※このお話は、ヒル魔が恋のキューピッドなパラレル設定になります。
 パラレルが苦手な方はご注意ください。
ルイヒルと恋の銃




「なにやってんだよ」

夕方、遠くの空が少しオレンジがかってきた頃、河川敷に座ってぼんやりしてたら、急に後ろから声をかけられた。
振り向くと、カメレオンみたいな顔をした男が、ちょっと怒ったような目で見てきてる。

オレはコイツを知っている。
葉柱ルイ。16歳。賊徒高校の2年で、アメフト部の主将。

しまったな。顔見知りになるつもりなんてなかったのに、なんで声なんかかけてきたんだろうコイツ。

「別になにも?」

本当に、何してたってわけじゃない。
ぼーっと川の流れなんか見て、これからどうしようかなーなんて思ってただけ。

「最近野良猫にイタズラしてんのテメーか」
「ア?」

その葉柱が、あきらかにケンカ腰な口調で言ってきて、それから視線の先がオレの手元に向いていることで気が付いた。
右手には、銃を一丁持っている。

なるほど。
コイツは、これをモデルガンかなにかだと思って、オレがこれで小動物を苛めてる犯人だと思ったらしい。

「違ェよ」
「…………」

一応否定してみたけど、全然信じてなさそうだな。

「コレはアレだよ。あのー、キューピッドの銃」
「………………はぁ?」

正式な名称は別だったけど、なんて言ったら伝わりやすいかと思って言葉を選んで言ってみたら、葉柱の視線が不審者を見るソレから、キチ×イを見るソレに変わる。
なんて失礼なヤツだ。

「ホントだって」

既にちょっと引いてる葉柱の後ろ、河川敷を歩く男女が目に入って、ちょうどいいやと銃を向ける。

一人は右側から犬を連れて歩いてくる男で、もう一人は反対から自転車に乗って走ってくる女。

銃を向けた先に人がいたことで、驚いた葉柱が「オイ」とか言って焦って手を掴んで来ようとする前に、軽い引き金を人差し指で引く。

ゴツイ見かけの銃は、サイレンサーでもつけてあるかのような「パスッ」とした間の抜けた音を出して、飛び出したピンク色の弾は、狙い通り散歩中の男の胸に当たった。

「…………空砲?」

葉柱が、音の鳴った銃と、それからその銃口が向けられた男を見て、マヌケな声を出す。

あぁ、そうか。
この弾は、テメェには見えないだろうし、撃たれたと思った男がなんともないんだから、そう思ってもしかたない。

不思議そうな顔をしてる葉柱を尻目に、もう一発、こんどは自転車に乗る女も同じように撃つ。
ピンクの弾が胸の真ん中に当たるのと、男とすれ違ったのがちょうど同時くらいで、そうすると女が急に自転車を止めて、地面からなにか拾うような仕草をする。

そうして自転車を止めると、散歩中の男に向かって歩いて行って何かを話しかけた。
遠目には分かり辛いけど、拾ったなにかを渡してるらしい。

「な?」
「な? って…………、なにが?」

オイオイ。お前、今の見てなかったのかよ。
どう見ても、キューピッドによる恋の誕生の演出だったじゃねーか。

「見てただろ。キューピットの銃が、見事カップルを誕生させたじゃねーか」

さっきの男女は、拾得物を渡し終わった後もスグに別れたりせずしばらく立ち話をすると、女が自転車を押して同じ方向にゆっくり歩いていく。
こんなこと、普通あるか? 神の所業だろ。

「………うん。そうだな。じゃぁ」
「待て待て」

葉柱は、鎮痛な面持で何か考えるような仕草をしたかと思うと、急ににこっと明らかな愛想笑いをしてさっと踵を返す。

「信じてねーなテメェ」
「いや。信じた。凄ェな。じゃぁ」
「待て」
「その調子でこれからも頑張れよ。じゃぁ」

ずかずか歩いていく葉柱の後ろをついていくと、返事の総ての語尾に「じゃぁ」とつけてくる。
どう見ても、オレを頭のおかしいヤツだと思ってて、関わりたくねーから早く去ろうとしてるようにしか思えない。

まったく冷てェな。テメェから話しかけてきたくせに。
こっちは、関わり合いになるつもりなんてなかったんだ。誰とも。

なのに久しぶりに人と話なんかしたら、ちょっと楽しくなったってしょうがないだろ。
なにせ、五百年ぶりだ。

「ハバシラ」

名前を呼ぶと、葉柱がビックリして足を止める。
そりゃそうだろう。自己紹介なんてしてないのに、見ず知らずの他人、しかも、頭がオカシイと思ってるやつに名前なんて知られてたら、驚くのも無理はない。

