『飼い主募集』




「可愛い〜v」
「ちっちゃぁいv」
「あー、今舐められたーvv」

とある動物病院の前の歩道、『飼い主募集』の張り紙とともに置かれた小動物用の小さな檻。
つまるトコロ、オレがいるのはその檻の中だった。

「にゃーv」
「やー、可愛いーvv」

檻の細い格子の間に指を突っ込んでいるのはいわゆる『女子高生』たち。
可愛いもの好きの彼女たちだが「可愛い」「可愛い」と口で言うだけで誰一人として家で飼おうとは考えてくれない事をこの5日間で知った。
それでも頑張って愛想を振りまき、指を舐め、ジャレついてみても結局は散々触られて遊ばれただけで、やはりしばらくすると飽きた彼女たちはバイバイと手を振って歩いていってしまった。

『あーあー、またダメかよ‥‥』
『ごくろうなこった』
『あんだよ』

声をかけてきたのは檻の隅のほぅで猫らしからぬぐたっと横に伸びたポーズで寝ているもぅ一匹の猫、
ちなみにオレは真っ黒な黒ネコだったがヤツ三毛猫。ぐるりと腹のまわりを回るようについているブチはまるでハラマキをしているようだ。
本当は檻の中にははもう一匹猫がいた。
常に腹をすかせては騒いでいるヤツで、よく腹が減ったと言っては噛み付かれた。
ソイツの方とはまだ気があって仲良くやっていたのだが一昨日貰われていってしまった。
しかも飼い主は若くて可愛いレディー。うらやましい限りだ。

『お前そんな余裕こいて寝てていいのかよ』
『あぁ?』
『オレが貰われちまったらお前一人だぞ』
『別に飼い主なんていらねェよ』

気に食わねェ。
コイツはいつもこんな調子で人間が檻を覗いてきても愛想のカケラも振りまかない。
わかってねェんだコイツは自分の立場が。
飼い手がみつからなきゃオレらみたいなヤツは保健所に連れて行かれちまうってのによ。

多分コイツとオレは兄弟だ。
模様とか似てないけど、まぁ猫の兄弟なんて似てないもんだ。
よく覚えてないが、、雨の日にしかも生まれたばかりでダンボールの中、前のヤツもあわせて子猫三匹凍え死にそうになっていたオレたちを保護してくれたのがこの動物病院。
ダンボールに生まれたての子猫いれて捨てるなんざヒデェ話だがまぁそのまま蓋されて川に流されなかっただけましか。
しかもこうして拾われた病院で風呂にまでいれられて身奇麗にされ、飼い主まで探してもらっている始末だ。

しかしなかなか思ったように簡単には飼い主は現れてくれなかった。
ちなみにオレ的希望はまず飼い主は絶対にレディーであること。
そしてできるなら若くて、可愛けりゃなおさらイイ。
モチっと細かくいうならば胸がでかくて包容力があって母性溢れるタイプだ。
寒い日はベッドで一緒に寝ちゃったりな。
しかし、最近はそうも言っていられないコトに気が付いた。
昨日聞いてしまった病院のヒトたちの会話———。





これ以上おおきくなったら————。
貰い手が————。
ウチでは————。
保健所に————。

保健所に——————。



子猫の成長ははやい。
大きくなってしまってからでは飼い主を探すのが一段と困難になるのは目に見えている。
だからこそ、自分はこんなにも————。



『テメェなんざ野たれ死んじまえクソが』

目の前の馬鹿はなにもわかっちゃいないんだ。

結局その日も、貰い手はみつからなかった。










閉店の時間になると、オレたちのはいっている檻も病院の中にいれられる。
水は檻の中に常備してあるからソコでエサをもらって食べる。
あとは寝る。
猫は夜行性なんでウソだ。
昼も寝るが夜も寝る。
とくにこのクサレハラマキをみていると特にそう思う。

『なぁ』
『‥‥‥』
『起きてんだろ』
『‥‥なんだよ』

薄暗い部屋のなかで声をかけるとハラマキは煩そうにパタリと尻尾を振って答えてきた。

『なんでオレ貰われないのかなぁ』
『あぁ?知るかよ』
『スゲェ可愛い猫だと思うんだけど』
『自分で言うな』
『やっぱ真っ黒なのがいけねェのか、縁起が悪いってきくしな』
『あっそ』

不機嫌そうなハラマキの尻尾がびたんびたんと左右に大きく揺らされている。

『お前気にならないのかよ』
『あぁ?』
『貰い手みつからなかったらどうなるかわかってんのかっ?』
『別に野良でも食っていけんだろ』
『その前に保健所だよっ!』
『連れてかれる前に逃げ出すさ』

丸くなったままハラマキは顔も上げずにそういった。
別段声には、意地とか、ヤケとか感じられなかった。
コイツは、本気でそう思っているらしい。
ばかだ。ばかばか。
でも、コイツならやっていけそうだ。
子猫なのににじみ出ているこの憎たらしさ。
ここに連れてこられる前にいたずらでつけられたのであろう大きな胸の傷もまぁ貫禄といえなくもない。
でもオレは————。

