「ヒル魔にイタズラしてるオレ」気分が盛り上がったらしい。
この場でオレは、完全に葉柱にイヤラしいことをされてるわけだけど、葉柱からはそんな感じは一切出てないし、実際多分分かってない。
ただただ、「イタズラしてやってるぜ!」ってことに浮かれてるようで、非常にご機嫌だ。
アホみたいな、というか、完全にアホの子を、騙して手コキさせてる。
なんだこれ。なんか分かんねーけど、燃えるじゃねーか。
分かってない葉柱に、イヤラシイことをされるオレ。なんか良い。
「ぅん………………」
少し大げさに、苦しそうに聞こえるような声を出してみたら、葉柱は俄然ヤル気を出したのか少し前のめりになって、屈みこむようにこちらの顔を伺い見てきてる。
顔が近い。
アホみたいな口だ。開いてる。
これにキスしたら、さすがにダメだろうな。
「イタズラされてる」って建前が、流石に通じなくなる。
このまま葉柱の腰を掴んで引き寄せて、バランスを崩したところを押し倒して、もっとイイコトがしたい。
ビックリした顔をしてる葉柱の頭を捕まえて、口に噛みつきたい。
ただそれをやったら、完全に撲殺されるコースだろうな。
オレから手を伸ばしたら、葉柱は多分、この気持ちいことを止めてしまう。
それはとても困る。
葉柱になでなでと性器を撫でられながら、直接シゴいてくれないかなと思う。
下っ腹に力を入れて勃起を堪えるなんてのももぅムリがありすぎて、気持ちいいしどうでもいいやって気持ちで性器に血が集まるのにまかせた。
下半身が膨らんできたことに葉柱はちょっとビックリした顔をしてる。
そういうつもりじゃなかったとでも言いてーわけか。バカ言うな。
人のチンコ撫でくり回しといて、どんなつもりでいるんだよテメーは。
「テメェと違ってオレは忙しーんだから、さっさと済ませろよ」
勘弁してくれよ、ウンザリだ、みたいな雰囲気を出したくて頑張ったけど、多少声は上ずった。
ただ葉柱はそれには気付かなかったようで、「お?おぅ……」みたいな声だしてるけど、表情では完全に「済ませる」ってなんだと語ってる。
この「イタズラ」の、終わりはどこだと。
そんなもんもぅ射精しかねーだろ。
葉柱はまごまごして眉毛を困らせてるだけなので、「まったく……」みたいな体を装いながら自分でベルトを外してズボンも下着もズリ下げた。
葉柱はもう何度目かも分からないビックリ顔をして、目を今まで以上にくわっと見開いてる。
剥き出しになった性器を凝視してくるのにも興奮して、葉柱の手を掴んで、上から手を重ねるようにして性器を握らせた。
ヤバい。なんだこいつの手。
もにゃっとしてる。
「はっ………………」
もう「イタズラされてる」ていとかもどうでもよくなって、そのまま自分で上下に扱いて、葉柱の手に性器を擦りつけた。
椅子から腰が浮くような感じで下からも突き上げる。
すぐに先走りと、あと軽くイったくらいの精液みたいなのがどくっと出る。
それでも葉柱の手を離さずにシゴかせ続けると、葉柱の手にもそれがついて、湿った卑猥な音を立てる。
こいつ、手にオレの精液つけられてやがる。
メチャクチャ興奮する。
「ぅあ、あっ…………」
もぅ、スグ出そう。
頭の片隅にちょっとだけある冷静な部分が、ティッシュどこにあったかなとか考えてる。
ただ、まるで他人事のようだ。
性器を掴んでる葉柱の手をよーく見る。
デカくてなんか丸い。
葉柱の手に、気持ちいいことされてる。
実際は、オレが上から捕まえて、させてるんだけど。
もうイクって、言った方がいいかな。
言いたい気がする。
オレ、テメェにイヤラシイことされて射精するからってのを、分からせてやりたい。
でも、変なこと言って今手を振り切って離されたら困る。
葉柱、もうイク。
そうやって心の中で言っただけでも相当気持ち良くて、思わず閉じそうになる瞼をこらえながら、葉柱の丸っこい爪を目に焼き付けるようにしながら射精した。
「……………………」
息が、ちょっとあがる。
荒い呼吸を悟らせたくないような気持ちで、ため息をつくようなフリでやり過ごす。
凄ェ良かった。
コレは、かなり良い。
ちょっと葉柱のケツを撫でるだけの日だと思ってたのに、凄くイイコトができた。
それも、殴られずに。
殴られずに、だよな?
