ヒルルイの借金返済




「奴隷のくせに口応えしてんじゃねー」

って言ったのは、家に送らせてそのまま上がらせた葉柱が、グチグチと日々のお使いやら送り迎えやらに文句をつけてきたから。

こういうときに、だいたい葉柱の言うことは決まってる。
「くだらないこと頼むな」とか「面倒臭ェことやらすな」とか。
特に海苔缶の乾燥剤を詰め替えさせたとこがお気に入りで、毎回言ってくる。

そのくせ、お使いだって送り迎えだって、頼んだそのときには文句は言わない。
つまりコイツは、別にいいと思ってんだよ。
なんだかんだ言っても、呼びつけられりゃ喜んで飛んでくるくらいオレに惚れてんだから。

ただこうして、家に招き入れてやったときに、他の作業に夢中で放っておくと、決まってそういうことを言う。
寂しくて構って欲しいけど、甘えるなんて上等な手段がとれないから、どうでもいい文句をつけてきて構って構ってとアピールしてるわけだ。

適当な口喧嘩でさえ、コイツは構ってもらえてると思ってにこにこと喜んで、悪い頭で少ない語録から一生懸命人をバカにする言葉を選んでやり返してくる。

だから当然、次もすぐに何らかの反論が飛んでくると思ったのに、なぜかこのセリフにだけは、それまで浮かれてた葉柱がムッツリと黙った。

「あ?」

反論がねェなと思って振り向くと、ソファに座った葉柱が、ちょっと口を尖らせて下を向いてる。

「…………奴隷じゃねーもん」

なに言ってんだ。
奴隷だろ。
忘れたのか。500万の賭けを。

「………………コイビトだもん」

言った葉柱は、そのくせじわりじわりと顔を赤くして、こっちがなんと返してくるのか、期待のような、不安のような、照れた目でチラチラと伺ってくる。

だいたい「もん」ってなんだ。
なにを可愛い子ぶってんだか。

作業の手をとめてソファの隣に座ったら、葉柱は嬉しさを堪えきれないようににまにまと口の端を上げて笑う。
頭を撫でると目を細めて、顔を寄せるとキスに応じる。

「奴隷だろ」

胸に懐いてくる葉柱の撫でながら言ってやったら、葉柱はただでさえデカい目を、さらにくわっと見開いて、ビックリしたような顔をした。
雰囲気的に、なにか甘い言葉でももらえるかと期待してたんだろう。

「奴隷兼、コイビトな」

あんまり冷たくして泣いても困るので付け加えてやったのに、それでも葉柱はまだちょっと怒った顔をしたまま、そのくせまたキスを強請ってきてベッドになだれ込んだ。





「千円」
「…………あ?」

泥門の部室で、葉柱を迎えに呼んで、ついでにお使いを頼んだ。
やって来た葉柱は、なぜか荷物を渡さずに、ムッツリした顔でそれだけ言った。

「よく考えたら、おかしい」
「は? 何がだよ」
「オレは500万のかたに奴隷をしてるわけだよな?」

まぁ、そうだけど。
テメェのその乏しい頭の中身でも、覚えてられててよかったぜ。

「つまり、オレは肉体労働で借金を返済してるはずだ」
「あー、まぁ、そうだな」

確かに、そういう考え方もあるだろう。

「お使いは千円」

あぁ、それで、最初の「千円」に繋がるんだ。
500万の中から、千円ぽっち返済してなんになるんだって気もするけど、別にいーんじゃねーの?

葉柱はビニールの袋から、ついでに買ってきたらしい小さいノートとボールペンを取り出して机の上に広げた。
お前、紙とペンとか、死ぬほど似合わねーな。

それから、丸っこい指でボールペンを握ると、ノートの最初に「○月×日 買い出し ¥1,000」と記入した。
どうやら、借金返済ノートにする気らしい。
気の長ェ思いつきだなそりゃ。

「今までの分もあるから、多分もう400万くらいは返済してるはずだ」
「何言ってんだ。せいぜい1万円がいーとこだろ」

そこからは、葉柱が何回くらいお使いしたとか、何回くらい送迎したとか、人数いるときは他の部員も使ったから、人件費がかかるんだとかゴネだして、結局今までの分は100万円ということに落ち着いた。

