30秒 easy life




「ふうぅー」

休憩時間なわけではないが店の奥に入ってチョット一服。
速い、安いがウリの全国チェーン展開している焼肉ファミリーレストラン、サンジはここのウェイター。

コップを取り出して機械からウーロン茶を出し、一口、二口。

昼時と夕方以降11時くらいまでは忙しいことこのうえないが、ちょうど3時から4時の今ぐらいの時間帯は、客がまったくいなくなることもそうざらではない。

ちなみに今は一組客がはいっていたが、それもいつも来ているおばちゃん連中で、食後サービスで出されるお茶を飲んでくつろいでいる。
会計まではまだまだありそうなので放っておいても大丈夫だろう。

「おっちゃんもなんか飲むか?」
「おー。じゃぁレモンサワーくれ」

焼酎のなかにレモンを半分に切ったものを絞り、炭酸でわる。
ソレを空いた皿を渡す台から渡してやると、ちょうど仕事に一段落ついた様子のおっちゃんもぐびぐびと一気に半分ほどを飲み下す。

もちろん店の売り物。
しかし店長のいない時、勝手にドリンクを作って飲んだり、時には簡単なものを作って食べたりしてもイイ、というのは店長だけが知らないこの店暗黙のルール。

今はサンジとキッチンのおっちゃんの2人きりで、さっきまでいたウェイトレスの女の子も、キッチンの若い男も3時であがり。
おっちゃんもサンジも今日はロングで23時までの仕事だけど、が今日は店長がオフの日なので多少アルコールを飲んだとしても問題ない。
ん。問題なし。

「もぅ客誰もいないのかい?」
「いや、いつも来てるおばちゃんたちがいる」

おばちゃんはたくましいなぁといつも思う。ランチタイムの安い時間帯にやってきて、おかわり自由のコーヒーで何時間も居座ることもある。
店長はそんなおばちゃん連中をうとましく思っているようだったが、サンジは会計の時なんかに笑って「ごちそうさま」といってくれるおばちゃんたちが実はケッコウ好き。

「まだまだ帰りそうにねーし。客もきそうにねーから‥‥」

ピンポンピンポーン ピンポンピンポーン
鳴ったのは入り口のドアを開けると鳴る音。
おばちゃんが電話をかけに外にいったのかもしれないが、客が来たのかもしれない。
前者ならいいが後者の場合は放っておけない。

「言ってるそばから来たな」
「ちっ」

不機嫌さを隠そうともしないで大きく舌打ちをして店の奥から出て行く。
もちろん出て行ったときにはステキなキッチリ営業スマイルで。

「いらっしゃいませ、こんにちは。お客様は‥‥、と、なんだ鼻か」
「なんだとはなんだ。こっちは客だぞ」

入ってきたのはいつもよく見る常連の客で、長い鼻が特徴的なウソップ。
なぜかビシリと親指を自分にむけてポーズを決めている。

「適当に座ってろ」
「おう」

だいたいウソップは座敷の一番すみに座っている。今日は見たことのない友達を一人連れていたがやはりその座敷の席に座っていた。
サンジはカウンターでお冷とオシボリを2人分用意して持っていくと、そこにはすでに他の席からもってきた座布団が二枚づつしきつめられ、ステキなくつろぎ空間と化している。

「おらよ。いつものか?」
「おぅ」

サンジが不遜な態度で水を差し出すがウソップはいつものことと気にもとめないで相槌をうつ。
ウソップは確か一人暮らしの美大生だ。
以前聞いてもいないのにそうベラベラと話しいた。
『いつもの』とは一番安いランチセットのことだ。貧乏学生にはふさわしい。

「そちらさんは?」

あらためて見ると連れもどうやらウソップと同じような年齢のようだ。
いや、もしかしたらもぅ少し若いかもしれない。
目の下にうっすらと見える傷跡が印象的だが、それよりもメニューを見ながらよだれを垂らしている様は更に衝撃的。

「にくぅ——っ!!」
「は?」
「あぁ、ソイツも同じのでいいよ」
「あ、おぅ」

網に火をつけ、メニューを回収。
オーダーを請ける機械に注文をうちこんでいる間も連れは肉肉と騒いでいた。





「おっちゃーん。新規、100ランチ2個ねー」
「あいよー」

まだ飲んでいたレモンサワーを飲み干して、おっちゃんは調理にかかる。
調理といっても肉は客が自分で焼くのでグラムを計ってのせるだけ、くらいのものだが。

「さてと」

ここでチョット考える。
実は機械にはうちこんでいないがウソップにはいつもサービスで勝手にアイスコーヒーをだしていた。
これもそう珍しくない。ウェイターやウェイトレスの友達なんかは基本的にドリンクやデザートなど無料でだしてしまう。
キッチンのおっちゃんの奥さんと子供が来たときなんか料理からなにから全てまるまるタダ。
こんなことで経営がなりたつのかわからないが、店長も気付いていないし、基本的に管理が雑なのだろう。

