ルイヒルの片思い




「オレ、テメェのこと好きなんだけど」

っていうのを、ヒル魔は「薬局で湿布買ってこい」ってのと同じテンションで言った。

「………………え?」

500万の賭け試合に負けてから、死ぬほどどうでもいい用事でヒル魔にこき使われてきた。
中には、それホントに必要か? みたいなのもあって、多分、嫌がらせでされてんだろうなーと思ってた。

今日も、そのくらだない用事の一つである「コーラ買ってこい」なんて命令で、缶一個もって泥門の部室までやってきた。
言っとくけど、それオレに頼んでも、結局スグそこの自販機で買うだけだからな。
テメェで買った方が百倍早ェよ。
こんなの、嫌がらせ以外のなにものでもないだろ。

「…………えーと」

聞き間違いかなー? と思ってヒル魔のことを見てみる。
誰もいない部室で、いつもと同じ椅子に座って、いつも開いてるノートPCを前にして、ただいつもと違うのは、視線がそのPCじゃなくて、まっすぐコッチを見てるってとこだ。

「聞こえなかったのかよ糞カメレオン」

聞こえた、と思う。
オレの聞き間違いじゃなければ。
でも、本当に間違いじゃないかよく分からないから、念のためもう一回言ってみて欲しいんだけど、全然そんなこと言い出せる雰囲気じゃねェのな。

だってこれって、所謂「愛の告白」ってヤツだろ?

「あー…………」

買ってきて、まだ渡してない握ったままのコーラの缶が、結露して濡れて滑る。
もしかしたら、オレが異常にかいてる手汗のせいかもしれないけど。

だって、異常事態だろ。
告白されたんだけど、オレ。

告白だけなら、何度かされたことがある。
ちょっと可愛い子だったら付き合ってみたりして、めんどくさかったら適当に断ってみたりもした。

そういう過去の例にあてはめて考えると、じゃぁ今のこの目の前のヤツは可愛いかどうかってところから考えるんだけど、可愛くはない。
全然、可愛くはない。
それどころか、男だもの。

「テメェ、男好きなんだ」
「うん」

「はい」とも「いいえ」とも答えられないでとりあえずそんなことを言ってみると、飄々とした声で返される。
ここで肯定が返るってことは、やっぱりさっきのは聞き間違いじゃないんだよな。

正直、ムリ。
だって男だし、しかもヒル魔だぞ。

とりあえず、ヒル魔のことを怒らせず、且つ、一応あんまり傷つけずにやんわりと断る言葉を探してるうちに、ヒル魔が立ち上がってこっちに足を踏み出してくる。
なんとなく一歩引きそうになるのをぐっと耐えてその場にとどまる。

だって、ビビってると思われたら癪じゃん。
だからといってこうしてても、呆けてアホみたいに突っ立てると思われてるかもしれないけど。

「テメェ、オレとセックスとかできる?」
「いや……ちょっと…………」

ムリデス。

だって、男とのセックスってアレだろ?
ケツ使ってどうこうしようぜってヤツだろ?

掘られるのなんか絶対勘弁だし、じゃぁ掘る方ならいいのかって言われても、男相手じゃ勃たねェよ。

「ふーん」

ヒル魔はなんか、普通の顔して歩いてきて、一歩前で止まる。
いきなり告白なんかしてきた男を、こんなに近寄らせるのってマズいんじゃないかと思ったけど、なんかあまりにも普通すぎるから、こっちも慌てにくいじゃん。

ここで冷静じゃなくなったら負けみたいな気がして、どうにか「それがなにか?」みたいな顔を作ってみる。
成功してるかどうかは、分かんねェけどな。
特に、コイツ相手だし。

ヒル魔の視線がジロジロと、頭のてっぺんからつま先までを往復する。
多分、観察されてんだよな、オレ。
なんなんだ。居心地悪すぎるんだけど。

ひとしきり観察されると、ヒル魔がコチラに腕を伸ばしてくる。
その動作が酷くゆっくりなせいで、振り払うことも忘れてされるがままになってると、腕はそのままそーっと首に回された。

