ヒルルイでスパイ作戦




「買い物行くから付き合えよ」
「え?」

ヒル魔がそんなこと言うのは凄い珍しくて、思わず間抜けな声で聞き返した。

「だから、買い物」

思わず時計を見る。11時だ。そんで土曜日だ。

今日はたまたまどっちの大学も授業も部活の練習もなくて、でもトレーニングルームとかは使えるはずだから、ヒル魔はどうせ最京大に行くんだろうと思ってた。
こっちは大学自体行事で立ち入り禁止だから、一人でどうすっかなーって完全に油断して部屋着でダラダラテレビなんか見てたのに。
「え、どこ? つーか何しに?」

ヒル魔が着替えて出かける準備してたのは分かってたけど、大学行くためじゃなかったの?
オレなんも用意してねェよ。

つーか、え、なに?
それってさ、デートと呼んで差支えないものだと思っていいわけ?

「スパイク」

いいよいいよ。アメフト絡みな。
でもそうやって一緒行こうぜって誘うのなんて珍しいじゃん。
しかもそんなモン、昨日の帰りにだって買うことできたんじゃねェの?
なんか凄ェ期待しちゃうじゃん。

「行くの? 行かねェの?」
「行くよ、ちょっと待てって」

誘ってきたくせに葉柱に興味なさそうに部屋から出て行こうとするのを慌てて止める。
待って待ってて。

えーと、服、そう、この前買ってきてまだ着てないの、どこにしまったっけ。
分かってるよ急ぐって。

髪もワックスでいつもより適当に形だけ作る。
変じゃねェ?
そう。うん。じゃ、行こうぜ。





「車?」
「おぅ」

それはちょっと残念。
なんか、昔みたいにバイクに2ケツとかすんのいいなーって思ったから。

高校終わってから大学入学までの一瞬で、ヒル魔は車の免許を手に入れてた。
一発試験で取ってきたつーけど、アレって普通1回じゃ絶対受からねェって聞くのに。お前なんかしたの?

あと、免許と同時に中古車も。
女コマシ用のカッコイイやつじゃなくて、荷物たくさん載せれるデカいやつ。
アメフトに便利だからだろってのはスグわかった。

それのせいでヒル魔の行動範囲は格段に広がって、バイクの葉柱を呼びつける頻度がかなり減った。
まぁ、それに文句つけたら、じゃぁ一緒に住むかって同棲することになったんだけど。

「どこ行くの?」

こっちがシートベルトを着けてる途中で車がゆるやかに発進される。
初めて助手席に乗ったときは、かなりおっかなびっくりだったけど、ヒル魔が意外と安全運転なのが分かってからは安心して乗れる。

「スポーツ用品店」

いやそれは分かってるけどさ。
スパイク買うっつってたし。
オレが聞いてんのは、それがどの辺にあるのかとか、なんて名前の店かってことだよ。

さっきから単語でしか返事しないヒル魔に一瞬ムカっとくるけど、運転してるその当人はかなり上機嫌だ。

右手で軽くハンドルを握って、鼻歌さえ歌いだしそうな雰囲気。
いいけど。お前楽しいならオレも嬉しいし。
なによりこういうデートっぽいこと、ホントしたことないから凄ェ嬉しい。

どうせ会話になんねぇし、黙ってても楽しいからいいやと思って話しかけるのをやめたら、交差点で止まった時にヒル魔がこっちを見てきて、笑って頭を撫でてきた。

「なに大人しくしてんだよ」

うっせー。この期に及んで更にそんな嬉しいことすんなよ。緊張すんだろ。



「ここ?」

川沿いの、道幅の広いことでヒル魔が車を路肩に止める。
斜め前には「キミドリスポーツ」っつー看板が出てるから、これが目的の場所だろう。

「おぅ、じゃぁ、『さっき電話した葉柱です』つって、バイトしてこい」
「…………ハァ?」

電話なんかしてねェよ。いや分かるよ。お前がしたんだな。
だからってなんでオレがバイトなんてしなくちゃなんねんだよ。
悪ィけど、生まれてこの方働いたことなんか一回もねェんだよオレは。

「で、炎馬大が新入生用に注文した人工芝用スパイクが入荷されてっから、バイトとして親切に届けて来い」
「……お前」
「で、バイトで荷物届けたとき、偶 然 に も 炎馬の練習をチラっと見れちまうのは、こりゃスパイとは言わんわなぁ」
「そんなんテメェが勝手にやれよ!」

