ヒルルイと葉柱家




部活ももう終わりの時間、納得のいくキックが出なくて、あと1本、あと1本だけと思ってるうちに随分経って、気が付いたら日が落ちたグラウンドには誰もいなくなっていた。

途中、球拾いを申し出る雷門を断って、申し訳なさそうにするセナと2人先に帰らせた。
飛ばす球も暗くてすっかり見えなくなったところで帰ろうかと部室に戻ったら、もう誰もいないと思っていたところに、後からヒル魔が入ってきた。

ヒル魔は、アメフトに誘ってくれた友人で、一度抜けた自分を文句も言わずに待っていてくれた恩人だ。

ヒル魔のことを、兄弟のように思うこともあるし、子供のように思うこともあるし、親友のように思うこともある。

「よぅ」

それで今、ドアから入ってくるなり、壁に張り付いてカサカサと他に誰かいないか部室の中を動き回っているヒル魔を見て、「ゴキブリのようだな」と思っている。

「なにやってんだ」

声をかければ、ヒル魔はまるでお前が居たことなんて今気づいたぜとでも言うように、パチパチと瞬きをして、ようやく壁から離れてドッカリと椅子に座った。

「まぁ座れ」

それで、その向かいの椅子に座るように促してくる。

着替えてはいるけれど、こんな時間まで一体何をしてたんだろうか。
もしかしたら、自分を待っていたのかもしれない。

他に誰もいないことを念入りに確認していたようだし、なにか内密な話でもあるのだろうか。
ヒル魔がわざわざ時間をとることなんて、アメフトに関係していることにしか思えない。
部活のことか、それ以外か、なにか他には言えない問題でも起こったんだろうか。

「じゃ、教えろ」
「なにをだ?」
「モテの秘訣だ」

………………。

「モテの秘訣だ」、と言ったヒル魔は、「レシーバーは佐竹と山岡を交代で使っていく」と言ったときと同じ顔をしていた。

なに言ってんだ。

それとも、オレの勘違いだろうか。
聞き間違いか、もしくは、「モテ」というのは、なにかのアメフト用語なのかもしれない。

「残念だが、力になれそうにないな」
「嘘つけ。知ってんだぞ。この前1年の女にコクられてただろ」

なんで知ってるんだ。

あのとき、周りには他に誰もいなかったはずなのに。

というかやっぱり、ヒル魔のいう「モテ」は、いわゆる「モテ」で間違いないんだな。

モテる。モテない。モテたい。のモテ。
というか、いきなりそんなこと言い出して、モテたいのかコイツは?

今まで、ヒル魔の口から「女が欲しい」だのなんてセリフは聞いたことがない。
そもそも確かコイツは、賊学の葉柱と付き合ってたはずだ。

いや、付き合ってるかどうかは定かじゃないけど、少なくともヒル魔は偉く葉柱を気に入っていて、人目もはばからずイチャイチャとしか思えないようなジャレ合いをしてる。

「なんで急にそんなこと言い出したんだ」
「………………葉柱の野郎が」

葉柱が居るんだから、モテる必要なんてないだろうと思って聞いた言葉に、ヒル魔は苦々しげな顔をして、その葉柱の名前を出す。

「アイツ、ちょっとモテやがるからって、調子乗ってんだよ」
「……………………」

確かに、葉柱はモテるかもしれない。
やたらと面倒見がいい男のようだし、金も肩書きも申し分ない。

「オレがモテないと思ってバカにしてるから、見返してやる」

それで、「モテの秘訣」とやらを探してるのか。

ただ、本当に葉柱が「ヒル魔をバカにしてる」かどうかは怪しい。
どう考えても、葉柱にヒル魔をバカにできる器量はない。
こう言ったら失礼極まりないだろうけど、忠実な犬のようにヒル魔に懐いてるし、献身的に尽くしてる。

つまりコイツは、葉柱がモテてるのが、ただただ気に入らないだけなんだろう。
平たく言えば「ヤキモチ」ってやつだろうけど、コイツがそれを自分で認めるとは思えない。

分かってるけど気づかないフリをしてるのか、もしかしたら本当に自分でも分かってないのかもしれない。

どっちにしても、「仕返しに自分もモテてやろう」って結論に至るのが、コイツらしいといえばらしいけど。

「生憎だが、オレはモテない。他をあたれ」
「嘘つけ。女子高の女にもコクられてただろ」

だからなんで知ってるんだ。

あれは、校内ですらなかったのに。

「そんで? その女とは、一体どういう経緯で知り合ったんだ?」

ヒル魔はポケットから手帳を取り出して、これからオレが語るであろう「モテの秘訣」をメモする気でいるらしい。

「知らない女だ」
「嘘つくな。知らない女がテメェに告白なんかするか。それとも何か? 顔がいいから勝手に言い寄ってきたとでも言いてーのか」
「…………痴漢から助けたことがある」

