ヒルルイと写真




「髪、切ろうかなー」

葉柱が床に寝っころがって、雑誌を捲りながらそんなことを呟いた。

相変わらずデカい独り言だな。
いつもだったら放っておくんだけど、内容がちょっと気になったんで葉柱が見てる雑誌に目を向ける。
そこには坊主一歩手前くらいの髪をした男が写ってたから、思わず口を挟んだ。

「やめとけ」
「なんで」

なんでって、そんなんオレがお前の髪気に入ってるからに決まってるだろ。
ただし、そんなこと言ったらお前が調子乗るから絶対言わねェけど。

「糞ジャリプロとかは、美形だから似合うんだよ。お前がやっても悲しいだけだからヤメロ」
「ジャリプロって、あぁ、桜庭かよ、つーか、そんな短くはしねェし」

不細工呼ばわりされたことにちょっと腹をたてた葉柱が、雑誌から目を上げて睨んできた。
お前、自分のことちょっとカッコイイと思ってるもんな。

まぁ、気合入れてるときの顔がまぁまぁイイのは認めてやるけど、最近オレお前の間抜けヅラしか見てねェ気がすんだけど。
余所はカッコつけといてオレの前ではめっきりって、普通逆じゃねェの?

「チューガクんときくらいかなー」

知らねェよ。テメェの中学時代の髪型なんて。
オレが指で梳けるくらい? それ以下だったら不可だから。

「どんくらいだよ」
「えー? こんくらい」

葉柱が手で髪を掴んでちょっと持ち上げる。

「分かんねェよ」
「ちょっと待ってろ」

葉柱は雑誌をテーブルに放ると、立ち上がって引き出しをガサガサやりだした。
なんだと思って待ってたら、「あったあった」とか言いながら、むき出しの写真の束を持ってくる。

脚で押しのけるような仕草をするからソファの右側をあけてやると、そこに座ってその写真をパラパラめくりだした。

「あぁ、ほら、こんくらい」

見せてきたのは、少し幼い葉柱の写真。
中学くらいっていったから、これがその中学のときのか?

「生意気そうな顔してんな」
「うるせーな」

写真の中の葉柱はまっすぐコッチを見て、バイク仲間と思わしきヤツらと一緒に生意気そうに笑ってた。

「他のも見せろよ」
「いーけど、別にどれも似たようなもんだぞ」

写真を束ごと受け取ると、どの写真も大抵バイクと一緒に写ってる。
中には賊学で見知った顔も見かけた。

「ふーん」

たしかに、今よりちょっと髪が短い。
でもまぁ、これくらいなら全然OKかな。

それよりも……。

「なぁ」
「なんだよ」
「ちょっと口でシテ」

お前、結構可愛いのな。
この写真なんか、意外と無邪気に笑ってんじゃん。

「はーぁ?」

写真から目を離さずに言った言葉に、葉柱が死ぬほど嫌そうな声を出した。
お前、仮にもコイビト相手にそんな声だすなよ。傷つくだろ。

「ほら」

腕を引っ張って下に座らせようとすると軽く抵抗される。

「じゃ、写真返せよ」
「それじゃ意味ねェだろ」

この写真で抜こうってのに。

「ふざけんな」

葉柱が憤慨したように言って、手から写真が奪い取られた。
そのままそれを取り出してきた引き出しに乱暴にしまう。

まぁいいけど。そこにあるのは分かったから、今度持って帰って使わせてもらうわ。

「つーか、お前の写真とかはねェの?」

つい今怒った顔してたはずなのに、なぜか隣りに戻ってきた葉柱は機嫌良さそうにそんなことを聞いてくる。
なに期待してんだ。

「あると思うのか?」
「いや、まぁ、そうだな」

あるわけねェだろ。
つーか、男のくせにあんなに写真とって、後生大事に保管してるほうが珍しくねェか?

「あ、でも中学からアメフトやってたんだろ? その試合のとかは?」

だから無ェっつーの。

「あ」
「あ? ある?」

まぁ、あるな。

「写真じゃなくて動画だけど」
「マジで? 見せろよ」

中学の頃は自分の試合を撮ったりしてなかったけど、米軍基地んとこでアクシデントでチームに入ったやつ、誰かが撮ってたのダビングしてもらったんだよな。
すっかり忘れてたけど、アレどこやったんだったか。
アメフト初めてやったのってあの時だよな。確か糞デブと一緒に。

テープは邪魔臭ェから処分したんだけど、中身はどこに吸い出したんだったか。
鞄の中から、外付けHDを何個か取り出す。これだったか?

「なぁ、いつのやつ?」
「あー? 中一」

ノートPCにそれを繋ぐと、期待した通り試合の動画を見つけた。
元の画像があんまり良くないが、撮ってたヤツが急に参加した中学生二人を面白がってたから、ヒル魔と栗田がアップで良く写ってる。

「お前、チビだったんだな」
「違ェよ。周りがデカすぎるだけだ」

改めてみると、確かに一人格段に背が低くて細い。
つったって、周りは全員大人で、しかもアメリカ軍人。唯一タメの栗田も、あの頃から規格外にデカかったし。

「うわー……」

葉柱が痛々しそうな声を出したのは、ちょうどヒル魔がサックくらって吹っ飛んでるとこ。
巨体に突っ込まれて、コントみたいに軽々と身体がまってる。

そういや、こんときは大変だったんだよな。
顔もボコボコに腫れるわ、身体中痛めつけられて、骨が折れなかったのが不思議なくれェ。

「お前ムチャすんなー」

まぁ確かに、笑える程ボロ負けしたけどな。

「可愛いだろ」

また吹っ飛ばされて、サイズの合ってないメットが頭からはじき飛んで顔が見えた。
既に目の上がちょっと腫れてる。

「まぁまぁ」

なーにがまぁまぁだよ。生意気な。

「興奮した? エッチしてやろうか」
「ロリコンじゃねェんだから、こんなん見て興奮するわけねェだろ」
「あぁ、お前、チューガクセイのアレじゃ満足できねェもんな」

からかう様に言って耳に噛みつく。
キスしようとして顔を見たら、既に濡れた目が期待したように上目使いに見てくる。

なーにがロリコンじゃねェだ。
すっかりその気じゃねェか。


'13.04.22