「………………」

キスするみたいな体勢じゃん、とか、ぼんやり考えてると、やっぱりそれはその通りで、ヒル魔の顔が近づいてくる。
それも、やっぱり酷くゆっくりな動作で。

振り払う時間も、突き飛ばす時間も存分にある。
ただ、考える時間にしては多分、短すぎる。

どうしようと思っている間にヒル魔の顔が近づいてきて、このままだと口がくっつくなと思った瞬間、咄嗟に横を向くようにして顔を逸らした。
そうしても、ヒル魔の動作は何も変わらず、そのままゆっくりと近づいて、それから音もなく頬にキスをした。

「送ってけ」

時間をかけて近づいたけど、離れるのは一瞬で、いつもみたいに自分の鞄をポンと放り投げてきた。

「…………おぅ」

なんだったんだろう、今のは。

ズカズカと歩いていくヒル魔の後ろ姿は、いつも通りだ。
告白もキスも、まるで無かったみたいな。

そういや、告白に返事もしてないし、キスも、大分雑なやり方で拒否をした。
ちょっとマズかったかな。
だって、こんなヤツ相手とはいえ、あんまり冷たかったり、不誠実なやり方でフったりするってのは、なんか悪いじゃん。

でも、今のヒル魔があんまりにもいつも通り過ぎたから、「さっきの話の続きだけど」なんて言い出すのには気が引けた。
だって、どうせフルんだから尚更だ。

ヒル魔が別にいいなら、なかったことにしてもいいんだろうか。
なんとなく卑怯な気がしたけど、しょうがない。
多分コイツも、オレの返事なんて求めてないのかも。

だったら、告白なんてしてこないで欲しかったけど。



それからいつもの通りヒル魔を送って、家の前で降ろしたときにちょっとだけ緊張する。
そんなこっちの心境を分かってるのかいないのか、ヒル魔がやっぱりいつも通り「ゴクロウ」とかフザケたこと言って、手をヒラヒラ振りながら帰ってった。
なんなんだ。



ただ、これ以降、ヒル魔を迎えに行くと、必ずキスをされるようになった。

最初のときと一緒で、ゆっくりと顔を近づけてくる。
なんでか分からないけど、独特の雰囲気があって、そうされると振り払えないし喋ることもできなくなる。
それでも半分くらいまで近づくと、耐え切れなくなって顔を逸らす。
ヒル魔はまったく気にした素振りを見せず、そのままの軌道で頬にキスをする。
顔を逸らさなければ、口にあたってただろうと思う位置に。

ハッキリ断らないのは、酷いんじゃないかとも考えるけど、あれ以来「好きだ」ってことは言ってこなくて、どうしても切り出し方に困る。
じゃぁキスをもっと拒んでみればと思うけど、雰囲気にのまれるのと、可哀想な気がしてできない。
そのクセ、顔は逸らして拒否してるんだから、もっと酷いのかもしれない。

そういうので、ヒル魔は傷ついたりしないんだろうか。

「送ってけ」

ある種儀式みたいになったいつものキスをして、ヒル魔がいつも通りにそう言う。
もう何回したかも分からない。

「あぁ、コンビニ寄ってけよ」
「途中のとこでいーのか?」
「おー」

コンビニに寄るのは、珍しいけどまったくないってワケじゃない。

コンビニの駐車場で、バイクに跨ったままヒル魔を待つ。
2、3分で出てきて、また後ろに乗っけて家まで送る。

「荷物、持って来いよ」

家の前でヒル魔を降ろしたら、コンビニの袋をポンと投げ渡された。
持って来いって、別に重いもんでもなんでもねーじゃん。
軽い箱が一個入ってるだけ。
こんなもん自分で持ってきゃいいのにと思いながら何の気なしに袋から透ける箱を見て言葉が凍る。

「………………」

コンドームじゃねーかよ。
テメェなにこんなもん買ってんだ。
いや、買ったっていいけど、オレに持たせたりすんじゃねーよ。

「怖ェ?」

固まったままでいると、ヒル魔がニヤニヤしながらそんなことを言う。
怖ェって、なにがだよ。
あぁ、テメェの家に上がるのが?