オレの浮かれた気分をどうしてくれんだよ。
久しぶりにデートだって舞い上がってた3秒前の自分をぶっとばしたい。
そうだよ忘れてたよ。お前が意味無くあんな優しく振る舞ってくることあるわけなかった。
交差点でいちゃいちゃしたとこで気づくべきだったんだよ。

「オレ、高校ンとき同じ手で1日だけバイトしてっから、店に顔割れてんの」

だからオレにやれってか。
つーか前科アリかよ。

「炎魔のヤツらはテメェのトモダチだろ。こんなことしねェでも堂々と行って来い」
「アホか。アイツらはトモダチじゃなくて敵だ」

なんて冷たいヤツだ。
あの大学、泥門のヤツ2、3人行ってなかったか?
しかも新入生って、あのアイシールドだろ。

つーかその理屈で言ったら、オレだって賊徒なんだから、ライスボウル争う敵だっつーの。

「さ、イッテコイ」

ヒル魔は、最近出さなくなった例の銃まで突きつけてきた。ちょっと懐かしいわソレ。
お前、ホント楽しそうだな。
こういうの、大好きなんだな。

「…………」

ヒル魔の口角が極限までツリ上がってるのを見て、もうどうこう言うのを諦める。
こーゆー顔してるとき、もう何を言っても無駄だってのを知ってるから。





メガネをかけた、人のよさそうな顔した店長に「ドーモ」っつってエプロンと名札を受け取り、「じゃ、荷物届けてきます」つってヒル魔の車にスパイクを詰め込んだ。
つーか、だから車だったんだな。ホント用意周到だよテメェは。

エプロンしてる葉柱に、ヒル魔がひとしきり爆笑してから炎馬大学へ。

「じゃ、フォーメーション中心に撮ってこい」

なんて、大学前でスパイクと一緒にカメラを持たされる。
お前もうこれ、「チラっと見れちまう」の範囲を余裕で飛び越えてんだろ。

ヒル魔の車には台車も積んであるから、スパイクはそれに乗せた。

炎馬大なんて来たことなかったから、アメフト部の部室なんてどこにあるのか知らねェし。
途方にくれつつガラガラ台車を押して歩いてたら、遠くに明らかにデカくて丸いシルエットを見つけた。
あれ、栗田だよな。

「あれー、ハバシラくん、どうしたの? あ、人口用スパイク、わざわざ届けてもらっちゃって……」
「あ、スパイだ」

そんで栗田の影に完全に隠れていたもう一人が、ひょこっと乗り出すと、葉柱を見てそう言った。





「スパイだ」なんて言ったのは元デーモンのレシーバーで、確かモンタロウだかモンジロウだか、確かそんな名前のヤツ。
てっきり怒り出すかと思いきや、栗田もレシーバーもどーぞどーぞって感じに葉柱を部室まで案内して、シュークリームまで出してくれた。

「懐かしいですね。ソレ、僕も1年のときヒル魔さんにやらされました」
「あれちょっと楽しかったよなー、スパイごっこって感じで!」

そこにはアイシールドもいて、アイシールドは葉柱のエプロンを見てしみじみと言い、それにレシーバーが呑気な意見を返す。
よく考えりゃそうだ。ヒル魔が高校のときに使った手ってことは、同じ泥門だったコイツらにはバレバレじゃねェか。
しかもさっきヒル魔は、自分がやったみたいなこと言ってなかったか?
結局人にやらせてたんじゃねェか。

「相変わらずムチャクチャだなアイツは」

あともう一人、元神龍寺の雲水。
こっちは完全に呆れた様子。
そうな。アンタんとこの弟と同じチームになってから、更にムチャクチャになったっぽいぜ。

「ヒル魔は来てないの?」

ほっとくとシュークリームを「もう一つどうぞ」「もう一つどうぞ」と無限に出してくる栗田にもういいですと断って、帰ろうとするとそう言ってとめられる。

「え? あー、まぁ」

来てるといえば来てる。つーか、大学のすぐ前に車止めて待ってるし。
ただ、「スパイしてこい」と言われた身の上としては、それを正直に言っていいものか迷う。
もうスパイ行為なんてする気はねェけど、勝手にバラしたら後で更に怒られるんじゃないかと思うと言い出せなず、かといって嘘をつくのも得意じゃないから思わず口ごもる。

もごもごしてたら空のカップにもう一杯お茶が注がれて、完全に帰るタイミングを逸した。
そしたらそっからは栗田もアイシールドも、「ヒル魔最近どうしてる?」とか、「そういえば車買ったって聞いたんですけど」とか、矢継ぎ早にヒル魔に関する質問をしてきだした。

待て待て。
なんでヒル魔のことなんかオレに聞くんだよ。
そりゃ今はヒル魔の手先のスパイとして送りこまれてきたワケだけど、「ヒル魔ちゃんとしたもの食べてる?」なんて聞いてくるな。
なんでオレがそこまで知ってると思ってんだよ。いや、知ってるけど。

つーか、お前らドコまで知ってんの?
まさか同棲してることは知らねェよな?