ここから殴られるような事態に発展する可能性も、なくはない。
「………………」
つい夢中になって性器に絡む手ばかり見てたけど、そういや葉柱はどうなってんだと思って、視線を上げて顔を見た。
ビックリした顔してる。
お前、ホントその顔得意だな。
ただ、今は完全に思考を停止しているようで、ここから我に返ったら、はたして怒るのか悲しむのか喜ぶのか、どう出てくるのか定かじゃない。
喜ぶ、ってのは、まぁねーだろうけど。
「葉柱」
葉柱が変に考え出す前に、思考を誘導しようと声をかける。
名前を呼ばれた葉柱は、まだ完全に頭が空っぽな顔で、じりじりと眼球だけが動いてこっちを見た。
「テメー、オレがイタズラされたってこと、他にバラすなよ」
そのまま視線を合わせて、真剣な声でこっそり言った。
「………………」
ウインウイン。
葉柱の重たい頭の回る音がする。
「…………ふーん?」
チーンと解がはじき出されたらしい葉柱は、にまーっと口の端を吊り上げて、嫌味な顔して嬉しそうに笑う。
多分頭の中は、「ヒル魔のちょっとした弱みを握ってやったぜ」みたいな感じだろう。
「どうしよっかなー?」
あぁ、そう。
うくくむくくと喉の奥で笑ってる葉柱は、とても楽しそうだ。
お前って、なんかバカでいいな。
「ア?」
そういうことがあったすぐ翌日。
葉柱が迎えに来るはずの時間にはまだ少し早いくらいで、部室の外から聞こえてくるバイクの音に気が付いた。
葉柱の、じゃねーな。
音が違う。
なにより、複数台がこっちにむかってきてる。
バイクなんてそこら中走りまわってるもんだけど、音の主たちは校内まで侵入してきてて、明らかにここが目的地だと言わんばかりにまっすぐに近づいてくる。
前にもあったな。こんなこと。
泥門で練習試合したとき。
あのときは、先頭に葉柱がいたけど、今回はいないようだ。
なんだって葉柱の金魚のフンどもが、その葉柱を差し置いてこんなとこまでやってきてんだ。
心当たりは、まぁ、あるけど。
「ゴラァッ!!」
すぐ近くで止まったバイクの音は、荒々しい足音に代わって、それから怒声と同時にバーンと部室のドアが開かれた。
予想通り、赤い顔して怒ってるのが4,5人くらい。
「なんだよ」
座ったまま、冷めた口調でマシンガンの銃口を向けてみると、大抵の場合それで相手は怯んで出鼻をくじかれる。
ただ、今入ってきた有象無象は、頭に血が上り過ぎてるのか、銃なんか目に入ってないって感じでわなわなと震えてる。
「テメェ……テメェ……ッ」
ドアから1、2歩入ってきたところ立ち止まって、あとはブルブル拳や身体を震わせて、「メー」「メー」とヤギのように鳴く。
動物触れ合いパークじゃねーんだから、日本語を喋れ。
一番先頭にいたニット帽が、歯がガチガチなるほど怒りに震えて言葉も出ないでいると、その一歩後ろのヤツが「もういい休め」とでも言わんばかりに後ろから肩を叩き、立ち位置を交代する。
なんのコントが始まったんだよ一体。
「アンタ、葉柱さんにイタズラしたんだってな」
やっぱりそれか。
代わりに出てきた方は、怒ってはいるけどこの中ではまだ冷静みたいで、やっと本題を突き付けてきた。
冷静っていっても、目も眉も吊り上って、口元は般若かのように歪んでるけど。
「あァ? してねーよ」
とんだ言いがかりだろ。
こっちはただただ真っ正直に、本当のことをありのまま言っただけなのに、そんな態度が気に入らないのか、森の仲間たちが余計にざわっと殺気立つ。
ついでに「ウソつくな!」とか「フザケんな!」とか、どさくさにまぎれて「コロスぞ!」みたいな罵声がキャンキャン上がる。
「してねーよ。イタズラされたのは、オレの方だろ」
多分葉柱は、昨日のイタズラ事件を、ちょっと自慢げにコイツらに話したんだろうな。
ヒル魔にイタズラしてやったぜって。
どこまで言ったのか知らねーけど、つまり、コイツらが怒るようなことだったってことまでは、伝わってるってことだ。
アイツバカだな。
したり顔で昨日のイタズラ事件を話す葉柱の様子が、容易に想像できる。
聞くにつれて周りが赤くなったり青くなったりする中、一人ドヤ顔でドヤドヤと語ってたんだろう。
「ヒル魔の弱みを握ってやった」と思わせたのはオレの方だけど、それをそんな簡単に漏らしてたら意味ねーのに。
まぁ、大事にとっといて意味のあるネタでもねーけど。
とにかく、大事なお姫様が、悪者に騙されて手コキなんかさせられて穢されたってんで、怒ってやってきてんだろ。コイツらは。
「テメェが葉柱さんを騙して……っ」
「別に? なんもしてねーよ。急にトリックオアトリートとか言い出して、菓子なんかねーつったらチンポしごいてきやがって。なんなのアイツ? そっち系なわけか?」