オレに対して関心を失ったようだった葉柱の目に、また警戒の色が浮かぶ。
早々に立ち去ろうとしてた足を止めて、振り返るように体を反転させると、真っすぐに目があった。

「……………………」

オレはこの目を、知っている。
もうずっと前から。

葉柱が、真っすぐオレを見てる。
こうやって顔を見合わせるのは、どのくらいぶりだろう。

でもこの時間は、きっとそう長くは続かない。
だから、葉柱がもっとそうしてたら良いなと思って、「羽」を広げた。

「……………………」

葉柱の目が、ちょっとだけ大きく見開かれる。

仕舞っていた背中の羽を広げて大きく伸ばし、それから空気を打つようにバサリと一度羽ばたいた。
風をうけた葉柱の髪が、少し後ろにそよいでる。

「なに……それ…………」
「ハネ。言ったろ。なにせキューピッドだから。オレ」

葉柱の目には、今オレの背中に広がる大きな羽が見えるだろう。
作り物だと思われるかなと思って、ついでに30センチほどだけ浮いて見せた。

葉柱の視線がオレの顔と羽を往復して、それから足元もチラリと見る。

驚いているからという理由だけだけど、葉柱が他の何も目に入らない様子でオレのことを見ているのは、なんとなく気分が良かった。

葉柱はしばらくポカンとした顔のまま固まって、それからようやく口を開く。

「キューピッド…………」
「そう」
「いや………………」
「ん?」

「……………………悪魔じゃん」

「…………………………」
「…………………………」

………………………………。

まぁ、そうかもな。
一般的に「キューピッドの羽」といったら、白くて、ふわふわの、アレだろ。あの、鳥みてーなやつ。アレを想像するんだろう。

オレの背中にあるのは、黒いし、なにより羽毛じゃない。
骨のような羽の骨格に、被膜が張っているような感じ。例えば、凧みたいな。

まぁもっと適格な例えをするとしたら、蝙蝠みたいな、とか、あとはまぁ、悪魔みたいな。

「酷ェこと言うなよ」

お前、キューピッドに対して開口一番「悪魔」呼ばわりは、どうかと思うぞ。
傷ついたらどうすんだ。

「え、あ、ごめん……」

別にオレはそんなことで傷ついたりはしないけど一般論としてそう言ってみたら、葉柱ははっと我に返ったような顔になり、さすがに初対面の人(?)にイキナリ「悪魔」と言うのはどうかと思ったらしく謝罪の言葉を口にする。

「えーと…………、食う?」

それから、なにやらパタパタと自分のポケットを触って探り、胸ポケットから見つけ出したガムと取り出すと、そう言っておずおずと差し出してきた。

ガムって。お前。
小学生の仲直りか。

「……………………」

とりあえず羽を仕舞って、地面に降りる。
それからバツが悪そうにしてる葉柱の手から板ガムを一枚無言で抜き取ると、葉柱はちょっと安心したような顔を見せた。

葉柱は自分でもガムを一枚取り出し、ポイッと口に放り込むようにして食べて残りをまたポケットに仕舞う。
それからなぜか「はー」とため息の様に長く息を吐いて、よいこらしょとでもいうような感じで、そのまま川の方を向いて座った。

いや、座んのかよ。

「キューピッドって、何すんのが仕事なの?」

そんで喋んのかよ。

「……………………」

どうしたものかと思ったけど、とりあえずオレも同じように、川の方を向いて座る。
ぴったり横にくっついてるのもおかしな話なので、1メートルくらいの距離を開けて、並んで座る男2人。なんだこりゃ。

「さっき見てたろ。アレだよアレ」

人の恋路にちょっかいかけるようなヤツ。

「なんで銃? 普通、矢じゃねーの?」
「時代は進化してんだよ。人間だって、いつもまでの石ヤリ持って動物追いかけまわしたりしてねーだろ」

弓矢なんて旧時代的なものをいつまでも使ってるメリットなんかない。
効率化を求めるのは、どの世界でも一緒だ。

「ふーん」

葉柱は矢継ぎ早に質問してきたくせに、返事に興味があるのかないのか、ぼやっとした感じで手元に生えてる草なんかを指でちょいちょいと弄ってる。

「キューピッドって、みんなそんななの?」
「……………………」

「そんな」ってなんだよ。抽象的すぎるだろ。
あとどう考えても、好意的な表現じゃない。マイナス方向の「そんな」だ。

「かお、あ、えーと、羽とか」

お前今完全に「顔」って言っただろ。
基本的にずっと失礼極まりねーなコイツは。

「違ェよ」
「ふーん。色々ってこと?」

葉柱との会話のキャッチボールは、常に葉柱が質問を重ねてくるから続いてる。
どういうつもりなんだろうと思うけど、まぁ本当は、だいたい察しはつく。

端的に言ってしまえば、コイツは少しナーバスになっているのだ。
来る秋大会に向けて、迷いや不安がある。

ただ立場と性格上そんなことはどこにも漏らせなくて、見ず知らずの他人、多分ちょっと頭オカシイと思ってるヤツと不思議ちゃんな会話をすることで、逃避とまではいかない、息抜きをしてる。
それを当人が自覚してるかどうかは分からないけど。

