ヒルルイの大学一年
大学に入ってスグ、車を買った。
葉柱を呼びつけなくてもどこでも行けるんで便利っちゃぁ便利なんだが、そうすっと途端に葉柱に電話する用事がなくなった。
別に、いわゆるコイビト同士ってヤツなんだから、用事がなくても電話くらいかけりゃいいのかも知んねェが、アメフトにかまけて後回しにしてるうちに結構なこと放っておくことになる。
可愛くねェことに、アイツからも電話なんて掛かってきやしねェし、しょうがねェから適当な口実作ってたまに会いに行く。
お前ん家に置いてあった服取りに来たなんて、別に今必要なモンでもねェのによ。
ただまぁ、そうやってたまに会いに行くと、葉柱が意外と可愛い反応見せるから案外悪くねェ。
「もう一回」なんて強請られるのも、悪い気がしねェし。
今日も特別必要なわけでもねェ靴を取りに来たなんて遊びにいったら、ベッドの上で「もう一回」って強請られる。
ただ、最近気づいた。
お前、オレが時計見ると、そうやって言ってねェか?
少し必死な感じにコッチの身体を触ってくる葉柱を撫で返してやると、安心したように息を吐く。
そのクセ、そんなにやる気があるわけでもねェみたいだし。
毎回そんな感じだと、流石に気付く。
お前さ、もちっと素直に「帰んないで」とか言えばいいんじゃねェの?
「なぁ」
「……なに」
話しかけると、少し不満げな目が見つめてくる。
別に、やっぱ切り上げて帰ろうって話じゃねェよ。そんな恨みがましい目で見ることねェじゃん。
「お前さ、なんで『帰んないで』って言わねェの?」
「…………っ」
遠まわしに聞くのも面倒で、直球で聞いたら葉柱の顔が真っ赤になって、それからすぐにそれを隠すように枕に顔を埋めた。
中々可愛い反応すんじゃん、お前。
「なぁ、なんで?」
赤い耳を見ながら更に問いかける。
恥ずかしいから? オレ、もうちょっとくらいお前が素直に甘えてきてくれた方が嬉しいんだけど。
「だってお前、嫌いだろ……」
枕から顔を上げないまま、葉柱がか細い声で話す。
あ? 嫌いって、お前を? だったらワザワザこんなトコまで来るワケねェだろ。
「我儘言われんのとか……」
「あー、まぁな」
それは、確かに。
「我儘」「束縛」「嫉妬」。三大面倒臭いワードだよな。
でもさー。
「お前の我儘なら、ちょっとくらい聞いてやってもいーぜ」
そんくらい惚れてるって、いい加減気づいてもいいもんなのによ。
葉柱が疑わしげな目で枕から顔を上げる。
なんでそんな目だよ。相変わらずオレのこと信じてねーのな。
「じゃ、オレが帰んなっつったら、帰んねェの?」
「ま、時と場合によるな」
嘘ついてもしょうがねェし、正直に答えたら、葉柱の顔がやっぱりなって感じで暗くなった。
「そんなこと言って帰られたら、余計空しいじゃん……」
まぁ、そう言われりゃ確かにそうかもな。
会いたいって電話もしてこなけりゃ、帰らないでってゴネたりもしない。
楽っちゃ楽だが、イマイチ懐かねェよなお前って。
オレ結構、それ寂しいんだけど。
「じゃ、お前が素直に『帰らないで』って言えた日は、絶対帰らないでやるよ」
髪を撫でて額にキスをしたら、葉柱が困った顔をした。
たまに優しくされるとそんな顔すんのも相変わらずだし。
オレなりには結構大事にしてやってんのに、なんだってこんなに自信持てねェんだか。
「ホントに?」
「うん」
念を押して確認してから、やっと葉柱は嬉しそうに笑った。
「今日泊まってく」
ついでにサービスでそう付け加えてやると、「もう一回」なんて気のない声で誘ったときよりも情熱的に腕が回される。
気を良くして葉柱の背中に手を回したら、腰に脚を絡められた。
こりゃ、本気でも一回可愛がってやんねェとなんないみてェだな。
それから三ヶ月たって、葉柱の家に行ったのは5回。今日で6回目。
「もう一回」作戦で引き留められることは無くなったけど、「帰んな」とは結局一回も言われてない。
オレさ、お前が言ったら絶対帰んねェとは言ったけど、オレが本気で困るときにはお前は言わないだろうって確信が確かにあった。
昔からそういうとこ敏くて、オレが無理な時には言わねェだろうなって。
だからこそああいうことも言えたワケだけど、まさか三ヵ月間一回も言わねェとは思わなかったよ。
最近は大学の掌握も結構進んで、前よりは落ち着いてる。
だから今日は泊まってってもいいかな? ってくらいなのに。
わざと時間を気にするように時計を見たら、葉柱の目がちょっと悲しげに伏せられた。
だから、今言えばいいんじゃねェの? 「帰らないで」ってさ。
「なぁ」
「……なに」
「お前さ、なんで『帰んないで』って言わねェの?」
三か月前と同じように聞いてみる。
「だって……」
なんだよ。言ったのに帰られたら空しいから嫌だったんだろ?
だから帰らねェって約束してやったのに。
「オレが言ったら、お前、絶対帰んねェんだろ……?」
だからなんだよ。
まさか、本当は帰って欲しいのか?
「嫌なのかよ」
「嫌じゃねェけど、オレ別に、お前のこと困らせたいワケじゃねーし……」
「…………」
お前はさー……。
思わずため息が口から洩れて、そのまま葉柱を抱きしめた。
「なんだよっ」
ちょっと焦ったような声が聞こえるが、別段抵抗はされない。
「帰るな」って言ったのに帰られたら嫌だっつーから約束してやったのに、今度は「絶対帰らないから」ってのが枷になって言えないなんて。
そりゃ、奴隷時代には厳しく躾けもしたけどよ。
あんなん半分照れ隠しだったし、ちゃんと好きって言ってからは、結構優しくしてやってんだろ。
なのになんで、そんなに奴隷根性抜けねェんだお前は。
「お前、俺んち来いよ」
「……え? うん」
うんじゃねェよ、分かってねェだろ。
「一緒に住もうって言ってんの」
「…………え?」
抱きしめてる葉柱の体温がじわじわ上がる。
「……お前そういうの、嫌いじゃねェの?」
そうだよ。嫌いだよ。
同棲なんてメンドクセェ。四六時中一緒じゃ、悪いアソビも出来やしねェし。
「だから、お前相手だったらイイって言ってんだろ」
我儘も束縛も嫉妬も許してやるし、一緒にだって住んでやる。
「…………うん」
答える葉柱の声が震えてる。
もしかして、また泣いてやがんなテメェは。
こんな簡単なことで泣くんじゃねェよ。
「でも、どうせお前あんま家帰ってねェんじゃねェの?」
ちょっと鼻をすすりながら、照れ隠しにかそんなことを言う。
まぁ、確かにな。
「お前が家で待ってるなら、ちゃんと毎日帰ってやるよ」
そう答えたら、葉柱が肩に顔を埋めて、本格的に泣き出した。
まったくよー。
奴隷を躾けるのには慣れてたけど、奴隷から恋人に躾けなおすのが、こんなに難しいことだとは思わなかった。
あとどれくらい優しくしてやれば、コイツはオレに懐いてくれんのか。
「好きだぜ葉柱」
手始めに、そう言ってやる。
これから一緒に住むんだから、少しは慣れろよな。
'13.04.22