好きな人
昼寝でもすっかななんて、日陰になってて風通しのいい場所を探すべく甲板をウロウロしていたら、テーブルに椅子、それからパラソルまで引っ張り出してお茶しているナミとロビンにばったり行き会った。
「あら」
ゾロが来たのに気付いたロビンはそう言って笑ったが、なぜかナミはハっとしたように一度視線を逸らし、それからそれが不自然なことに気付いたのかまたゾロの方を向くと「あんたまた昼寝でもする気でしょ、まったく昼間っから…」とか、とってつけたように小言を言い出したりする。
「今ね、航海士さんと恋愛について話してたのよ」
「ちょっとロビン!」
なるほどそれでか、と思う。
ナミがこんなに気まずそうにしているわけ。
普段ナミは、ゾロとかルフィとか、そにかく他の男ばっかりのクルーの前じゃ、女っぽいところなんてカケラも見せない。
それはきっと本人が無理してやってるものではなくて、船長を筆頭にクルーがまぁこんな感じだから、自然とそうなるもの。
でもたまにロビンと二人で話しているのを遠くからみかけたりするときのナミは、なんだかその辺にいる女とかわらない顔をしてたりする。
ゾロがまだ道場に通っていたとき、ゾロよりも年上で、凄く仲のいい女の二人組みがいた。
今のゾロから見ればそのときの記憶の彼女たちはもぅ年下で、ナミと同じくらいか、それより下だろうか。
二人は一緒に道場にきて、稽古して、それから休憩のときは必ず一緒にトイレに行ったり、後は隅っこの方でヒソヒソクスクスやってたりする、そんなときの顔が、多分一番近いように思う。
「もぅ」
ロビンはクスクス笑ってて、ナミはちょっと拗ねたような顔。
女らしい会話なんてしてたことをゾロに知られたのが、もしかしたら照れくさいのかもしれない。
(そういえば)
ナミは年下だったなと思う。
むしろ「そういえば女だったな」くらいもちょっと思って、いつもはルフィなんかを姉貴面して叱り飛ばしたりしてるときのそれと、今のちょっと頬っぺたを赤くしている顔をみて、そのギャップに少し「可愛い」と思う。
ちょっと前、ビビがいたときも二人で髪を結びあってたりした。
でもそのときよりも、今の方がガキっぽいかもしれない。
こうして今も、ゾロとナミを交互に見て笑っているロビンから出るの「大人の余裕」。
一人でちょっと怒ったフリとかしているナミはいかにも「年下」だ。
「剣士さんは、好きな人とかいないのかしら」
「・・・・・・・・・・好きなヤツ?」
一瞬、あまりにも聞きなれない「好き」とかそういう単語に戸惑う。
「あー、無理無理!そもそもソイツが『好き』なんてそんな高等な感情持ってるかどうかも疑問だわ」
ナミはすっかりいつもの調子みたいなものを取り戻して、皮肉ったようにそんなことを言う。
それはもぅとっても頭にくるような言い方だったが、確かにゾロは「好き」とかそういうことが、よくわからない気がした。
「そうねぇ、ふと気がつくとその人のことを考えたり、その人のことを考えるとドキドキしたりする、そういう人よ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ゾロは困ったような顔をしていると、ロビンがそう付け足す。
「・・・・・・・・・・男でもいいのか?」
ゾロがそう言うと、ナミは大げさに、それからロビンはいつもあまり表情を動かさないのにそれでも少し驚いたように目を丸くする。
男だったら、思い当たるのが一人いる。
ふと気がつくと、夢中なくらいそいつのことを考えていたり、考えているときは、ドキドキ、というのだろうか、心臓がいつも以上に血液を体へ送り出すように張り切ってるようで、いてもたってもいられなくなる。
「そうね。男の人でも、いいと思うわ」
「何々、誰なのよ」
ナミは純粋な興味といよりは、からかう気満々な顔。
なんで女は「好き」とかそういう話が好きなんだろうなとか思う。
でもまぁ知りたいというのなら、隠す理由もないだろうと思った。
「———————鷹の目」
————————————。
てっきりもの凄い勢いで笑い飛ばすかからかうかしてくるものだと思ったナミは、ポカンとしたまま黙ってしまう。
そんなナミを横目に、まぁこれ以上邪魔するのもなんだろうと思いまた昼寝場所を探すべく踵を返す。
後ろでロビンが「頑張ってね」と笑った。
「よーぅゾロ」
ちょうど昼間で太陽は真上。
どこに行っても日陰が見つからないので、じゃぁ室内で寝ようと男部屋い下りてきたら、そこにはウソップとルフィ。
「おぅゾロ!今ウソップに『レンアイ』のこと聞いてたんだ!」
(またか)
さっきのこともあって、少し驚く。
もしかしたら今日はそういう日なのだろうか。
「バレンタイン」とか、なんかそういう惚れたとかどうとかで大騒ぎするような日があったような気がするが、あれは2月か4月だった気がする。とりあえず今日ではない。
