あしたはどっちだ




「なんだコリャ」

ゾロが店の裏口からでると、細くて暗い路地裏に、点々と等間隔にゲロが落ちていた。

「・・・・・・」

先を目でたどるとなんだか黒っぽいものがうずくまっている。

「なにやってんだオイ」

非常に不快だったが近づいてつま先で黒いモノと小突く。

「うぅぅ・・・」

黒いモノは少し身じろぎをしたがまた動かなくなった。

「置いてくぞ」
「・・・それはイヤ・・・・・・」

黒いモノ・・・サンジが弱弱しく手をのばしてきたのでゾロはしかたなくサンジを小脇に抱えあげた。
脇に抱えたサンジの口の端からはゲロにまみれた唾液が糸を引いてたれていた。最悪だ。
なんだかスッパイ匂いのするそれを適当に着ていたシャツでごしごしと拭うと、しっかりとサンジを抱えなおしゾロは店に戻った。





「吐くまで飲むなよ」

控え室に入ってゲロのついたシャツを着替えるとサンジはまだ弱弱しく床に座って壁にもたれかかっている。

「あ・・・あのオヤジが」
「オヤジ?」

時間は深夜過ぎ。今は就業時間を終わってスグ。今日は貸切でパーティーだった。
野郎のストリップ劇場を貸し切ってパーティーもどうかと思うがどこぞの悪趣味な社長の意向らしい。
来ていたのはその社長と重臣。あとは取引先っぽいのもいた。
(こんなところでする取引ってどんなだ?) 総勢20人あまり。
ハッキリいってオッサンばっかでどれがサンジの指すオヤジかわからない。

「オ、オレのケツを掘らせろって・・・」
「あー・・・」

そりゃまぁそんな趣味でもなけりゃ野郎がこんなトコロにきたりはしない。

「まだ慣れねェのかよお前」

サンジが働き出して1年チョット。
サンジの外見からは抱いてくれというよりヤラせろと迫ってくるヤツの方が断然多い。
その度にのらりくらりとかわしていたり、蹴り飛ばしたりしているようだったが。
ふと自分の駆け出しの頃を思い出すとあの頃は若かった——イヤ今も若いが、そのせいかタチの率よりネコの率の方が高かった気がする。

「だいたいこの業界で一年やっててまだケツがバージンなんてお前くらいなモンだ」
「うっせい」

こんにゃろ、とか言ってサンジが部屋の隅にあったゴミ箱を蹴る。

「げ」
「あ」

ゾロがしまったという顔をする。
横倒しになったゴミ箱の中からはくしゃくしゃと丸められた山もりのティッシュと口を縛られた薄いゴムの袋。

「うがーっ!ココだ!ココにもホモがいるーっ!」

(なんでゴムでてきただけで相手が男だって断定されなきゃなんねーんだ)
(まぁ男だけどよ)

そういえば最初に会ったときに女じゃ勃たないことを話してしまっていた。

「もぅイヤだっ!だいたいなんでお前と組まなきゃなんねーんだ!」

先ほどまでぐったりと身を横たえていたサンジが水を得た魚のように元気いっぱい暴れだした。

「名前も売れたし、ピンでだってやっていけんだっ!」
「そんなコトしたらお前ますます迫られんぞ」
「なんでだよ」
「そりゃぁお前がオレのモンってことになってっからだろ」

ゾロとサンジはずっと組んでやっていたため、2人はデキているのでサンジに手を出してはいけないというのがいつのまにか業界内での暗黙のルールとなっていた。
まぁソレにもめげず迫ってくるヤツもいるようだが。

「・・・・・・・・・」

もちろんサンジもそんな空気は察している。
そういうことにしといた方がなにかと便利だから非常に不本意だがわざわざ否定はしなかった。

なんとなく止まってしまった会話に居心地が悪くなって無意識にポケットの中のタバコを探す。

「お前タバコやめろよ、ヤニ臭ェんだよ」
「あぁ?なに言ってんだ。コイツは長年つれそった大事な友達だっつーの」
「タバコ歴は?」
「13年」
「あ?7才?どんなガキだよ」
「お前こそいつから脱いでんだよ。見たトコ古株っぽいじゃねーか」
「15から」
「それこそどんなガキだクソヤロー。つか犯罪だ」

タバコを一本取り出して口にくわえ、ライターを探す。

「ん」

消えないように手で火をかこったライターが目の前に差し出された。
なんというかゾロは、こういう仕草だけでも卑猥だ、とサンジは思う。

「で?」
「あ?」
「初体験はいつだったんだよ、もちろん男のな」

しかも後ろのーっ、自分で言っといてなんだが思わず吹き出して爆笑にくれる。
なんというか自分では想像もつかないが野郎同士が密着して汗を流している姿なんて凄まじいファンタジーだ。ありえない。

「っていうかお前掘りたいヒト?掘られたいヒト?」

もぅサンジはからかう気満々だ。

「あ?別にドッチもイケっけどよ」
「ひひひ。ホモに3Pとかねェの。こう縦になってさ。挿しつ挿されつ?」
「アホ。そういう趣味はねェよ」

(なんだ。一応ホモの世界でもモラルとかあんだな)
(っていうか野郎同士っつー時点でモラルもクソもねェような気もするよな)

「好みのタイプとかは?」
「あー、そうだな、とりあえずおネエ口調のヤツはダメだなー、萎えるし。あとデブは勘弁だけど痩せすぎてんのもよくねェよな。筋肉とかもある程度ついてて・・・」

てっきり、ホモをからかわれて怒り出すかと思ったゾロは、普段の無口っぷりはドコへいったのか楽しそうに「好みのタイプ(男)」を語りだした。

(自分からふっといてなんだが引くな・・・)

「タチかネコかっていわれたらどっちかっつーとオレはタチだな。ネコは従順なヤツよりチョット生意気なヤツを組み敷くのが好きだ」
「・・・そうですか」

ゾロは満面笑顔だった。

(・・・アレだ)
(中学生とかがクラスの女子でだれが一番可愛いかとか話してるときの顔だ)

普段よりちょっとガキくさいゾロの顔を可愛いな〜とか思いつつ話されているのはホモトーク。

それからふと考えついて、サっと顔から血の気が引いた。

「テメェ・・・オレのケツ狙ってねェだろうな」

そう考えると冗談半分でからかっていたホモトークがとたんに現実味をおびたように感じられて寒気がした。

「アホ。オレはノンケとはヤんねーよ」
「あ?そうなの?」
「あぁ」

終わってしまった会話に、次の話題をふりだすタイミングもなく「気をつけて帰れよ」とかそんないつものセリフを残してゾロは楽屋をでていった。
適当に口を濯いで、サンジも帰り支度を始めた。









家に戻ると速攻でベッドに突っ伏す。
半年くらい前に引越した新しい家だ。
広くて、キレイで、なおかつ金は店持ち。
最高だ。

こんな仕事をしていると危ない輩がストーカーなんぞになるのもよくある話しらしくセキュリティもバッチリ。

「明日休みだなー」

店には定休日というものがなくて、それでも月に一回くらい休みがある。
ストリッパーは他にもいるがサンジとゾロは最早花形なのでその店の休みのときぐらいしか休みがとれない。

「人気モノはツラいねー」

踊りつかれて程よく疲れた体をじわじわと侵食していくのは心地良い眠気。

踊るのは最高だ。
強いライトとデカい音楽に酔ったように物凄くハイになれる。

(あまりにもノリがイイときなんか股間までエレクトすっしな)
(ゾロはいつもビンビンだけどなー)
(わはは)