「ヒル魔に会いたいなぁ。この前、近くまで行ったから最京大に寄ったら、スパイするな! って怒られて追い出されちゃったから」

まさに「どの口が言うんだ」ってヤツだな。

しかしまぁ、ホント仲良いのなお前ら。
特に栗田なんかはお母さんかっつーくらいヒル魔のこと心配してるみてェ。

で、「そういえば高校のときさー」みたいな話まで始まって、完全にお茶会っつーか雑談っつーか。
途中で随分と長くヒル魔を待たせたままだったことを思い出したけど、まぁいいや。
オレを騙してスパイになんかさせたバツだ。
オレがゆっくりシュークリーム食ってお茶飲んでる間、一人寂しく車で待っとけ。





「で、収穫は?」

結構な時間待たせたハズなのに、ヒル魔の様子はご機嫌だった。

「全然ダメ。一秒でスパイってバレだから」
「あ、そう」

そう言ったのに、ヒル魔の機嫌はまだそのままだったからちょっと意外だ。
想定の範囲内ってこと?
なんだよ、イラつかせてやろうと思ったのに。

でもな、こっちもまだお前をイラつかせる隠し玉持ってるから。

「で、尋問されたからお前のことバラしちゃった」
「ヒル魔ーっ!」
「ヒル魔さん!」
「ヒル魔先輩っ!!」

だって泥門のやつらあんまりにも「ヒル魔」「ヒル魔」っつーし。
じゃーメシでも食おうぜって勝手にバラして誘ってきた。

ヒル魔はちょっとビックリしたみたいに目を開く。
どーよ。これは予想してなかった?

「買った車ってこれッスか?」
「おー」

それにな。

「あと、炎馬と賊徒で練習試合の約束してきちった」

これでどうだよ。
ここには来てないけど部室に雲水もいたから、話が早くて助かった。

お前、アメフト大好きだもんな。練習もそうだけど、やっぱ試合が一番いいだろ?
残念だな。
スパイも失敗して収穫ゼロ。しかもこっちはお前抜きで楽しく試合やらせてもらうから。

「ほーぅ?」

だから、コレにはそうとう悔しがると思ったのに。

「それで? やるのはいつ? どっちのグラウンドで? メンバーはレギュラーで? それとも様子見で新人メインで?」
「…………」

ヒル魔がさっき以上に爛々に目を輝かせ始めたから、自分が大間違いをしたのだと知った。

「お前……」

最初からそのつもりかよ……。
バレバレなスパイ作戦なんて最初っから捨て駒で、騙されて送り込まれた葉柱がどうしてくるかまで分かっての行動だったってこと?
スパイの葉柱にはなんの期待もしてなくて、本来の目的は炎馬と賊徒の練習試合を堂々と観察しに来るつもりで?

「ケケケ、お前がオレの裏なんかかけるワケねェだろ」

ヒル魔が楽しそうに笑ってそう言ったので、今の自分の想像が間違いじゃないことを知った。
つまり、今日の葉柱の行動は、まったくもってヒル魔が狙って予想した通りに働いたってことか。

こうなると、部室に雲水がいたのも、ヒル魔の予想通りなんじゃないかという気までしてくる。
お前ってホント、どこまで分かってやってんの?

「…………」

朝はデートかって気分で浮かれてたのに騙されて、おまけにバカ扱いでまんまと手の平で踊ってたってことか。

運転席の窓を開けてるヒル魔は、「久しぶり」とか「何食います?」とか言ってる元泥門生と楽しそうに話してる。
敵なんじゃなかったのかよ。

「早く乗れば?」

栗田たちを後ろの席に乗せて、突っ立ったままの葉柱も助手席に促す。
こんなことしといてよくそんなこと言うなお前。

「…………何食いに行くの」
「糞デブがいるから、食べ放題のとこだな」

まぁ、いいよ。
実はオレ、そんなムカついてねェし。

だってさ、お前って全然人に好かれるタイプじゃねェから、いい噂ってほとんど聞かねェの。
なのにここにいる奴ら、全員お前のコト大好きみたいで、褒めてばっかいるんだもん。

オレさー、コイビト褒められるのって初めて。
結構、気分いいのな。


'13.04.22