「ルフィが『好き』がわからねェとか言うんだぜ。まぁサルだからな」
まぁちょっと、曲がりなりにも船長にいうべきセリフではない。
「だってよー」
そんなことはまったく気にしないルフィは、拗ねたように口を尖らす。
「ゾロだってわかんねェだろ?」
「あれだろ、ふと気がつくとソイツのこと考えてたり、あとソイツのこと考えてるとドキドキするやつだろ」
話題をふられて答えて、それはさっきロビンから聞いたそのままだったけど、なんとなく誇らしくなる。
なにしろゾロには今、「好きな人」までいるのだ。
ウソップは「ゾロの口から似合わない言葉と聞いてしまった」とかなんとかちょっと青ざめて、かわりにルフィは尊敬するような目で見てくる。
「ゾロは好きな人いるのか」
ルフィは、冒険の前みたいなキラキラの目。
「おぅ」
「誰だ?」
名前を口に出そうとして、ちょっと躊躇った。なぜなら男だからだ。
でもさっきロビンだって「男でもいい」って言ってた。「頑張って」とも。
「勿体ぶらずに教えろよー」
ウソップも立ち直って興味津々。
(まぁいいか)
「鷹の目」
しばしの沈黙。
「やっぱ男はまずかったか」とかもちょっと思う。
「違—う!!」
沈黙をやぶったのはウソップ。
「違う」「違う」「それは違う」とか、「違う」ばかり何度も。
「なんでだよ」
いきなりそんなに否定されて、ゾロは憮然とする。
「気がつくと鷹の目のこと考えてるし、ドキドキもするぞ」
「だからって違う!!」
ルフィは「やっぱりゾロもわからねんじゃねェか」と笑う。
「いいか、『好き』っていうのはそういうんじゃねェんだ。そうだな、ソイツと一緒にいると楽しくて、ほっとけねェって、思うヤツかな」
そう言ってウソップがちょっと遠い目をしたり。
その「ほっとけねェ」ヤツでも思い出しているのだろうか。
「お前鷹の目見て『ほっとけねェ』って思うか?思わねェだろ」
(・・・・・・・・・・・・・確かに)
思わない。
なんだか『好き』とは色々複雑なようだ。
(でも)
「わかった。鷹の目じゃなかった」
「なんだ?他に好きなヤツいんのか?」
一緒にいると楽しくて、ほっとけないヤツ。
「コイツ」
真っ直ぐに、ルフィを指差す。
ルフィを一緒にいるのは楽しい。
腹がよじれるほど笑ったり、他の海賊とか海軍とかとヤリあうのも楽しい。
気がつくとすぐにトラブルを連れてくるようなヤツだから、ほっとけなくて目が離せない。
「それも違う!!」
そーか自分はルフィが好きだったのかと思って、そしたらまたウソップの「違う」。
「なんでだよ」
ゾロにはちっともわからない。
憮然としたゾロにウソップは「違う」と叫んだ勢いはどこへやら、今度は力なく項垂れて肩をおとす。
「あのなぁ・・・。うし。わかった。お前がイメージする『嫁さん』ってどんなだ?」
(・・・・・・・・・・・・・・嫁?)
言われて、想像してみる。
目を瞑り、真剣に。
もやもやっと頭の中に浮かぶゾロは新聞を読んでいて、「おい」というとお茶が出てくる。
あとはトントンと包丁の音。
やっぱり嫁は料理がうまくなければダメだと思う。
「どうだ?そのイメージに、ルフィはあてはまるか?」
「・・・・・・・・・・・・・・全然」
無理矢理その中にルフィを入れてみようとしたけれど、「腹減ったー」とか騒いでるルフィは「嫁さん」というよりも「近所のガキ」だ。
さっきからいくら考えても、違う違う。
もともとそんなことに対して興味もないゾロは、めんどくさくなった。
ウソップが「まったくドイツもコイツもよー」とか言ってて、こんな調子ではここで昼寝もできそうにない。
黙って梯子を上る。酒でも飲んでこよう。
「おい、酒」
ラウンジに行けば当然のようにサンジ。
「メシんときまで我慢しろ」
振り向きもしないでそんなことを言って、それでも「待てねェ」と言ったら、嫌そうな、本当に嫌そうな顔をしてなにやらキッチンの下のあたりをごそごそやって、コップにちょびっとだけ酒を注ぐと「ん」とか言いながらそれをドンとゾロの前に置いた。
(・・・・・・・・・・・・・・・・あ)
その様子が、なんだかピタリときた。
さっきのイメージに。
(んん?)
もぅ一度思い浮かべてみる。
ゾロが「おい」とか言ったらサンジが「ん」とか言ってお茶。
ピッタリだ。
ついでに割烹着なんか着て料理をするイメージも。
今のサンジはまさに料理中で、思い浮かべてみるまでもなかった。
(コイツか)
今度こそ、間違いないと思う。
「おい」
ウソップは何回も「違う」「違う」なんて言って、結局はルフィ同様ゾロも「サル」みたいな感じだったけど、それは違う。
ゾロはちゃんと「好きな人」を見つけた。
何度想像しなおしても、もぅ絶対間違いないように思う。
思ったら嬉しくなって、誰かに言いたくなった。
「あァ?なんだよ」
ここにはサンジしかいないから、サンジに。
(まてよ?)
