ルイヒルのヤキモチ




「マックのポテト食いたい」

ヒル魔はたまに、なんの脈絡もなくそういうワガママを漏らす。

拗ねたような口調なのが可愛い。
コイツ、上唇がちょっと上向いてるんだよな。
だから顔もいつも拗ねてるみたいな感じになってて、それがまた余計に可愛い。

「うん。買ってくる?」
「5分で行って来い」

カタカタキーボードを叩いてるヒル魔は振り向きもせずにそう言う。
そのくせ買ってきたら買ってきたで、「冷めててマズイ」とか言って全然食わねーの。

あーもう、ワガママだよなー。

ワガママで、死ぬほど可愛い。





「アイス食いたい」

今日もヒル魔が突拍子もないワガママを言い出す。
アイスなんか、普段全然食ってねェのに。
当然冷蔵庫にだって、そんなもんは入ってない。

「うん。どんな?」
「チョコの」

ヒル魔の家で、ソファを背もたれ代わりにして床に座ると、ヒル魔が脚の間に収まってよりかかってくる。
膝をたてると、まるで肘掛のようにそれに腕を置いて、放っておくとズルズル下に落ちていくのでシートベルトのように腰に腕を回して捕まえておく。

ヒル魔がパソコンを弄らない間は、その体勢で一緒にテレビを見るのが日課になってる。

「じゃ、買ってくる」

腕を引っ張って遊んでるヒル魔からは離れがたいけど、そう言って頭にキスをする。
本当は、いってらっしゃいのキスみたいな感じで口にしてくれたら一番いいんだけど、コイツがそんなことするワケねーからな。

「ダメ」
「あ?」
「オレの椅子がなくなるだろ」

それってさー。
テメェもオレと離れなくねーよって意味でいいわけ?

「でも、アイスねーよ?」

嬉しくなって髪や首にキスを落としてると、ヒル魔はたまにくすぐったそうに身を捩って笑うけど逃げない。
可愛いーなー。幸せで死ぬかも。

「使えねーなー、テメェは」
「うん。ごめん」

笑ってるような呆れてるような口調のヒル魔に謝ると、腕の中でもぞもぞ動いてこっちに向き直ってくる。

顔が見える。あの、ちょっと上向いた上唇も。
この唇の形が可愛くて、死ぬほど好き。

キスしてくれるかな? と思って待ってたら、期待通り顔が近づいてきて、それを待ちきれずにこっちからも唇を追いかけた。

アイスは、今度買っておこう。
チョコがいいなんて言ってたけど、多分やっぱりバニラがいいとか言い出すだろうから、チョコも、バニラも、他にも色々。





そうやって可愛いヒル魔と楽しく過ごしていたんだけど、最近気になることがある。

「Ya−Ha−!」

ヒル魔を迎えに泥門まで行く。
部活中のヒル魔のテンションが高いのはいつものことだけど、最近特にご機嫌なんだよ。

「糞ジジイ! ヘバってんじゃねーぞっ!! テメェブランクでナマってんじゃねーのか?」

…………ムサシが戻ってきてから余計に。

ヒル魔は口汚くムサシに怒鳴りつけながらも、顔がニコニコしてて死ぬほど嬉しそうだ。
ムサシの方も普通な顔してて、多分これは2人の普通のコミュニケーションなんだろう。

「あ? カメレオン?」

ヒル魔はひとしきりムサシ相手にキャーキャー騒いで、やっとコチラに気付いたように振り返る。
しかもそれが、ムサシが視線で指して示したからってのが、なんとなく癪に障る。

「おー、もうそんな時間かよ」

そーだよ。
いつもの、テメェを迎えにくる時間。

テメェはムサシと一緒だと、時間を忘れるくらい楽しいみてーだけどな。

「帰んねーのかよ」

面白くない気持ちで言う。
だって、テメェがムサシと一緒にいると、なんとなく近づきにくい。
長い付き合いみてーだし。
ムサシと一緒にいるときは、他のことは、オレのことは目に入らねーみてーだし。

「ちょっと待ってろ」

ヒル魔がようやくムサシとの会話を切り上げてくれたと思ったら、視界の端、グラウンドの遠くの方で泥門のユニフォームを着た誰かが転ぶのが目に入った。

「コラー! なにやってんだテメェは!」

それが異常に気に入らなかったのか、ヒル魔が肩に担いだマシンガンをパラララとそっちに向かって打ち始める。
あーぁ。始まっちまったよ。
こうなったら自分の気が晴れるまで暴れまわるからなコイツ。

またちょっと帰るのが遅くなるなーと思ってたら、ムサシがヒル魔に「やめろよ」みたいな声をかけてるのが聞こえる。
ムダムダ。
誰かが止めたら、余計楽しくなって続けるくらいだもんソイツ。

そう思ったのに、ヒル魔は「なんだよ」とか文句を言いながらも、アッサリマシンガンを肩に収めた。

え? なんで?

「そーいうのやめろっていつも言ってるだろ」
「うるせーな。アイツがドンくせーのが悪ィんだよ」

ヒル魔は鬱陶しそうに返事をするけど、それ以上銃に手を伸ばしたりしなかった。

なんで? テメェ、ムサシの言うことだったら素直にきくわけ?