『不安じゃねェのかよ』

あの寒いバンボールの中と違ってこの暖かな病院はとても安心する。
しょせんは小さい子猫なオレは、守られていることにひどく安心するのだ。
ずっと誰かにたよっていたいとか、依存するワケではナイが、それでも誰かと一緒にいたい。
独りぼっちでいることをツラいと感じるのは甘えなのだろうか。

『ったくオメェはよ』
『うぇ?』

いつのまにか、のそりと立ちあがったハラマキ野郎がオレの横まできていた。

『オレの不安はテメェだな』
『あ?』
『テメェは危なっかしいし一人でやっていけそうにねェしな』
『う、ウルセ』
『テメェと離れるのがオレの不安だ』

ぺろりと、鼻の頭を舐められた。

『う‥‥‥』
『ホラ泣くなよ、しょーがねェやつだな』
『な、泣いてね‥』
『また目ェ開かなくなるぞ、ココに連れてこられたとき目ヤニでお前目開かなかったもんな』
『ウルセー、そのことはいうなっ!』

ここに連れてこられたときオレはガチガチに固まった目ヤニで左目が開かなかった。
病院のお姉さんにごしごしとぬるま湯にひたした布で擦られたのはいまだに覚えている苦い記憶。

グイグイと強い力で目元を舐められるとよけいにツンと鼻の奥が熱くなる。

『オレ、保健所に連れてかれちまうかなぁ‥‥』
『貰い手なんざスグにみつかる』
『でも』
『スゲェキレイな猫だと思うぞ、お前は』
『え?』

ビックリして見上げると、あさっての方を向いたハラマキのヒゲがヒクヒクと不自然に揺れていた。

『ぶっ、なにクセェこと言ってんだ子猫のクセに』
『ウッセ、そりゃテメェもだろ』

その日初めてハラマキネコとくっついて寝た。
温かかった。
母親とはこんなもんかなと覚えてもいない生まれてスグの記憶をたどったりした。










「にゃ゛—」

今日も元気よく檻にはりついて飼い主を求める。
相変わらずハラマキは寝てばかりだったが。

「お。子猫じゃーん」

日も暮れてきてそろそろ病院も終わり部屋のなかにもどされようという頃ひっかかったのは野郎だった。
二人連れらしく、騒いでるのは一人だけで、もぅ片方は愛らしいオレに目もくれずチョト離れたトコロでつったっている。
それにしても両方野郎か。
しかし今日やっと一人目の獲物だ。
うぅ、でも野郎はいやだ。
でもでも選り好みしてたら貰い手なんてみつからない。
ここは妥協も覚えないと・・・。

しかたないので愛想をふりまこうと思ったが体は正直でぱたりと耳はふせられて不機嫌そうに尻尾が揺れた。

「ぬ、可愛くねェネコだな」

なにを、このオレ様にむかって可愛くないとはなにごとだ。
昨日そこのハラマキだって「キレイ」だっつってくれたんだからな。

昨日のことを思い出したらなんだか恥かしくなってゴロリと仰向けになって悶えた。
ぐりぐりと向きをかえながら転がっているを脇腹あたりと指でつつかれる。

「にゃ〜」

くすぐったい、が気持ちイイポイントだ。
しばらくこちょこちょされていたら弄くっていた野郎が檻に貼られていた「飼い主募集」の張り紙に目を留めていた。
ちょっと考え込むような仕草。

ドキドキした。
今までのやつらは遊び相手にはなってくれたが張り紙は気にもとめていなかった。
男はそれから「待ってろよ」と言って動物病院の中に入っていく。

飼って貰えるかもしれない。
期待に胸が膨らんで、それからふと後ろのハラマキのことが気になった。
オレが貰われていっちゃったら、コイツは一人になっちゃうし、オレみたいに愛想を振りまいて貰い手を探すような器用なこときっとできないし。

これ以上おおきくなったら————。

保健所に————。

「オイチビ、ウチに連れてってやんぞ」

カゴの入り口が開けられて、手が差し込まれた。
ずっとこの手を待っていたんだ。
ずっとこのカゴから連れ出して欲しかったんだ。
でも———————。

「にゃ゛—っ!」

優しくその手がカゴからオレを引き出そうとするのに必死で抵抗した。
爪を出して格子に捕まる。
ハラマキを見るとビックリした顔で、口が開きっぱなしになっていた。

『なにやってんだ!貰ってもらえなくなるぞ』
『だってお前一人んなったらどうすんだよ!』
『行けっ!』
『いやだっ!!』

「あらあら、この子たち仲良しだったから、離れ離れになるのがイヤなのかしら」

男の横に立っていた、いつもエサをくれる病院のお姉さんが言う。
仲良しなんかではない。断じてない。
オレはこのバカなハラマキを心配してやってるんだっ!

「なんだ、じゃぁ二匹一緒にオレんとこ来るか?」

え?

「おーいゾロ、ネコやっぱり二匹飼ってもいいだろー?」
「勝手にしろ」





それからのオレとハラマキは、サンジが作ってくれるご飯を食べて、ゾロに遊んでもらって、色違いでお揃いの首輪をつけて。
暖かい部屋で寄り添って眠る。


'03.02.28