運命だとしても




「ぎ、ぎゃーっ!!」

その朝は、サンジの絶叫からはじまった。










「な、んだぁ?」

スグ隣から聞こえた耳をつんざくような悲鳴にさすがのゾロも夢の中から引きずり出される。
確か昨日は夜仕込みの終わったサンジと倉庫にシケこんで、そのまま2人で寝てしまったはず。
大砲の覗く窓の隙間からは微かに淡く光が漏れてきているところから見ると、今はまだ早朝のようだ。

目をこすりながら起き上がって、絶叫の発信源を見ると、コックが叫びをあげた口にかたちのまま頭を抱えて固まっていた。

「おいコック」
「‥‥‥」
「おいっ?」

問い掛けても返事はなく、それどころか一点を見つめたまま動かない瞳も焦点があっていないようで、顔の前で手をひらひらさせてもまるっきり無反応だ。

「なんだぁ?」
「なにがあったの?」

甲板の方から他のクルーたちの声が聞こえてくる。
やはりゾロと同じようにさっきの絶叫で起こされたのだろう。
お互いにぶつぶつと呟きながら声はあきらかにこちらの方に移動してきていた。

「おい、サンジ、他のやつらがくんぞ」

ゾロとしては別に誰に見られようとかまわなのだが、ナミにバレたりするとサンジがうるさいのでその辺に放ってあった自分の服を着て、サンジにもいつものシャツを渡してやる。
なにしろ2人は素っ裸で一つの毛布にくるまっていたのだ。

「おい、サンジ?」

そんな危機的状況でも、サンジはさっきの姿勢のまま微動だにしない。
さすがにおかしく思ったゾロがサンジの方をつかんで無理矢理こっちを向かせと、サンジは口をあけたまま呆けた顔をして、どこか目の焦点もあっていない。

「ぞ、ぞろ‥‥‥?」











「サンジくんの目が見えなくなったですってっ?!」
「おぉ」

呆然としたままのサンジのかわりにゾロがこたえる。

さっき慌てて服を着たゾロだが、いつまでたってもサンジが固まったままなのでしかたなくゾロが服を着せているとポツリとサンジが「なんにも見えないんだ」と呟いた。
サンジはあいかわらずドコを見ているのかわからないような目を瞬きもせずにパッチリと開いている。

「目ェ乾くだろ、つむってろ」

ゾロがサンジの瞼をおろそうと手をのばすと開かれたままのサンジの大きな瞳からポロポロと大粒の涙が溢れてきた。

「オ、オイ!?」
「ぞ、ぞろ‥‥」

サンジの手がなにかを探すようにふよふよと空中をただようのでその手を捕まえてやるとサンジがそのままゾロにしがみついてきた。

「お、オレ‥‥」
「目、見えなっ」
「もぅ、コックも」
「お、オールブルーだって」
「見つけても」

ルフィも、ナミも、ウソップも。
しがみつかれているゾロもなにも言えず、サンジの嗚咽ばかりが海の上に響く。

ゾロはどうしたらいいのかわからなくて、いつもはサンジが泣いていたらの頭をなでたり、背なかを叩いたり、 でも今そんなことをすると本当にこのコックがボロボロと崩れていってしまいそうでなにもできなかった。

「わかったぞっ!」

そんなどうしようもない沈黙を破ったのはキッチンから飛び出してきた小さ船医だった。

「わ、わかったって?」
「サンジの目が見えなくなった原因だっ!」
「なにっ」

一番に振り返ったのがウソップで、サンジの目のことときいて声を上げたのがゾロ。

「どういうことだっ!」
「お、落ち着けゾロ。サンジもビックリしてる」

しがみついていたゾロが急に立ち上がって、一人取り残されたサンジが不安そうにポカンと空中を見ている。

「お、おぉ」

チョッパーに言われて少し落ち着こうとまたサンジの隣に座る。
サンジは手に触れるものがあると安心するのか常にゾロの腕をにぎっていた。
いつもの威勢のいいコックは影も形もなくで、なんだか今のサンジは生まれたばかりで目の見えない小動物を彷彿とさせる。

「きっとコレのせいだ」

チョッパーが小さな蹄に持っていたのは小さな果実だった。

「サンジ、きっとコレを食べたんだ」
「そうなのか?」
「え?え?」
「サンジ、赤くて、小さい果物食べただろ?今キッチンの冷蔵庫にあったんだ」
「た、食べた‥‥」

決定的だ。チョッパーがいうからにはほぼ間違いなくこの果物のせいに違いない。

「なんでそんな得たいの知れねェもんホイホイと食うんだこのクソコック!」

ついいつものイキオイでサンジを怒鳴りつけると、サンジがビクリと肩を震わせた。
言い返す気配もなく、ただわなわなと唇を震わせている。

そうだった。このコックは目が見えないんだった。
視覚を奪われただけで、こんなにも弱くなってしまうものだろうか。
サンジを見ると、顔は涙が乾いてぱさぱさになっているし、開きっぱなしの目も乾燥している。

「コレと同じようなヤツがあるんだ。多分、サンジはソレと間違えたんだ」

また、いやな沈黙。

「サンジ、いつごろ食べたの?」
「あ、あぁ、昨日仕込みをしてたときに味見したから、多分夜中の12時過ぎくらい・・・」
「ふんふん、じゃぁきっと発症したのは午前3時くらいだな」
「ねぇ、ちょっとチョッパー」

ナミが、サンジから離れたところにチョッパーを呼び寄せる。

「なんとか‥‥ならないの?」
「なんとかって?」
「だから、サンジくんの目」
「なんでだ?」
「なんでってっ!」
「あれ?オレ言わなかったか?あれを食べて目が見えなくなるのは24時間で、3時に発症したなら今日寝て、明日の朝には見えるようになってるぞ」
「な、なんだぁ、おどろかせないでよ」
「え?オレ、言ってなかったか?」
「ちょっとー、一時的なものらしいわよっ、その症状!」

離れているナミからの言葉に、あきらかに泣きそうだったウソップはホッと胸をなでおろし、それまで一言も喋らずに黙っていたキャプテンも急に「メシーっ!」と騒ぎ出した。
安心したのはゾロも一緒で、「よかったな、マヌケコック」とでもいってやろうかとサンジを見ようとした瞬間には腹に蹴りがはいっていた。

「なっ‥‥」
「んだよ、1日だけかよ、ま、いいけどな、どうでも」

はかなく崩れてしまいそうだと思ったコックはそこにはいなかった。
もぅ覚えていまっている仕草なのだろうポケットからタバコを取り出して火までつけていたりする。

「で、なんでオレが蹴られなきゃなんねェんだよ」
「あ?そりゃテメェが赤ん坊よろしくいつまでもオレにひっついてるからだろ。暑苦しいんだ筋肉ダルマ」
「あぁ!?さっきまでびーびー泣いてやがったくせによ!」
「泣いてねーっ!!」

目を閉じていても、動転していたさっきとは違い、気配くらいわかるのだろうこちらに向かって突然蹴りと飛ばしてきた。

「うぁっぶねェな、テメェ今日1日くらいおとなしくしてやがれ」

見当で打った蹴りはそれでもなかなかイイ所をついてくる。

(コイツなら、目ェくらい見えなくたってコックやっていけんじゃねーか?)

なんとなくゾロは自慢したいような気持ちにすらなった。