ヒルルイと犬と豚




ヒル魔を迎えに泥門までバイクで乗り付け、校門からは歩いて部室に向かう。
その途中、狂犬に追いかけられている子豚を見かけた。

たしか、ケルベロスとブタブロス。
泥門ではなぜか犬と、そしてブタを飼っている。
ヒル魔に言わせると、飼ってるわけじゃなくて勝手に居ついてるだけらしいけど。

ブタも、いつまでもこんなとこに居なきゃいいのにと思う。
結構な頻度でケルベロスに追いかけまわされてるのを見かけるから、危ないじゃねェかっていつもハラハラする。

(しょーがねェなー……)

ブタブロスが走ってくる場所に先回りして、泣きながら走る子豚を捕まえて抱える。
それからポケットから飴を取り出し、明後日の方向に放り投げた。

そうすると後を追ってくるケルベロスは方向転換して飴を追いかけだすので、こっちは一安心だ。
こうやってブタブロスを助けてやるのも何度目か。
最初は、ケルベロスの扱いに慣れてなくて、単純に子豚を抱えて守ろうとしたら、あの犬は人間だろうとお構いなしに襲ってきやがるから参った。
今じゃそれに懲りて、犬対策に飴持ち歩くようにまでなったし。

胸に抱えてやったブタブロスは、まだ恐怖から立ち直れないのかブルブル震えたまましがみついてくるようにして泣いてる。
何度か助けてやってるうちに結構懐いてきたから、可愛くなって余計助けちまう。

それに、凶悪な相手から必死で逃げるとこ見てるとさー、なんか自分を重ねて切なくなるんだよな。


「なにやってんだブタ抱えて」


ブタブロスを落ち着かせようとそのまま頭を撫でてやってたら、後ろから声をかけられた。
その、凶悪な相手であるヒル魔から。

最近できた、おれのゴシュジンサマ。
「悪魔の司令塔」なんて二つ名の通り、まず顔が悪魔みてェなの。
で、性格はもっと。

「なにって……」

そんな言い方すんなよ。
「ブタ抱えて」って、確かにその通りだけど、なんかオレ、バカみたいじゃねェか。

「お前んトコの犬に襲われてた」

から、助けてやったんだよ。
優しいだろ。

「あ、そう」

ヒル魔が近づくと、ブタブロスがまた震えだす。
動物の本能って凄ェな。やっぱコイツも危ないヤツって分かるのな。
小動物が腕の中で震えてると、どうしても加護欲みたいなのがムズムズを湧き上がる。

「お前の犬だろ。なんとかしろよ」

お前だったらあの狂犬に、ブタブロスを襲わないように躾られるんじゃねェの?

「だからオレの犬じゃねェっつってんだろ。それに、ケルベロスは役に立つがブタは役にたたねェ」

なにそれ。だから襲われてても放っておくってのかよ。
酷ェなヤツだな。こんなに震えてんのに、可哀想だとは思わねェのかよ。

部室に向かうヒル魔の後ろに、ブタブロスを抱えたまま付いていく。
まだどこにケルベロスが居るか分かんねェし。

でも、ブタブロスが役にたつって分かれば、コイツもちょっとは優しくしてくれんのか?
確かに、なんだかんだ言ってケルベロスには意外と優しいからなコイツは。
ただ利用できるからって理由だとしても。

「ブタだって、結構ヤツにたつかもしんねェじゃん」
「たとえば?」

例えばって、うーん……。

ブタって、どういう役に立つんだろう。
ブタのイイトコってなんだろうなーなんて考えると、真っ先に思いつくのが「美味しい」だけど、そうじゃねェだろ。
ケルベロスと同じ目線で見てどうすんだ。

「まぁ、食ったら美味いかもな」

ヒル魔がそんなこと言うから、腕の中のブタブロスがピーと哀れに鳴いた。
酷ェこと言うな。まぁ、オレもそれは思いついたから文句は言えねェけどさ。

(ブタは確か……)

食用以外っつーと、確か豚って、キノコ探しに使われたりするんじゃなかったか?
ほらあの、トリュフとかの。

「ブタって、犬より鼻が利くんだぜ」
「だから?」

いやだから、役に立ちそうじゃねェ?

「逃げ出したヤツとっつかまえんなら、ケルベロスの方が都合いい」

確かに。
円らな目をした腕のなかの子豚を見る。
ケルベロスみたいな迫力はないし、どちらかといったら懐っこいから人追いには向かなそう。

「えーと、あぁ、ほら、探し物とか見つけられるぜ」

多分、だけど。

「探し物なんてねェよ」
「なんかあるだろ。お前のじゃなくても、部のモンとかさー」

部室にたどり着いて中に入ると、片づけられてはいるものの、防具やらヒル魔の私物やらで結構ごちゃごちゃしてる。
運動部のヤツなんて大抵ガサツなヤツばっかだから、一人くらいなんか無くしたりしてんじゃねェの?