買い出し一回千円の換算なら、とても100万には届いてないと思うけど、葉柱が「いっぱい働いた!」と言ってそれ以下までは絶対に譲らなかった。

そういうわけで、これからの葉柱の借金は、残り400万。
いや、残り399万9千円だ。

これをコツコツ返していって、全て返済するまでにはどのくらいかかるんだろうか。
途中で面倒臭くなるか、飽きて忘れるかのどっちかだと思う。

「家。送ってけ」
「送迎は千円」
「…………」

とりあえず今のところは、やる気満々らしいけどな。





それから葉柱は、何かある度にノートを開いては、汚い字で借金の返済金を記入するようになった。
買い出しと送迎はもちろんのこと、家でコーヒーを頼んだら、「コーヒーは5百円」としたり顔で言ったりする。
喫茶店かここは。
原価なんかかかってねーのに。
もともとオレんちのコーヒーじゃねーか。

しかも、ちゃっかり自分の分まで淹れてきて、マグカップ相手に「熱いかな?」「熱いかな?」って感じで口をつけては「あちっ」とか言ってる。
バカの極みだ。

そういうアホみたいなことをしてる葉柱から目を離して、今しっかりとコーヒー代500円が記入されたノートを見てみる。
机の上で書いてそのまま開きっぱなしで投げ出されてたそれは、まだ1ページ目の半分くらい。
買い出し、送迎、買い出し、送迎、と続いて、今日のコーヒー。
ざっと合計を計算してみても、まだ1万円にも届いてない。
ほんと気の長ェ話だな。

コイツはホントにバカだなーと思うと、同時になんとなくムラムラしてくる。
バカな子ほど可愛いっていうのは、真理だ。

隣に座って頭を撫でると、葉柱がパチっと瞬きをして、それからマグカップを机に置く。
いいこいいこと思いながら顔を寄せたら、キスする前に葉柱が「キスは3千円」と言って口の端を釣り上げた。

「あ?」
「キスは3千円」

そんでもう一度、にやにやしながら繰り返す。

「なに、コイビトとキスすんのに金とるわけか?」
「コイビトじゃねーもん」
「あ?」
「奴隷だもん」

「奴隷だもん」なんて言った葉柱は、まるでドヤ顔のお手本のようなドヤ顔をしてた。
お前、もしかしてそれが言いたくて、急に借金返済ノートなんて作りだしたのか。

「奴隷兼コイビトだっつったろ」
「でも奴隷だから、3千円」

この野郎。

それでも、「してやったり」って顔してる葉柱は異常に可愛くて、まぁいいかと思ってキスをした。

葉柱が手を回してきて、口を開いて舌を誘ってくる。
唇を挟むようなキスを繰り返してちょっと焦らしてから舌を入れると、ふんふんと小さく鼻息を漏らして喜んでる。

首の後ろを撫でると身体を震わせて、キスを深くしようと顔を傾けて縋りついてくる。
必死な感じでわしっと頭を掴んでくる指が気持ちよくて、散々唇をすり合わせたり舌を吸ったりしてから顔を離すと、思ったとおり葉柱はぽやんとした顔をして、今以上の続きを期待して目を潤ませてる。

だから望み通りくれてやろうとシャツの下に手を突っ込んだら、何を思ったのかとろけた顔した葉柱が、手首をガシっと掴んでそれを止めてくる。

「なんだよ」
「セックスは3万円」

………………。

いー度胸じゃねーか糞カメレオン。

「じゃ、ベッド来い」

テメェが上手を取ろうなんて100年早いことをたっぷり思い知らせてやるつもりで寝室へ引っ張る間も、葉柱は「言ってやったぜ!」って感じでアホみたいな顔をしながら笑ってた。





「あ、あっ……」
「ほら、もっとケツ振れよ、コッチは客だぞ」

葉柱をうつ伏せにして、後ろから突きながらケツを叩くと、さっきまであんなにドヤドヤとドヤ顔してた葉柱はすぐにひんひんと泣きだした。

「3万分サービスしろよ」
「う、う……ひるま…………」

葉柱が身体の下でのたのたと動いて、身体を捻ってどうにか仰向けになろうともがいてる。
後ろからがあんまり好きじゃないことは知ってるけど、こっちは3万円も払ってる客なんだから、好きにさせてもらって当然だろ。

金まで払わせてるくせに、ちっともサービスする気のない葉柱のケツを平手でパチンと叩く。
ぎゅっと締まって気持ちいいし、もうちょっと苛めてやれば、多分葉柱は「ごめん」「ごめん」って泣いて謝ってくるはずだ。