テメェが人の指図うけてるとこなんて、初めて見た。
誰が何言ったって、言うこと聞いてるとこなんて見たこと無い。

ムサシだから?

ヒル魔が部室に入って、着替えて出てくるのをぼんやりと待つ。
今見たのは、なんだったんだろう。
別になんでもないことのようにも思えるし、大事件のようにも思える。

たまたまだったのかもしれない。
ヒル魔が、もうやめようと思ったところで、タイミングよく声がかかっただけかも。

多分、そうじゃないけど。

よく分からないもやもやした気持ちを抱えたまま、ニコニコした顔で部室から出てくるヒル魔を後ろに乗っけて、いつも通り家まで一緒に帰った。





またソファの前で寄りかかりながら座ってると、ヒル魔がパソコンの前から立ち上がるのが気配で分かった。
膝の間にくるかなーと思って待ってたら、一度キッチンに向かって冷蔵庫を開けて、それからいつも通りオレを椅子代わりに寄りかかって座る。

すぐに腰に手を回してから、ヒル魔が牛乳パックを持ってることに気づいた。

「ちゃんんとコップ使えつったろ」
「うるせー」

ヒル魔がコップを持っていないから注意したら、鬱陶しそうに返事をされて、忠告を無視したヒル魔がパックのまま口をつけて牛乳を飲む。

別にそういうの、いつものことなんだよ。
このやりとりだって、何回かしたし。

ただ、急にさっきのムサシとヒル魔のやりとりを思い出したら、そうやってダラしなく牛乳を飲むヒル魔に腹がたった。

「なんでテメェはそうなんだよっ」
「はー?」

どうでもいいことなのに、イライラからつい口調が荒くなる。

だってコイツ、オレの言うことは一個もきかねーの。
そんで、ムサシの言うことだったら、あんなにアッサリ聞くんだよ。

よく分からなかったもやもやは、ハッキリとしたムカつきに変わって、思わずヒル魔の身体を離して立ち上がった。

「なんだよ」

ヒル魔が、ちょっとビックリした顔でこっちを振り返って見上げてる。


「………………」


…………お前、牛乳でヒゲできてる。


もー、なにやってんだよ。
バカみてェだろ。

キョトンとした顔して、口の上に牛乳つけて白くしてんの。
マヌケすぎる。マヌケすぎて、そんで可愛い過ぎる。

急に気持ちが萎えて、ガッカリしたような気持ちでティッシュを引き抜くと、ヒル魔の口元を拭いてやる。
ヒル魔は当然って感じで目を瞑ったままされるがままになってる。
子供みてェ。

牛乳が綺麗にとれたのを確認して、そのまま口元を見る。
やっぱり、上唇がなんか可愛い。

ヒル魔が腕をひっぱるので、ソファとヒル魔の間に入って、またいつもの体勢に戻る。
気が抜けて、ヒル魔の髪に顔を埋めるように首を垂れた。

コイツ、頭小せェな。

ヒル魔がまたコクっと喉を鳴らして牛乳を飲んで、それからそれを前のテーブルに置いた。
それ片づけるのも、当然オレなんだろうな。

「で、なに怒ってんだよ」

なにって…………なんだろう。
多分、ムサシの言うことだけ素直に聞くテメェに、ムカついてんの。

「テメェ、なんでオレの言うこときかねーの」
「はぁ? なに、オレに言うこときかせてーの?」

そーじゃねーけど、まぁ、そうなのかも。

「だって、ムサシの言うことなら聞いてたじゃん」
「あ? いつだよ」

無意識かよ。
多分、そんくらい自然なことなんだろうな、テメェとムサシの間だと。

「それに、ムサシの前だとなんか可愛いし」

いっつも凄ェにこにこしてる。
死ぬほど嬉しそうに。

「ほー。じゃぁ今テメェの前にいるオレは可愛くねーんだな」
「…………そーじゃねーけど」

でも、だって、テメェにとってムサシって、なんか特別なんだろ?

「なに? ムサシと一緒になりてーわけ?」

そうなのかな。
テメェがあんなにいつもニコニコして懐いてくるなら、そうなりたいかも。

「そーかも」
「言っとくけど、オレはムサシとはキスもしねーしセックスもしねーからな」
「じゃーやだ…………」

素直にそう答えたら、ヒル魔が苦笑するみたいに笑ってるのが身体から伝わる振動で分かる。

「それに、オレ、ムサシにはワガママ言わねーよ?」
「あ?」
「ワガママ言うの、テメェにだけ。好きだろ? オレにワガママ言われんの」
「…………うん」

だって、可愛いし。

ヒル魔がもぞもぞ動いて、腿の上に跨るようにしてこっちに向き直る。

「ハバシラ」
「うん」
「アイス食いたい」
「……うん、買っといた」

そう言ったら、ヒル魔がぎゅーっと抱き着いてきて、よしよしと頭を撫でてくる。
褒められてんだろうな。

チョコのやつでもなんでも、ちゃんと用意しといたから。

「ストロベリーチーズケーキで、中にクッキーが入ってるやつ」
「………………」

それは、買ってねーわ。

ヒル魔の可愛い上唇が、にーっと横に開かれて、死ぬほど意地悪そうな笑顔を作った。


'13.06.27