サンジ先生のお注射しましょ☆




「オイ、ゾロ!」

ゾロが昼飯を食べたあと、いつものように甲板でうとうとしていると、限りなく大声っぽい小声で呼ばれた。
振り向くと、サンジが男部屋の入り口から、なぜか周りを気にするように目だけだしてゾロを呼んでいる。

「‥‥なにやってんだ?」
「チョット降りて来いよ」

サンジはきょろきょろと周囲を確認しながら人差し指を口にあてて静かにという動作。
どうでもいいけど、まずサンジ自身がカナリ大きな声で喋っている。

「用があるならテメェがあがってこい」

めんどうくさいのでサンジにゴロリと背を向けるように寝返りをうつ。
怒って蹴り込んでくるかと思いきや、サンジは相変わらず男部屋から出て来る気配はない。

「それができたら行ってるって。いいからチョット降りて来い」

そういうと入り口をパタリと閉めサンジは見えなくなる。

ゾロは考えてみる。
行くと面倒なことになりそうだ。かといって行かなくても面倒なことにはなるに違いない。
どちらにしろ面倒な事になるなら、少しでもゆっくり昼寝をしていた方がましだ。
考えはスグにまとまった。

——————。

一つ溜め息をついてゾロが立ち上がる。
そして足はやっぱり男部屋の方に向いていた。
なぜかは聞かないでほしかった。










「オイ、なんだ」

梯子を降りていくと、なぜかサンジは全身にスッポリと毛布をかぶっていた。
ソファに座りながらわずかに手だけを出してコイコイと手招きをする。
なんだかイヤなものを感じずにはいられなかったがサンジの目が隣に座れと促すのでしかたなくサンジの隣に腰掛ける。

「で?なんだよ」
「へへへ」

ソファの上に正座しこちらに向き直り、サンジがいたずらっぽく笑う。

「じゃーんっ」

バサリっと毛布を取り払いさるとサンジはサンジではなかった。
いや、サンジはサンジでありサンジだったがいつものサンジの服装ではなかった。
あまりの服装にゾロは一瞬これがサンジでなければいいと思わずにいられなかった。

「どうよ?」

サンジはウキウキと両手を広げてくるりと背をむけたりしてくる。

ゾロは自分でもはっきりと眉間に皺がよっていくのがわかった。
まさに「はい、眉間に皺はこうやってよせるんですよー」というぐらい。
それに頭も痛くなってきた。
そういえばゾロが頭痛というものをはじめて知ったのはサンジが船に乗ってきてからだったということを思い出す。

「‥‥‥それは?」
「ん?これ?‥‥‥ナース?」

サンジはナースキャップこそつけてはいなかったがあきらかにナース服を、それもおそらく通常のものより丈の短い、薄くピンクがかったコスチュームを身に付けていた。

「‥‥‥なんで?」
「いや、嬉しいだろ?ナース」

ヒゲ面のナースはさも当然のように言ってくる。

「男の夢っつったら裸エプロンとセーラー服とあとナースだろ」

いいながらうんうんと自分で頷く。
ゾロは固まったまま何も言わない。

「なんだよ、んなに見とれてんじゃねーよ」

サンジはなぜか照れ笑いなどをうかべている。

サンジの頭には人としてなにか重要な器官が欠けているのだろうとゾロは常々思っている。
それじゃなかったら人にはないなにか特別な機能が備わっているのかもしれない。
そんなものがあるとしたらきっと眉毛のあたりだ。

「そうだ。チョッパーに小道具も借りてきたんだ」

サンジはソファの横にあった袋をなにやらごそごそとあさりだす。

「小道具?」
「そう。ホラ」

こちらに向き直るとサンジは首から聴診器をかけていた。
手には注射器をもっていた。
そしてなぜか頭には歯医者がつけている銀色の円板状のものをつけている。

「‥‥‥歯科?」
「いや、脳外科」

なんでそんなもん頭につけてるのに脳外科だとか。
それ以前になんでそんな細かい設定までできているのかとか。
そもそもそのナース服はどっからもってきたのかとか。
ツッコミどころは満載で、むしろありすぎて何から言えばツッコンでいけばいいのかわからなくなる。