生活も人生もアメフトも関係ない、「恋のキューピッド」の話。
力を抜いて何も考えずに話せる話題だ。むしろ、考えたら話せない話題だ。

「だいたいは、テメェが思ってるようなヤツだよ」
「マヨネーズのやつみたいな?」
「そう」

とりたてて何か用事があるわけでもないし、それに付き合っても良いかなと思う。
すっかりオレンジ色になった空の下で、川を見ながら葉柱ののんびりした声を聞いてるのも悪くない。

「じゃぁ、テメェは変わってんだ。あ、醜いアヒルの子みたいな?」

お前はもうちょっと言葉を選べよ。
オレの自慢の羽を、「醜い」呼ばわりか。

そんなことを言いながらも葉柱は、手元の草の先っぽを、ちょっと千切っては投げ、千切っては投げ、基本的に興味はなさそうだ。
まぁ、「どうでも良い他人」と「どうでも良い話」をするのが目的だったんだろうし、もしかしたらそろそろ切り上げるかと思ってるのかもしれない。

「まぁ、もともとは悪魔だからな」

ただもうちょっと、会話が続けられたら良いなという思いから、そんなことをポロっと漏らした。

「え?」

そっけないような、なんでもないような口調で言った言葉に、期待通り葉柱がちょっと興味を惹かれたような反応を見せる。

「なんで?」

また質問がくる。これでまた何ターンか、この不思議ちゃんな会話が続くだろう。
葉柱が興味を惹かれて、もう少し会話をする気になっている。

それを、ちょっと嬉しいと思ってる。

「まぁ、イタズラが過ぎて、罰……かな。期間限定の」
「確かに、どうみても悪魔だもんな」

そりゃ、あの羽見たらそうだろう。

「顔」

顔かよ。

なんかお前さっきから、ちょくちょくオレの顔にディスりいれてきてねーか?
ア? もしかしてアレか?
さっきの「醜いアヒルの子」の「醜い」も、顔にかかってるとかいうんじゃねーだろうな。

「イタズラって、何したら悪魔がキューピッドになんてされちまうんだよ」

葉柱の声は、話し始めた当初より、ちょっと楽しそうだ。
どうやら多少の興味を持ったらしい。
といっても、おとぎ話の続きが気になる程度のものだろうけど。

『キューピッドになった悪魔』。
なるほど絵本くらいにはなりそうだ。

実際は、もっとおとぎ話だ。

悪魔が罰を受けた理由は、人間になろうとしたからだ。

もっと言うなら、人間に恋をしたからだ。

「……………………」

お前にだよ、と言ったら、葉柱は驚くだろうか。
もう気の遠くなるくらい昔の話だ。

葉柱は、覚えてない。

「なんだったかな。忘れた」
「…………ふーん」

忘れたと言った言葉を葉柱が信じたかは分からないけど、どうやらオレにはその内容を話すつもりがなさそうだということは察したらしい。

しまったな。
あまりにもそっけなかった返事だ。質問の打ち切り。
これで葉柱とのキャッチボールも終わりだろうか。

でも、それでも良いか。
葉柱とこうして、話してたってしょうがない。

葉柱には何も言わないし、言えない。

昔オレは、たかだか数千年生きたくらいのクソガキのクセに、いや、クソガキだったからこそ、掟というものを知りながらも、そんなもん全部出し抜いて上手くやれると思ってた。
自分だったら出来ると、自信があった。

結局それはただの傲りでしかなくて、その結果、冷たい葉柱を腕の中に抱いてた。
その感触を、ずっと覚えてる。

その後葉柱は輪廻の輪に乗り生まれ変わり、オレはこうして罰としてキューピッドになることになる。

もしオレがまた葉柱にチョッカイをかけたら、葉柱はもう輪廻の輪を外れ、転生することもなく、無と消えることだろう。
もう二度と葉柱を見ることが出来ない。そう思ったら、心臓がぎゅっとなる。