正直言うと、怖ェよ。
だって、お前ゴムなんか買ってんだもん。
オレ連れ込んでナニする気だよ。

ただそうやって聞かれたら、素直に「怖い」なんて答えられるわけねーじゃん。
テメェだってそれ狙ってそうやって言ってきてんだろうけど。

「別に?」

そこまで分かってんだから止せばいいのに、口はやっぱり強がってそんなことを言った。

「じゃ、ついてこいよ」

返事もまたずに歩き出すヒル魔の背中を、ハメられたような気持ちで見る。
手に持った箱にちょっと迷ったけど、こうなったらしょうがねェかとバイクをとめて後ろに続いた。
まぁ、最悪殴り合いになったら、勝てるだろ。



初めて入ったヒル魔の部屋は、殆ど物の無い、あまり生活感の無い部屋だった。
狭い1Kに、ベッドとパソコンラックがあって、あとはテレビも何もない。
まぁ部屋自体、それだけ置いたらいっぱいいっぱいな感じだから、置こうにも置けないのかもしれないけど。

「その辺適当に座れよ」

ヒル魔がパソコンラックの前にある、この部屋唯一の椅子に座りながら言う。

そうなるともう、座るところってのはベッドくらいしかない。

「………………」

バカみたいに突っ立ってるのも癪で、意識してないフリを装いながらベッドの端に腰掛けた。
そういえばと思い出して、手に持ってたコンドームもヒル魔に渡し返す。

よく考えりゃ、ドアの前でこれだけ渡して、部屋になんか上がらなければよかった。
荷物持って来いって言われただけだし。

一度座ってしまうと、立ち上がるのにはなんかの理由かタイミングが必要に思えて、ヒル魔の部屋を見回して間を潰してみたりする。。
といっても、やっぱパソコンラックがあるな、あぁ、パソコンは2台あるんだな、で、終わりだ。
この部屋の中であと見てないのは、その住人であるヒル魔くらい。
ただなんでか、気まずくてヒル魔を見ることが出来ない。

「なにビビってんだよ」
「……別にビビってねーよ」

ヒル魔のつま先を見ながら言い返す。
目ェ合わせらんない時点で、ビビってんのが丸分かりだろうけど。

そのままヒル魔のつま先を見てると、それが立ち上がってこっちに歩いてくるのが見える。
歩くったってこんな狭い部屋の中、ほんの一歩程度ですぐそこまできて、ヒル魔が隣に座るとベッドがキシっと音を立てながら撓む。

それからヒル魔の腕がそーっと伸びてきたので、いつものヤツだと分かる。
いつもの、キスするやつ。

でもいつもは泥門の部室で、立ったままで、こんなとこに座ってそうするのは初めてだ。
もうされ慣れすぎてて、あと何秒で唇がくっつくかも分かる。
いつもの通り唇をちょっと見て、それからやっぱり顔を逸らした。
頬に口がついて、それが離れれば、またなんでもなかったように振る舞うに違いない。

そう思ってたのに、キスが終わってもヒル魔の腕が解かれない。
いつもだったら、あっという間に離れて、まるでキスなんかしたこともないような雰囲気に戻るのに。

「テメェ、オレとセックスできる?」

その質問を聞くのは二回目だ。
前のときは、なんて返したんだっけ。

とんでもない質問だけど、逆にチャンスかなとも思う。
今まで黙ってキスしてくることしかしなかったから切り出せてなかったけど、そういう会話を振ってもらえれば、テメェとはそういうこと出来ねェって、やっとハッキリ断れるから。

「オレ……」
「テメェって童貞?」
「違ェよ!」

しまった。違ェよ。会話逸らされてんじゃねェ。

「オレは」
「じゃ、目ェ瞑ってりゃ女と一緒だから」
「…………」

女と一緒ってことは、オレは掘られる方じゃないってこと?
そう思うと、知らず身体に入ってた力がちょっとだけ抜ける。
いや、だからってじゃぁヤろーぜって気にはなんねーけどさ。

「……っ、やめろって」

ヒル魔の腕が片方解かれたなと思ったら、軽く股間を撫でられた。
手ェ早すぎるだろ。

「ヘーキヘーキ、ゴム買って家まできといて、今更尻込みしてんじゃねーよ」
「ゴム買ったのはオレじゃねーよ」

そんなこと言ってる場合じゃないのに、ついヒル魔のペースに引きずられる。
そんなんだから、今だってこんなことになってんのに、オレって学習しねェのな。

ただ、ヒル魔がベッドから降りて、膝の間に跪いたのを見ると、さすがにちょっとドキっとした。
手が既にベルトにかかってるから呆けてる場合じゃないんだけど、だって、あのヒル魔だぞ。