「あぁ、そういえば、糞サルがペンの蓋無くしたとかって騒いでたな」

そうそう、そういうやつだよ。

「なんかソイツの匂いが分かるもんとか無ェの?」
「あー? ちょっと待て」

そういってヒル魔は「モン太」と書かれたロッカーを漁りだした。
いやお前、それ人のロッカーじゃねェの? なに普通に開けて中身漁ってんだよ。

「ほら」

そういって、グローブを投げ渡された。
まぁいいけど。

「ブタブロス、この匂い覚えて、探し物できるか?」

部室の床にブタを下ろして、試しにそのグローブの匂いを嗅がせてみる。
クンクンとそれを嗅ぐような仕草を見せたあと、ブタブロスが「フゴッ」っと得意げに鳴いた。

お、イケるっぽい?

ヒル魔にグローブを返すと、ヒル魔はまた無遠慮にロッカーをあけてそれを戻した。

「ブタと会話って、悲しくなんねェの?」

ニヤニヤしながらバカにしたみたいに言ってくる。
うるせーな。うまくいったらみてろよ。
ただ、ホントにうまくいくのか、オレも結構不安だけど。

「じゃ、同じ匂いがするヤツがどっかに落ちてねェか、教えてくんねェ?ペンの蓋なんだけど」

ブタブロスがもう一度「フゴッ」っと鳴いて、それから迷わずに歩き出した。
おいおい、半信半疑だったけど、マジで結構イケるんじゃねェの?

ただ、ブタブロスが足を止めたのがロッカーの前だったから、ちょっと嫌な予感を覚える。
いやでも、無くしたと思ってたのに、実はポケットの中にありましたーなんてのもよくある話だから、無い無いっつっといて、実はロッカーの中にあるとか?

ブタブロスが鼻でロッカーのドアを押すようにしているから、手伝ってドアを開けてやる。
その隙間から顔を突っ込んだブタブロスが、嬉しそうにさっき嗅がせたグローブを銜えて出してきたので、オレの嫌な予感ってやつが、バッチリあたってたことを知る。

「じゃ、焼き肉の準備でもすっか」
「待てよ!まぁ、そう、そうだな、ほら、その無くしたペンの蓋の匂いを嗅がせてやれば、見つけられるって!」
「バカかテメェは」

そうだな。嗅がせるもなにも、それが無ェんだよな。

えーと、えーと。

「まだ小せェけど、子豚は柔らかくて美味いらしーからなー」

冗談なのか本気なのか分からないヒル魔のテンションにちょっと焦る。
ブタブロスは状況が分かってんだか分かってないんだか、得意げにグローブを銜えたまま、まるで褒められるのを待っているかのように期待した目でこっちを見てくる。

そりゃ、探し物は出来ねェかもしんねェが、こんなに可愛いのに。

「そう、そうだよ」
「あ?」
「可愛いだろ!」

ブタブロスを持ち上げてヒル魔の方へ顔を突きつけた。
ヒル魔が苦手なブタブロスがちょっと暴れるので、慌ててまた腕に抱える。

「愛玩動物は、可愛いのが仕事だろ」

犬だって猫だって、泥棒避けにもネズミ取りにもならなくても、皆飼ってんだろ。
可愛いからだよ。

どうだよこれは。
これだけは、ケルベロスにだって断然勝ってんだろ。

「可愛いのが仕事ねー」

ヒル魔がニヤニヤ笑いながら近づいてきた。
嫌な予感を覚えて後ろに下がると、背中がすぐロッカーにあたる。

それ以上下がれなくなってもヒル魔が近づいてきて、ヒル魔の胸がブタブロスを抱えた腕に触れそうなくらいまできたら、恐怖に耐え切れなくなったブタブロスが暴れて腕から逃げ出した。

「あ、おい……」

そのまま開いてたドアから外に出て行く。

「まぁ、お前も可愛いのが仕事だもんな」
「あ?」

なにか言い返す前に、ロッカーに押し付けられるような形でキスされた。
しかも、結構深いヤツ。

腰を撫でられながら固まってると、視線の端に、またケルベロスに追いかけられてるブタブロスが見えた。


……ごめん。ブタブロス。


自分の境遇と重ねてみたりしてたけど、実はオレの方はとっくに食われちまってんの。

目を瞑って背中に手を回すと、ヒル魔が笑ってんのが振動で伝わる。


お前の方は、食われないように頑張って。


'13.04.22