だからもう、葉柱にちょっかいかけるつもりなんてなかった。
たまに遠くから、ちょっと姿を見るだけで良かった。
笑ってる顔が見れると、それだけで幸せだった。

なのに今声を聞いてたら、もっと聞きたい。
くだらない雑談で良いから、時間を共有したい。

オレのことなんてまったく知らない葉柱をずっと見てた。
本当は、思い出せって言いたい。

初めて会ったときのこと、初めて交わした言葉のこと、コイツは何一つだって覚えてない。
そんなの葉柱にはどうしようもないことだけど、それでもなんでテメェだけ忘れてるんだって言いたい。
なんでそんなに簡単に忘れるんだって責めたい。

「…………………………」

話なんて、するんじゃなかった。

「うーん、大変なんだな。戻りてーの? 悪魔に」

葉柱の声のトーンが、少し落ちる。

多分オレはどんよりした空気でも出していたんだろう。
もう会話なんて止めようと思ったのに、ちょっと気遣うような、心配するような声色が耳に心地よい。

そもそもが、おせっかい焼きなんだコイツは。
しょんぼりしたヤツが居ると、見捨てておけない。

もうオレのことなんか放っておけよ。
ずっと忘れてるくせに。

「期間限定って、いつ戻れんの?」
「…………さぁ」
「分かんねーの?」

葉柱が、オレのことを気にしてる。
葉柱の感情ではきっと、迷い犬を見つけて困ったな、とかそんなのと同じくらいの感じだ。

それでも、気にしてる。気にかけてる。オレのこと。

独り言のように「困ったなー」などと言って、今、オレのこと考えてる。

「ノルマがあるから」
「え?」
「さっき見てたろ。ニンゲンくっつけるやつ。あれのノルマ」

それが嬉しくて、気持ちよくて、もう止めようと思うのに、またそうやった会話を振った。

「あー。なるほど。それでキューピッドに」

そう。キューピッドになって、カップルを作る。
それがオレに与えられた罰。

「ノルマ大変なのか? あとどのくらい?」
「……………………」
「それも忘れちまったとか?」
「……………………………一組」
「……………ふぁ?」

ノルマは一組。それが出来たら、晴れて悠々自適な悪魔生活に戻る。

「なんだよー! 深刻そうな顔してっからどんだけ残ってるのかと思ったら、あと一組かよ!」

葉柱は拍子抜けしたとでもいうような感じで、声からは深刻さが抜けた。

「あ、記念すべき最後の一組を、誰にしようかとかそういう悩みか?」

それから、だったら大物芸能人カップルはどうかとか、一流アスリート同士が良いとか、アドバイスなのか面白がってるのか、適当なこと言って笑ってる。

「まぁでも、悪魔に戻ってもあんま悪いことすんなよ?」
「……………………」

隣の葉柱が立ち上がるのが、気配で分かった。
夕暮れだった景色は、もうすっかり薄暗くなってる。

横目で葉柱を見てみたら、川を見てる葉柱の横顔が見えた。

オレが初めて葉柱を見たのも、横顔だったのを覚えてる。

「あと銃は見えないように持っとけ。また疑われんぞ」
「……………………」

そういえばそうだったな。
葉柱が話しかけてきたのも、小動物への悪戯犯として容疑をかけられたからだ。

でもそうそういねーよ。
わざわざそんなんで声かけてくるヤツなんて。

お節介野郎。

「じゃーな」

葉柱が、オレを本当にキューピッドだと思ったか、ただホラ吹きだと思ったか、はたまた頭のおかしいヤツだと思って適当に話を合わせただけなのかは分からない。

きっと数日経てば、そんな相手と話したことも忘れるんだろう。
対して重要でもない、どうでもよいこと。

またオレだけが、覚えてるんだろう。

葉柱と話した、一字一句を覚えてる。
葉柱の、笑った声を覚えてる。
怒ったときにちょっと尖らせる口の形と、驚いたときに少し見開かれる目を覚えてる。

キューピッドになってから、ずーっとそれを思い返して生きてきたんだから。

ノルマは、「あと一組」なんじゃない。
最初からずっと「一組」だ。

たった一組のカップルを作るのが、オレのノルマだ。

オレが、葉柱への未練や執着を捨てて、自分の手で葉柱と誰かをツガイにさせたら、それで終わりだ。
たったそれだけ。

昔二人で合って、葉柱がそわそわしながら、周りに誰もいないのに、なぜかコッソリと「好きだぜ」と言った声を覚えてる。
その後に、照れて笑った顔を覚えてる。

どうしても忘れることなんて出来ない。


何年経っても何百年経っても、何回生まれ変わっても、やっぱりテメェのことが好きで、だからこの罰が、終わることなんてない。


'16.09.30