目の前に跪かれると、優越感とか征服欲みたいなものが刺激されて気持ちいいと思うことを否定できない。

500万を盾に好き勝手振る舞う暴君が、オレの前で膝をついてる。
傅くみたいに、頭を垂れてる。

押し倒されたんならブン殴れたと思う。
ただこういう方法をとられたら、マズイって気持ちと、ザマアミロみたいな加虐心が半分ずつくらいになって、咄嗟にヒル魔を止めることを躊躇った。

ベルトが外されて、ジッパーが下ろされるのを他人事みたいな気持ちでぼんやり見る。
細くて長いヒル魔の器用そうな指先は、一切の躊躇いもなく無駄もないように動く。

こういうの、慣れてんのかな。
男好きみたいだし、初めてじゃねェのかも。

そういや、告白の返事にも拘ってなかったみたいだし、そもそもアレも告白だったんだろうか。

オレが、デカい胸のオンナ見て、ヤリてーな、とか思うのと同じくらいの気持ちなのかも。

そのくらいだったら、出来るとこまでなら付き合ってもいいかもなーって気がしてくる。
勃たなかったら諦めてもらうしかねーけど、しゃぶってもらうくらいなら、むしろオンナより興奮するかも。

「怖けりゃ目ェ瞑ってろよ」
「だから怖くねーよ」

ヒル魔の手で、あっという間に性器がむき出しにされて、それを見ながら軽口を叩く。
やっぱ慣れてんだな。

「ん…………」

手で軽く揉まれたなと思ったら、すぐに舌で舐められた。
熱くてヌルヌルしてるソレが、性器の上を這いまわる。

ヤバい。そういやオレ、セックスとかしたのっていつぶりだっけ。

最後まではヤル気にはなれないから、勃たなけりゃいいなと思ってたのに、変な興奮も手伝ってそれが簡単に勃起する。

口に含まれると、その熱さにそういえばしゃぶられるのってこんな感じだったななんて思い出す。
ただ、咥えてんのがオンナじゃなくて、男で、しかもヒル魔なんだけど。

それからヒル魔の、あの尖った牙も思い出した。
よく考えたら、なんか凄ェ危なくねーか?

なんとなく牽制するような気持ちでヒル魔の頭に手を置いたら、どう解釈したのかヒル魔が咥えたまま鼻で笑ってる。
かかる息がくすぐったい。

手でも熱心に愛撫されてて、その手が片方離れたなと思ったら、ヒル魔が自分の下を引き下ろすのが見えた。
そうなって初めて、ちょっと焦る。

だって例えば、シックスナインの体勢とかに持ち込まれても、オレ、男のアレなんてしゃぶれねェと思うし。

そういう心配を余所に、ヒル魔は膝をついた体勢からは動かなくて、ヒル魔の身体で影になっては見えないけど、どうやら自分で弄ってるんだろうなってのが分かった。

見てはいけないようなものを見てる気分。
ヒル魔の弱みを握ってやったような気にもなるし、逆弱みを握られたような気にもなる。

ただ、制服で銃持って暴れまわるヒル魔か、そうじゃなけりゃフィールドで土まみれになってるヒル魔しか見たことがなかったら、今の性的な匂いをさせてるヒル魔を見るのは、なんとなく居心地が悪い。

「ん、勃ったな」

ヒル魔がチュっと唇を鳴らして性器から口を離す。
そういうヤラシイ仕草も尻の座りが悪いような気になるけど、喋るヒル魔がいつも通りすぎてなんとなく毒気を抜かれる。

だいたい、居心地悪いとかなんだかんだいいつつ、こんだけ勃ててんだからどうしようもねェけど。

これからどうすんのかなと思ってたら、ヒル魔がさっき買ってきたコンドームの箱を開ける。
それから一個取り出すと、くるくると器用にこっちの性器に装着された。

これ、つけるってことは、やっぱセックスするってことだよな?

それから、いつ取り出したのか分からないローションを手に取って、ゴムの上から塗り付けるように扱かれる。
そうされると、ヌルヌルしててカナリ気持ちいい。

「じゃ、気合いれろよ」

ヒル魔がそう言って発破をかけてきて、それから立ち上がりベッドに上がる。
これからセックスする相手に、そういう物言いってアリなのか?
それとも、男同士だとそういうもんなの?