本当にそれだけ。
たった一回。言葉も交わさなかったし、名前も言ってないのに、どうやってか学校も名前も調べてやってきた。

「ほう? なるほど。盛大な捕り物劇をしたわけだな? ヒーローさながらに。オレもやったことあるな。まぁ、糞ドレッド使ってだけど」
「いや、捕まえてない。痴漢と女の間に入っただけだ」
「はーぁ?」

電車の中で、女が青い顔して下を向いてたんで、痴漢から遮るように間に入っただけ。

「なんだそりゃ。そんなもん痴漢の腕とっつかまえて、ブン殴ってやりゃいいだろうが」

まぁ、そういう選択も、ありといえばありなのかもしれないけど、その女はあまりにも大人しくて内向的そうだったので、注目を集めたくないかもしれないと思ってそうした。

「1年の女は?」
「ドアを開けたことがある」
「はぁ? 意味わかんねーよ」
「両手で荷物を持って、ドアの前にいたから、ドアを開けた」
「はーぁ?」

この答えにも、ヒル魔は「なに言ってんだ」って顔をして、フンと鼻を鳴らしてなにやら怒ってる。

「そりゃ、荷物持ってやりゃいいんじゃねーの? さっきからなんなんだ。そのテメェの中途半端な優しさは」

そう言われても、荷物を持って目的地までついていくまでの義理はないように思ったし、たまたま通りかかったからドアを開けただけで、それは別に、多分男相手にだってそうした。

「なんなんだ? 女は、そういう微妙な優しさがいいのか? メンドクセー生き物だな」

それからヒル魔は、尖った字で「微妙な優しさ」とノートに書き留める。

「あと、女はおもしれーやつが好きだって聞いたことあんな。でもありゃ嘘だな。テメェおもしろくねーし」

聞きに来た立場のくせに、ヒル魔は勝手に自己完結して「おもしろい男がモテるのは嘘」とか書いてる。

「あとは顔か? まぁ、顔は関係ねーだろ。テメェや葉柱がモテるくらいだからな」
「…………」
「頭がいいやつがモテるってのも嘘だな。頭なら、オレのがいいし」

もうヒル魔には、自分は必要ないように思えてならない。
適当に一人で喋って、自分で結論を出しては手帳に書き綴る。

一体なにをしに来たんだろう。

もしかしたら、本気でモテたいなんて思ってるわけじゃなくて、葉柱がモテて悲しいから、それを愚痴りたいだけなのかもしれない。

「お前も、モテてるんじゃないのか?」

まだブツブツと「老け顔の方がモテるのかも」とか言ってるヒル魔に口を挟むと、ヒル魔はまたパチパチと瞬きをして顔をあげる。

「あ? なんで」
「葉柱が。好きだろ。お前のこと」

それだけ言うと、ヒル魔は視線を上に向けて、ちょっと考えるような顔をする。

「まぁ、そうだな。アイツ、オレにベタ惚れだから」

それからにんまり笑って、満足そうにそう言った。

女が惚れてるアイツがオレに惚れてるから、結局オレが一番モテるってことだな、とかワケの分からない理論を展開して、用は済んだとばかりに手帳を閉じてしまう。

なんだかんだ言ってやっぱり、ただのヤキモチだったんだなと思って笑うと、ヒル魔はそれにムッとした顔をする。

ちょっとまずかったかと思ったけど、ヒル魔は文句はつけてこずに、「もうテメェに用はねェ」とか言いながらズカズカと部室を出て行った。

怒らせなくて良かったと思ったのは間違いで、次の日には学校で「武蔵が2人の女にコクられたらしい」から始まり、二股しただの片方は人妻だのと、酷い噂になっていた。
散々相談という名の愚痴に付き合ったのに、ちょっと笑われたしかえしのつもりらしい。

こういうときヒル魔のことを、悪魔のようだなと思う。


'13.08.22