黄色い魔法のおとぎ話
「んー、つまりだな」
サンジがオーブンにオヤツを突っ込み終えて一息つこうかなんてラウンジのドアから出てみれば、船長と船医が正座でウソップの前に座ってた。
(まーたなんかやってんのか)
こんな光景は、わりと珍しくない。
ウソップが得意気にウンチクとか嘘とかを並べ立てるときなんかは大抵こんな形だ。
「カボチャのお祭りってことだ」
「カボチャかー!」
ドアをすぐ出たとこの手摺に寄りかかってなんとなく話しを聞いてみる。
食べ物の単語が出たことで船長のテンションはいつにも増してヒートアップ。
サンジは「つまりだな」の前を聞いていないけど、なんとなく予想はついた。
「みんな仮装して、『トリックオアトリート』という呪文をとなえると、お菓子がもらえるという素晴らしい祭だな」
ウソップは、ルフィとチョッパーにハロウィンについて説いていた。
そんな特にどうってこともないウンチクとすら呼べないものに、当然以前から知っているであろうナミやロビンなんかは興味もなさそうで、ハロウィンのハの字も知らなさそうなゾロはゾロでまた興味無し。
いつだってイベント事を一番楽しむのはあの三人。
そりゃそんなときは。
クリスマスならケーキに七面鳥だし、正月なら蕎麦におせちだし。
サンジの出番に決まってる。
(・・・・・・・・・・・・・)
いつもなら「よーしテメーら!今日はパンプキンスープにパンプキンパイだ!」とかなりそうなところ、なんとなく足取りも重くラウンジに戻り、それからフライパンとお玉を持ってまた外に出る。
カイーンとそれを打ち鳴らせば、狼男がどうとかオレはミイラ男で、っつーか鹿はもぅそのままで仮装だろみたいな話題で盛り上がってた三人が顔をあげてこっちを見る。
「残念なお知らせです」
ご飯でもオヤツの時間でもないのに打ち鳴らされたフライパンに、ナミとロビンもこちらを仰ぎ見て。
「カボチャがありません」
ベイーンと。
さっきより鈍い音で、しかしさっきより数段大きい音でフライパンが鳴る。
「テメーサンジィイイ!カボチャがなくてハロウィンどうすんだ!ハロウィンどうすんだっ!!」
ビリビリとフライパンを持つ手が震えるほどの衝撃。
「この……クソガキァ!本気で殴りやがったな!本気で殴ろうとしやがったなっ!!」
ルフィの顔が、目の下に縦線が入るほどマジだ。
もぅ憎しみすら感じる。
甲板から一直線に延びて来た拳を、寸前のところでフライパンで受け止めた。
延びた手はそのままサンジのすぐ前の手摺を掴んで、今度は延びた手に遅れるように体もやってくる。
「カボチャがなかったらハロウィンになんねェだろうが!」
「カボチャがねェのはオレのせいじゃねェだろ!テメェが3日前に食糧食い潰しやがったからだ!」
サンジだってイベント事は大好きだ。
好きさ加減でいったら、イベント=ご馳走なんて不純な動機の船長よりはよっぽどだ。
ハロウィンのことだってモチロン覚えてて、前の島ではきっとハロウィンは海の上になるだろうとカボチャだって買い込んだ。
「全部………テメェが食っちまったせいだろうがーっ!!」
3日前に全てのカボチャを失って、きっとチョッパーなんかはハロウィンを知らないだろうけど、ウソップかなんかが教えて回るに違いないと思ってた。
実際その通りで、あんなにも目を輝かせてハロウィンなるものに期待を寄せていたチョッパーを思うと胸が痛くなるほどだ。
それにきっとナミさんとかロビンちゃんとかの仮装はとても可愛いものだっただろう。
夜、他にあかりのない真っ暗な海でぽぅっと光るジャックオランタンはとても綺麗なのだろう。
1日1日数えるみたいに、楽しみに楽しみに愛しいカボチャを撫でたことだってあったのに。
「なんとかなんねェのかよ、可哀想じゃねェか」
自分のしたことなんか棚にあげまくって、わーんとか言いそうなくらいだだっ子攻撃的に手を振り回して来る船長に応戦していれば、小さい声でぼそっと言われたのに、やたら耳につくこれは。
「ゾロー!サンジがハロウィンなのにカボチャねェっつーんだ!」
ゾロだ。
いつもの通りどっか船の縁に寄りかかりながら昼寝なんてきめこんでたくせに、なんだ。なんで起きた。船長か。船長が泣いてるからか。
「テメェは・・・・・今の話聞いてやがったのか!可哀想なのはオレの方だろうが!」