立がったとき思わず目をやったヒル魔の股間は、制服のシャツに隠されて見えなかった。
それにちょっとだけ安心する。
だって、他人の勃ったアレなんて見たら、流石に萎えると思うし。

いや、逆に萎えた方がよかったのかも。
だって、やっぱ最後までヤルのはマズいだろ。
そりゃテメェにしゃぶらせるってのに、ちょっと興味を持ったのは認めるけど、セックスまでってなったら、流石に腰が引ける。

「ここまでしといて、今更逃げんじゃねーぞ」

どうしようもなくて動けないでいると、ヒル魔が少しだけイラだった声を出す。

そーだよな。
ここまできてヤらないのって、例えば女相手だったら、オッパイ揉むだけ揉んで、吸ったりしたあげくヤラねーで逃げる感じ?
まぁこの場合、揉まれたのも吸われたのも、オレの方だと思うけど。

「分かってるよ」

釘を刺されてしょうがなく、ベッドの上に膝をつくようにしてヒル魔に向き直った。
ヒル魔はオレが逃げないのを確認すると、満足そうな顔をして、そのまま後ろを向いて四つん這いの体勢になる。

「え? 後ろからすんの?」
「は? 前からしてーのかよ」

いや、別にドッチからしてェとかは無ェけどさ。
確かに考えてみれば、後ろからの方が、顔も見えないしキスしたりなんだりみたいな流れがなくていいのかもしれない。

やっぱ、コイツもそういう遊びのつもりなんだろう。

上だけ制服を着てるヒル魔の背中を見る。
脱いでなくてよかった。
やたらと目立つキンパツに目を瞑れば、どうにか女だと思い込めるような気もする。

ただ、意を決して腰の辺りを掴んでみたら、触った感触がタイヤみたいでそれに失敗する。
女の身体って、痩せてても柔らかく出来てんだな。
どう頑張っても、オンナだと思うには筋肉質にも程がある。

「さっさとしろよ」
「うるせーよ。萎えるから喋んな」

もたもたするなとでも言いたげに、ヒル魔の舌打ちが聞こえてくる。
やっぱ全然雰囲気出ねェのな。
まぁ、お前とセックスするのに、そんなもん出されても困るけど。

気を取り直して、ヒル魔の腰を掴みなおして改めてケツを見てみる。
いつの間にか濡らされて光ってて、準備は万全っぽい。
さっきしゃぶってる間に自分でしたんだろう。

自分の性器を握って、緊張して乾く唇を舐める。
目ェ瞑ってりゃオンナと一緒だとか言ってたな。
でも、オレ、オンナの後ろ使ったことねーけど。

本当に入るのか疑わしいそこに、性器をあてがってみる。
ゴムがあるせいなのか分からないけど、嫌悪感は感じなかった。

「あ…………」

少しだけ力を入れて腰を押し付けると、ヒル魔が小さく期待の籠った声を出す。
ただ、穴の方はキツすぎて、それくらいじゃ全然入る気配を見せない。

もっと強引に行っていいもんなのか?

分からないけど、ダメだったらヒル魔がなんか言うだろうと思って、さっきよりも多少力を込めてそうすると、やっとめり込むようにして性器が穴に吸い込まれる。

「ん、イイ……」

カリが全部入ったくらいで、ヒル魔が腰をくねらせて嬌声を上げてる。
一旦中に挿れてしまえば、締め付けてくる穴は気持ちよくて、男がどうだとかいう問題は気にならなくなった。

「あ、あ、もっとっ……」

弱々しい控え目な声で喘がれるのも、結構気分が出る。
しゃぶらせたときと同様に、ヒル魔をいいように扱ってるってのにも興奮を覚えるし。

最初キツすぎると思った穴は、何度も往復すれば慣れたように具合がよくなって、ヒル魔の口からたまに漏れるか細い声を聞きながらそれを繰り返す。

久しぶりの行為に無心で腰を振って、そろそろイキそうだなと思ってから、ちょっと考える。
一応こういうのって、相手もよくしてやるのが礼儀といえば礼儀だよな?