しかしサンジはその沈黙を呆れたため、とか困ったためとはとらなかった。
軽く鼻で笑った仕草が、「オイオイ感激のあまり声もでねーか」と如実に語っている。

「じゃ、始めっか」
「‥‥‥なにを?」

というかゾロの中ではコレで終わっていた。
しかしサンジの中ではまだ始まってもいなかったらしい。

「‥‥‥お医者さんゴッコ?」

サンジがコクリと首を傾げて語尾あがりに聞いてくる。

「いや、オレに聞くな」
「お医者さんゴッコ」
「言い直すな」
「ナースプレイ?」
「一緒だろ」
「SEX」

長い長い溜め息をつく。
肺の空気がなくなっては深く吸いなおし、また溜め息をついた。

「なんで」
「あ?あぁ。大丈夫。今たくさんオヤツだしてきたからルフィたちは戻ってこねーよ」
「そんなことは気にしてねェし」
「ん?脳外科はダメか?お前頭悪そうだったからいいかとおもったのに。他はどこもかしこも丈夫そうだもんなぁ…‥‥‥精神科?」
「そういうコトじゃねェ!っつーかオレが患者か!?」
「オレドクター。お前クランケ。お医者さんゴッコ」
「その服は」
「‥‥‥‥サービス?」

またサンジはコクリと首をかしげる。
なんだかいろんな事がどうでもよくなる。
最近はそんなことにも慣れた。

慣れたら、慣れたなりの対処のしかたもあるし。

「いや、その服からしてどう考えても————」

ガバリ、とサンジをソファに押し倒す。

「オレが医者でテメェが看護婦だろ」
「あ?」
「さぁて、ココはやっぱり注射か?」
「なんだよ。ヤるきマンマンじゃねーかムッツリスケベめvv」
「おぉ」

下にある体を押さえつけるように体重をかけ、軽く耳に噛み付くとサンジがくすぐったそうに身じろいだ。 そのままサンジのいう『小道具』がはいっていた袋をあさる。
包帯やらなにやらハサミのような器具やらいろいろ入っていたが、なぜかムチもはいっている。
お医者さんゴッコでムチを使うトコロなど想像できない。
やはりアホの思考回路は謎だらけだと思いつつもちょうどよかったのでムチをとり、それでサンジの手を後手に縛り上げる。

「うぁ、なんだよSMか?お前こーゆーのスキなのかヨ。はやくいってくれりゃいいのに」

早く言っていたらどうなっていたのいうのだろうか。
サンジはうつ伏せにせれながらも嬉々として喋りつづける。

「やっぱ毎日のSEXには違った刺激も必要だろ。な。せんせvv」

そういえばコイツは足が危なかったんだ。
思い出して今度は自分の左手にあった手拭いでサンジの足首を縛る。
それだけじゃ足りないと思い近くにあったいつもヤツがつけているベルトで太腿を拘束。

「オイオイ、つかやりスギじゃねェ?オレハードなやつはちょっと‥‥‥」

うるさかったので最後に包帯でグルグルと猿轡をかませた。

「よし」

パンパンと手を払い。サンジの上から降りる。

「うぐぅ?」

アホはいつもよりアホが2割増だった。

「えー、容態悪し。安静にしていなさい」

梯子を上りだすとようやく気付いたのかサンジがあばれだす。
猿轡のせいで言葉になってはいなかったが、なにやら物凄い悪態をつかれているだろうことはわかった。

ゾロが男部屋の入り口を出たあたりで、執念で猿轡をはずしたのか、「放置プレイかクラァっっ!!」という雄叫びが聞こえてきたような気がしたがどうでもよかった。

あのまま放って置けばルフィかウソップが気付いて助けるだろう。
いや、鼻の長いウソツキはピンク色のナース服を着てエビのように暴れるヒゲ面の男には怖がって近づかないかもしれない。
大食いの船長は誤ってむしろさらに自分のゴムの体でグルグル巻きにしてしまうかもしれない。
それはそれでいい。

昼寝の続きをしようと甲板に横になる。
下の方からガタガタとテーブルやらソファやらが倒れる音がしたがあまり気にしないことにした。
考えてしまったら夢に出てきそうで怖かった。


'02.2.29