「この・・・・・クソコック!本気で蹴りやがったな!本気で蹴ろうとしやがったなっ!!」
一足でラウンジ前から甲板まで飛び降りて、そのままふり降ろした足はゾロの腕にブロックされた。
「なんとかなんねェかだと!?今この船にカボチャの代わりになりそうなもんつったらテメェのそのまん丸な頭くれェだ!」
「あァ!?」
「そん中くり抜いてジャックオランタンにしてやろうか!」
別にそんなルールがあるわけじゃないけど、ゾロとサンジのケンカはまず喋ってる方に攻撃権がある。
要するに気合いの問題だ。
なんとなくあれ、コッチが悪いかも、と思わせた方の勝ち。
「ちょっとアンタたち!ふざけてんじゃないわよ!」
ナミが声を張りあげて、それ以上続ける前に皆前を見た。船の、前。
「島が見えたわ。上陸準備!」
「よーし!カボチャとってこようぜ!カボチャっ!」
こんないいタイミングで島なんかについちゃって、そりゃもぅこれで、最先端なんて贅沢はいわなくても、ある程度文明の発達してる島だったら、カボチャだって、もしくはカボチャの代替品だって、見付けることが出来ただろう。
「カボチャって野性で生えてんのかなぁ」
船長が「カボチャ採るぜ!」とか言いながら、なぜか虫採り網を持って立ち、その後ろにウキウキとチョッパーが並ぶ。
「無人島じゃねェのか?」
ドボンと錨を落としたゾロが、最後に上陸。
文明どころか、人がいない。
しかもなんだろう。おおよそお店に並ぶ野菜や果物が成ってなんていそうにない、言う成れば。
「ジャングルじゃん」
ジャングルだなぁ。
とりあえずお買物は出来そうにない。
「いっぱい採ってくっからな!」
なんだかよく分からない呻き声みたいなのが聞こえて来ちゃう鬱蒼とした森を前にしても、まったく動じないのが船長。
ひときわ大きい獣の咆哮が聞こえてきたとこでチョッパーの腰がチョット退けて、それでもルフィの後に続く決意は硬そうだ。
「あー、まぁ、期待しねェで待ってるよ」
レディ二人は、とりあえずこの島には興味もなさそうに先発隊頑張ってーと、もぅ船の上に戻り手を振ってる。
「お宝がありそうだったら戻って来て報告すんのよ!」
「オレはほら、アレ、仮装用の衣装作って待ってっから!」
ビビってるウソップの言葉を聞いていたのかいないのか、船長及び船医がてくてくと歩き出す。
(まぁイイけどなぁ・・・)
たしか七夕のときも。
「笹を飾ってパーティだ!」なんつって笹を探しに行ってヤシの木とか持って帰って来てた。
到底カボチャをとってこれるとは思わない。
せめてカボチャに似ている野菜でも自生していればいいけど。
「テメェは行かねぇの」
「は、くだらねェ」
なんでか、船をつけたすぐそばの地面に座り込み、ドカっと木に寄りかかって眠る体制。
(船戻りゃいいじゃん)
なんだろうなぁ。なんだかんだで、こうやって危険っぽいジャングルから、ちょっと船を衛にちょうどいい位置なんか抑えちゃって。
(まぁ・・・)
ルフィたちが戻って来たとき、万が一にもカボチャっぽい野菜を見付けて来る可能性にかけて、パーティの準備でもしてやるか。
「サーンジーーっ!!」
カボチャがないならないでのパーティ料理。
なんだかキノコ料理が多くなったような気がするが、まぁいいだろう。
「おーぅ」
ちょうど一息ついたところにルフィの叫び声。
ニュアンスとしては「やったぜ!」みたいな明るい感じだけど。はてさて。
(どんなもん採ってきやがったかな・・・・)
いっそ馬車に出来るくらいデカいカボチャだったらおもしろい。
ナミさんとロビンちゃんがシンデレラで、サンジが王子様ってとこだ。
「おぅ、首尾は・・・・・・・」
どうだった。ていうか。
「えーと・・・・・」
「おぅサンジ!どうだこれっ!!」
一緒に行ったチョッパーはどうしたのか、甲板に出ればルフィが一人で立っていた。
いや。
「あのー」
一人じゃない。
「・・・・・・・・・・・誰?」
ルフィが意気揚々と出かけたとき、確かに隣にいたのはチョッパーだ。
チョッパーが。
「オッサン?」
満面の笑みを浮かべるルフィの横にいるのは、まっ黄色のアフロのオッサン。
「え、オッサン?」
何しに行ったんだっけ。
何を採ってくるって言って出て行ったんだっけ。
採ったっていうか、獲った?獲ってきた?