腰を掴んで突き入れられるだけの行為に、ヒル魔は腰をくねらせて喜んでいるけど、やっぱコイツもイカせてやった方がいいんだろうか。

「あ、ン、早く……あ、イイっ」

探るように腰を回せば、動き一つ一つに反応するように声を上げる。
凄ェ慣れてんだな。

もうイっていい? なんて聞くのも憚られて、ちょっと迷ったけどヒル魔の前を弄ってやることにした。
人の性器を触ることは躊躇われたけど、ここまでしたらもうどうでもいいような気がするし。

腰を掴んでた手を離して、腹の方に手を回すと、ヒル魔の肩が驚いたようにビクっと跳ねる。

「…………ア?」
「ケケ、バレた?」

ヒル魔が首を捻って振り向いて、悪戯が成功したワルガキみたいな顔で笑う。
多分目があったオレは、そうとうマヌケな顔をしていただろう。

だって触ってみたヒル魔の性器は、まったく勃起してる気配もなく、ぐんにゃりと萎えたままだったから。

「なんで……」
「続けろよ」
「だって」
「命令だぜ。ンな中途半端で終われねーだろ」

中途半端っていうのは、コッチのアレの話だろう。
つまり、このままテメェの穴使って、オレだけさっさとイケってことか?

悪そうな顔でニヤニヤ笑ってるヒル魔の顔は、よく見れば額にうっすら汗がにじんでる。
もしかしてこの行為は、ヒル魔にとって苦痛なだけだったんじゃないのか?

「でも」
「命令だっつったろ」
「…………」

ヒル魔とオレは、一応500万の賭け試合による契約で、ご主人様と奴隷の関係だ。
だから「命令だ」って言われたら、それには逆らえない。

そう思いながら、ヒル魔の腰を掴みなおす。
でも本当は、気持ちいいから途中でなんて止めたくないだけのおためごかしだ。

「う、ん……」

また控え目な声を上げるヒル魔を揺さぶって、腰に溜まる快感に集中する。
よく聞けば、声には必死さや苦痛さが滲んでいると思えなくもない。

さっきのことと、今までのことと、もうコイツがどういう意図でこんなことしてるのか分からなくて、混乱しながらただひたすらに行為に没頭した。

「も、イク……」
「うん……」

一応そうやって断りを入れると、満足そうに返事をするヒル魔の声がやたらと下半身にキて、腰を掴む手に力を入れながらそのまま射精した。





「なんで、こういうことしたんだよ」

出した後はなんとなく気まずくて、性器を抜いてゴムを捨てて、服を整えたら耐えられなくなってそう言った。
焦り過ぎて、口調がまるで責めるようになる。

状況だけ見ると、なんかオレがムリヤリヒル魔に酷いことをしたようにしか思えない。
それなのにこんなことを言うのは更に酷いんじゃないかと思えるけど、だってオレが悪いか?

アッチから仕掛けてきたことだし、しかも「イイ」とか「もっと」とか、ワザと言いまくってやがったんだよコイツは。

「なんでだと思う?」

同じように服を整えたヒル魔が、ベッドの上で横になりながらニヤニヤと笑ってる。
余裕のある素振りがムカつくけど、テメェ立てねェんじゃねーの?
オレ、最初全然遠慮してなかったし。

「……初めてだったのかよ」
「まーな」

まさかと思ってた質問に、アッサリ肯定の返事が返ってきて言葉を失う。
だったらなんであんな誘い方なんかすんだよ。

「なんで、そんなことすんだよ……」
「テメェが好きだっつったろ」

だからって、なんか変だろ。

「だって、オレがこうやって愁傷にして見せたら、テメェはバカだから、情に流されてオレに絆されるからな」
「…………」

計算づくかよ。
でも、だったらそんな顔すんなよ。
そんなこと言うなら、もっといつもみたいに、悪魔みてェに笑えよ。

それとも、そういう顔作るのも、計算のウチなのか?

ヒル魔の腕が、すーっとのばされて首に回ってくる。
あぁ、またいつものヤツだ。

たっぷり時間をかけて、顔が近づいてくる。
逃げる時間が、十分に用意された口づけ。

「好きだぜ葉柱」

そうだな。
テメェ、多分、自分の計算通りにいかなかったことなんてないだろ?
あの手この手で下準備して根回しして、そうやってなんでも思い通りにしてきたんだろ?

ヒル魔の顔が、ゆっくり近づいてくる。
いつもだったら、もう顔を逸らすくらいの距離。

テメェは天才だよ。
だからきっと、今回も、テメェの思う通りになる。

近づいてくるヒル魔からはもう顔を逸らせなくて、そのまま初めて唇を重ねてキスをした。


'13.06.27