ほとほとまいったぜって感じで言ってやったら、一番左のやつが「ウソだ!」とか言いながら膝から崩れ落ちた。
「やたら慣れてたしなー。ヤラシイ顔してチンポ凝視して離さねーの」
ここで2人目が「あぁあ……」みたいなこの世の終わりみたいな声を出しながらしゃがみ込む。
それから残りの立ってるやつらも、なぜかちょっと前屈みになる。
こんな話くらいで何だってんだ。
童貞か。
「上目使いでよ。とても初めてとは思えねーな。あぁ、もしかしてテメーら、ああやっていつもヌイてもらってるわけか?」
そんなわけないことは重々承知の上でそうやって言ったら、童貞どもは顔を真っ赤にして唇を噛んだり歯ぎしりをしたり。
まぁそうだろうな。
そういうことを、考えなかったってことはないんだろう。
どっちかっていうと、結構考えてたろ。
あのお姫様に、イヤラシイことしてやったり、キモチイイことしてもらったり、そいういう楽しいこと。
ただ、周りを牽制しながら、同時に自分も牽制されて、ジリジリと絶妙なバランスを保ったまま平和に過ごしてた葉柱王国。
そこに、ふらっとやってきた外からの刺客が、ちょっとつまみ食いなんかしたのが、許せないんだ。
許せないというか、羨ましいんだな。
ホントは自分がやりてーから。
なのに出来ないし、この不可侵条約の中そんなことは億尾にも出せなくて、義憤に駆られたようなフリをしてここまでやってきた
そんで、ちょっとのエロい話に半勃起したり。
バカの集いだな。
そもそも、テーブルの真ん中にご馳走があって、誰も食わないならオレが食ったって文句の言われる筋合いなんかねーだろ。
「…………どこまでやったんだよ」
このまま意気消沈してションボリ帰るのかなと思ったのに、一人まだ頑張ってるヤツがいて、右端のソイツがボソリと呟く。
ソイツ以外は完全に戦意を喪失してる雰囲気だったのに、その言葉に全員がピクっと反応して、こちらが何と言い出すのか、ギラギラした目で耳を澄まし始める。
「どこまでって、口使ったとかケツ使ったとか、そーいうこと?」
そんなとこまではしてねーよ、って言葉は続けないで、あくまで質問としての形で言ってみたら、有象無象たちはとうとう「ぐっ」とか言いながらハラハラ涙をこぼし始めた。
オイオイ。勘弁してくれよ。
男の泣き顔なんて汚ェだけだから。
こいつらをからかって遊ぶのはちょっと楽しかったけど、ここまで来たらもう面倒臭いだけで、どうやってお帰り願おうかと思案し始めたところで、一際大きいバイクの排気音が聞こえてきて、そういえばそろそろ葉柱のお迎えの時間だったなと思い当った。
「うわ、なにやってんだお前ら」
思った通り、いつもの白いドレスをふわふわフリフリやってきたお姫様が入ってきて、部室の中でしゃがみ込んで泣いてる可愛い兵士たちを見てマヌケな声を出す。
驚いてるような呆れているような、ぽやっとした声で、この葬式のような惨状にまったく似つかわしくない。
兵士たちの方は、葉柱の声に汚い泣き顔を上げて口々に「はばしらさん」「はばしらさん」とか呟いてる。
だからそこで、「うわーん」とか泣いたふりしてガバっといって腰やケツくらいに触ってみたり、匂い嗅いだりとかすりゃいいのに。
そういうのが思いつかないわけじゃなさそうだけど、この状況でもまだジリジリ周りを牽制し合ってる様子があって、なんだお前ら以外と冷静だな。
「こんなとこきたらダメだろ。ほら、帰れよ」
この部屋の主の目の前で「こんなとこ」とはご挨拶だな。
葉柱は、叩いてるのか撫でてるのか微妙なくらいのラインで、長い腕を伸ばしそれぞれの頭をちょいちょいと触っていく。
なるほどなぁ。
それが、兵士たちをうまく扱う操縦術か。
ちょいちょいと頭を撫でられた兵士たちは、しょんぼりした背中を見せながらぞろぞろ帰って行った。
「テメェ、昨日のことバラしたろ」
最後の一人の背中を見送ってから、こんな事態なのにのんびりしてる葉柱に、ちょっと責めるような口調で言ってみる。
言われた葉柱はあからさまに「しまった」みたいな顔して、なんかごにょごにょと「えーと」みたいなこと言ってる。
まったく、せっかくの切り札を、そんなとこで使ってんじゃねーよ。
「まぁ、いいけどな。どーせ誰も信じねーだろうし」
昨日困って見せたのとは逆に、サラっと突き放すように言ったら、葉柱はまた目をパチっとさせてちょっと驚いてる。
「証拠もねーし」
「……………………」
カランカラン。
葉柱の軽い頭の回る音がする。
そうそう。そうやっていっぱい考えて、今度は証拠を撮るようにして、イタズラを頼むわ。
そのうち、「ヒル魔を逆レイプしてやった」っていう、弱みを握らせてやるから。
あぁ、これって、アレだな。
このへんで、濃いお茶が一杯怖い。
'14.10.31