それはそうとあのウソップの連れ。
あの様子から考えてどうもアイスコーヒーという感じではない。
ちょっと迷ったがオレンジジュースをだしてみることにした。
なんとなく中にはいっているチェリーが似合いそうな顔だ。

「できたぞ」

持っていこうとトレーにドリンクを乗せたところで、ちょうどおっちゃんも100ランチをあげたところだった。





「はいよ。100ランチ2つおまち」
「おぅ、わりぃな」

ウソップはさりげなく一緒にのっているドリンクに目をとめて言う。

「つかよう、今日店長いないのか?」
「あ?おぅ。まぁな。おかげで客もいなくて楽チンパラダイスってとこにテメェが来やがった」
「まぁそう言うなって、そういや相談なんだがよー」
「なんだ?女関係か?」
「ちげーよ。まぁ座れって」

チラッとおばちゃんの方を見たがおばちゃんは話に夢中になっているようなのでちゃっかりサンジも座敷にあがる。

「今度よぅ、オレの友達の誕生祝いにパーッと騒ぐことになったんだけどココで、できねぇかな?」
「あー、いんじゃねぇ?店長いない日だったら中ジョッキくらいサービスしてやれるしな」
「で、いい日ってねぇ?」
「あー。来週の金曜ならいいぜ?オレシフトはいってるし、店長いねぇし」
「そうか。わりぃな」
「いや、気にすんなって‥‥‥しかし‥‥」

サンジの視線につられてウソップも目をむけると、連れがものすごい勢いで焼肉を食べまくっていた。

「よく食うなぁ」
「あぁ。ソイツは大食い王になる男ってギャーッ!ルフィ!オレの分まで食ってんじゃねェ!!」
「んあ?あぁ、わりぃ。ウソップ食べねーからいらねェのかと思ってよ」

ルフィと呼ばれたその連れはウソップが叫んだときにはすでに遅く、100ランチ二人前をキレイに食べきって、いや、最後の一切れを食べきる前。
しかし「食うな」と言ったあとでもそれをペロリ。
「いらねェかと思った」わけない。確信犯。

「ははっ。おもしれーやつだな。ま、待ってろよ。もう1個持ってきてやるよ。内緒でな」

笑いながら席をたつと、バッチリルフィと目があってしまった。

「‥‥‥いや、二個もってきてやる‥‥」
「おぅ!オメェイイヤツだな!!」

しししっと笑ったその顔はなんだか憎めないものだった。











「だーっ疲れた!!」

部屋に帰ってきてベットに倒れると、足がじんじんとしびれたようにうずいた。
ちなみに部屋はワンルームで一人暮らし。
駅も近いしコンビニも近い、都心ではないが結構いい立地条件。しかし建物がカナリ古く、ボロいアパート。
でもそのせいか家賃はソコソコ安く、まぁ気にいってる。

それにしても、あの焼肉屋の労働は半端じゃない。
半分ファミレスのようなつくりだが、軽い気持ちで新しくバイトにはいってきたものは9割が1ヶ月もたずに辞めていく。
おかげで年中無休の人手不足。求人雑誌の常連店。

しかしその分自給はよく、土日祝日は自給が+50円、ロングではいって10:00〜22:00なんかやれば残業手当もついて、根性さえあれば月に30万近く稼げることもある。

頻繁にホールに出ていればウソップのような常連客とも仲良くなれるし。

「友達かぁ。どんなヤツかなぁ」

ウソップの連れはかわったヤツが多い。
今日のルフィのようなのを連れてくるときもあれば、どこで知り合ったのかお嬢様ふうな美人を連れてきたり、一度なぜだか3人のガキを連れてきたこともあった。
広く浅くなのかと思いきや、そういうわけでもないらしい。

「美人なお姉さまだったりしねェかな」

考えているうちに疲れた体が睡眠を欲しがってくる。
焼肉屋だけあって体中油くさいことこのうえないし、髪にもタバコの匂いがしみついている。
風呂にはいりたいがどうにも動けない。

そういや明日は久しぶりの休日だ。
カレンダーなんて気のきいたものはないが、確か今日まで一週間連続でシフトにはいっていた。
明日、とくに予定も入っていない。
このまま寝てしまっても問題ないだろう。
いや、でもでも紳士たるものいつでも身だしなみには気を使っておらねば。

寝かけた頭で2つの思考が交錯する。

(あぁ、こういうのが俗に言う天使と悪魔の囁きか?)
(いやいや、もしかしたら右脳と左脳の戦いかもしれん)

ギリギリな頭でそんなことを考えているうちに、いつのまにかサンジは眠ってしまった。