本人に言ったら、もしかしたらそれはプロポーズかもしれないと思う。
それにサンジは、ちゃんと「好き」とかそういうことをわかっているだろうか。
(わかってねェかもしんねェな)
アホだから。
「お前、好きなヤツとかいんのか」
「な・・・・・・・・・・・・・・・・」
サンジがわかってなかったら、ちゃんと自分が教えてやらないとな、とかちょっと偉そうに思って、でもサンジはゾロの問いには答えずに、驚いたような顔をしたかと思ったら、今度は赤くなって、それから泣きそうになって。
「テメェには関係ねェだろ!」
それから怒った。
(なんだぁ?)
もしかして、バカにされていると思ったのだろうか。
「テメェには関係ねェ・・・・・・・・」
今度は小さく。
そんなつもりはなかったのに、サンジを怒らせてしまった。
「お前、オレの嫁になれ」
とりあえず、なんでサンジが怒り出したかはわからないので、率直に言ってみた。
また怒り出すかと思ったら、今度はポカンとアホのように口をあけている。
「な、な・・・・・・・・・・・・」
(あー、やっぱ男だからかな)
普通は、あんまり男は「嫁」にならない気がする。
ゾロだってそう思うけど、でも。
「ロビンだっていいっつってたぞ」
「ろ、ロビンちゃんに言ったのか!?」
「だから嫁」
怒って蹴られるかなと思い身構えたら、サンジは今度は困ったような顔をしたりする。
あのぐるぐるの眉毛が下がって、また泣きそうな顔だ。
(まいったな)
多分、自分の嫁ってのは大切にしないといけないものだと思うのに。
「テメェが・・・・・・・・・」
「ぅん?」
「テメェがどうしてもっていうなら、なってやってもいい」
聞き取れるか聞き取れないかくらいの、本当に小さい声。
(・・・・・・・・・・・・・・・・・あ)
それから、笑った。
怒ったり、困ったり、笑ったり、忙しい顔。
それでも。
(・・・・・・・・・・・・・・)
わかった。かもしれない。
その笑った顔で、わかったかもしれない。
「ふと気がつくとその人のことを考えている」とか。
「その人のことを考えるとドキドキする」とか。
「その人といると楽しい」とか。
「ほっとけないって思う」とか。
なんだか人によって、きっと「好き」は色々あるのだ。
ゾロにとってきっと「好き」とは
(これか)
これだ。きっとこれだと思った。
それを言葉で表すにはどうしたらいいかはわからない。
ロビンやウソップみたいにうまく言えない。
「好き」だ。
サンジは「なってやってもいい」と言った。
嫁になるくらいだから、きっとゾロが「好き」だ。そんな確信。
料理の手をとめて、コチラを向いて、俯いて立っているサンジ。
ゾロが立ち上がって一歩近づいたらビクリを肩を揺らす。
「好き」は知らなかったが、「セックス」とかそういうのは知ってる。
よしこれは多分キスをするタイミングだと思った。
多分サンジもキスを待ってると思った。
キスをしたいと思った。
「テメェよりずっと前からオレは・・・・・・・・」
「鷹の目のミホークに恋してる大剣豪予備軍さーん!ミホークをお嫁にもらうには、やっぱりミホークより強くなくちゃね!大剣豪になってその場でプロポーズってどうかしら」
「ゾロー!お前オレのこと好きって言ったよな。オレも好きだぞ!ウソップに聞いたんだけど、好きなヤツ同士って『ケッコン』するんだろ?オレゾロとだったら『ケッコン』してもいいぞ!」
あとちょっと、というところでバーンとラウンジの扉を開いてナミとルフィが入ってきた。
それぞれ、早口に好き勝手に喋り始める。
「あー、それは」
勘違いだった。
今、やっと本当の「好き」を見つけたから邪魔すんな。
そう言おうとして。
「へぇぇぇぇ・・・・ロロノアさんは、そりゃまたたくさんの『好き』を持ってるんですね・・・・」
サンジのオーラに飲まれた。言葉がつまる。
「一昨日きやがれこの浮気もんがーっ!!」
ちょっとこのまま鳥になってしまうんじゃないかってほど、空を飛んだ。
飛んだまんま考え事をする余裕があったくらいの長い空中飛行。
それから、ドブンと海に落ちる。
(まいった)
また、サンジを怒らせてしまった。
嫁は大事にするものなのに。
(嫁だよな)
一度、なってやってもいいって言ったのだから、あの瞬間からサンジはゾロの嫁だ。
とりあえずは、「好き」ということがわかって、ゾロは満足だった。
あと、始まりからいきなり躓いたのもわかった。
前途多難なのも。
(まぁいいや)
ゾロは「好き」をわかって、「嫁」を手に入れた。
'04.07.06