「あのー、一応聞いとくけど、それはチョッパーじゃないよね?」
この島がなんらかの「不思議島」であの愛くるしいチョッパーがオッサンになってしまいましたってことはないよね?
「何言ってんだサンジ」
(わー)
ムカつく。
なんでコッチがちょっと可哀想な子を見るような目でそんなことを言われなくちゃなんないんだ。
何やってんのはソッチだ。
なんでカボチャ採りにいってオッサン連れて帰って来てんだ。
「な、どうだ!?どうどう!」
「え、何が?」
よくよく見ればオッサンは、寝てるのか起きてるのか判断し辛いくらいの半目で、ポカンとしたままルフィの横に立ってる。
「スゲーだろ!アフロ!」
「あぁ・・・・そう」
ルフィの言う「スゲー」の基準はよく分からないけど、なんでか知らないがウチの船長はこういう物が大好きだ。
いい感じのアフロを見つけて、嬉しくなって持って帰ってきちゃったのだろうか。
それはなんていうか犯罪だ。
「お前、どうせなら絶世の美女とか攫ってこいよ・・・」
なんだろうなぁ。
もぅルフィが、「船で飼おう!」とか言い出したら嫌だなぁ。
はたしてオッサンとルフィの出会いってのはいかなるものだったんだ。
能天気な船長と意気投合したってことにするには、オッサンはトロンとしすぎてる。
(寝ぼけてんのか?)
こんなとこまで連れられて、なおかつ寝ぼけていられる精神ってのはどんなだ。
「オイ、人がいるってことは、村か町でもあったのか?」
おそばせながらよいしょよいしょとゾロが甲板まで上ってきて、そういえばそうだ。
一見無人島のジャングルみたいなとこに、人。
どっちかっていうと黄色いアフロに気をとられていたけど、人がいるなら村なり町なり、それに補給できる食料だってありそうだ。
「おぉ、そうだぜルフィ。ソイツどこにいたんだ?場合によっちゃ、パンプキンパイでもジャックオランタンでも出来るかも知んねェぞ」
自生してる野菜を探すよりは、よっぽど可能性が見えてきた。
「うん。だからさ!」
「うん?」
「このオッサンの頭繰り抜いたら、そのジャックなんとかっての出来ねェかな!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
お前。
そんな無邪気な天使みたいな顔で悪魔みたいなこと言うなよ。
ルフィはオッサンの黄色にアフロにカボチャを見たのか。
そんなホラーなハロウィンは出来ればゴメンだ。
「ちょっと何?わ、なによそのオッサン」
ジャングル島の日差しは存外に強くて、女部屋に降りていたナミとロビンが上がってくる。
オッサンを見て開口一番「なにそのオッサン」。
それはとても正しい。
まさかここで「これが今日のメインディッシュです」とも言えないだろう。
「おいおい、またやっかいごとか?」
見張り台に上がっていたウソップもドン、と飛び降りてきて。
「ししし、スッゲーだろ!このアフロ!」
「ルフィ!やっぱりそうだ!そのアフロについてる黄色いのは・・・・・・」
バン、と男部屋からの扉が開いて、顔を見せたのはチョッパーで、あぁ、なんだ、ルフィより先に、もしくは一緒い帰って来て、男部屋の中に降りてたのか。
「そのアフロに触っちゃダメだ!」
チョッパーが叫ぶのと、ルフィが振り上げた腕で自慢げに、自分の得物であるアフロを叩いたのは同時だった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
言ったのは、自分だったかゾロだったかウソップか、はたまた叩いた張本人のルフィだったか。
叩いた瞬間には、砂嵐でも起きたのかと思うほどの、言うなれば黄色い砂塵が、甲板の上を一気に覆い尽くした。