「こんなんで3万か? ちゃんとしねーと払わねーぞ」

3万を何度も強調して言うと、葉柱はめそめそして、それでもまだ謝る気はないのか下手なりに息を合わせようとわずかに腰をくねらせたりしてる。

全然良くはないけど、葉柱がもじもじしながらもイヤラシク腰を振ってる感じは、興奮すると言えなくもない。

バカなりに必死だなと思って、背中を押さえつけてた手を退けて、一旦性器を穴から抜いたら、ヘタってるハズの葉柱が、急に元気になって素早くひっくり返って仰向けになる。

「ん…………」

それから両手を伸ばしてきて、キスのオネダリ。
お前、ホントに上手いのはオネダリだけだよなぁ。

まかさこれでも3千円とる気かなと思いながら顔を寄せてやると、葉柱がちゅうちゅうと口に吸い付いてくる。

脚が腰に巻き付いてきて、位置を調整しながら先端をあてがうと、それだけで葉柱が期待の声を漏らしてる。

これ、オレの方が金貰ってもいいくらいなんじゃねーの。

「んん、んー……」

さっきまで後ろからされてたせいか、キスをしたがって離れない葉柱にそのままゆっくり挿入すると、身体をビクビクさせながら中を収縮させてる。

気持ちいいし、もう出そうだなと思って葉柱を観察すると、そっちも限界が近いのか、前を擦って欲しくて腰を突き出すように催促してる。

「なぁ」
「あ、ン……なに」
「3万円は、中出し込み?」
「は?」

頭を撫でながら聞いたら、葉柱がビックリした顔をしてる。

「え、お前、ゴムつけてたろっ」

つけてた。
けど、前向かせるのに抜いたときに外した。
こっちはお客様なんだから、このくらいいかなって。

「バカ、ヤメロっ! 込みじゃない!」
「上客にはオマケしろ」

葉柱が嫌がって上に逃げようとするのを押さえつける。
この感じが、堪らなく興奮する。
逃げるのを押さえつけて犯すのが気持ちいいのは、多分本能だ。
それに、中で、一番奥で出したいのも。

「別、別料金、あ、あっ、別料金だから……」
「いくら?」
「違うっ、あ、ダメ、禁止、中出しは禁止」
「いーから言えよ、払ってやるから」

前を掴んで擦ってやると、逃げようとしてはいずってる腕と裏腹に、腰は喜んだようにうねって、ついでに中もきゅうきゅう締まる。

まだまだ下手だけど、中々ヤラシク育ってきたなと思うと満足感を覚える。

「それともタダ? サービス?」
「ちがうー……」

まだぐずぐず言ってる葉柱の頭を捕まえて、唇を舐めてからキスをする。
そうすると、大分大人しくなる。

「いくら?」
「あ、イク、イク……ダメ、禁止だからっ……」

まったくなんのお店だよって感じに葉柱はまだ「禁止」「禁止」と続けてる。

「あー、もー出る」
「ばかっ! しね、ひ……、ご…………」
「ん?」
「ご、ごひゃくまんっ」

そりゃまたえらいボッタクリだな、と思いながら、葉柱が顔を仰け反らせて射精するのに合わせて、腰を押し付けながら奥に思いっきり出した。

500万円分の中出し。





「…………借金、全部返済した」

すっかりヘバってる葉柱を、横に寝転がって撫でてたら、呆けた顔のまま葉柱がボソっと言う。

「っていうか、払い過ぎた。過払い。返せ」

そういわれりゃ、最初の借金が500万。で、「今まで働いた分」って名目で、100万。
それから、まぁこれはあってもなくても大差ないけど、葉柱がノートにつけてた数千円。
残ってたのは399万ちょっとで、キス3千円にセックス3万円、中出し500万だから、
百数万くらいは多く払った計算になる。

「利息だろ。もらっとく」

さらっと言ったら、特に葉柱はなんの反論もしてこなかった。
まぁ、最初から金もらおうなんて思ってなかったんだと思うけど。

どうしてもっていうなら、キス3千円とセックス3万円でコツコツ返すけどな。

「明日、朝泥門まで送ってけ」

もう夜も遅いし、中になんて出された葉柱は、これから風呂に入るだろう。
これは完全にお泊りコースだ。

「…………もう、奴隷じゃねーもん」

中出しされた葉柱は、ちょっと怒ってるらしい。
唇をとがらせて、視線が明後日を向いてる。

「コイビトだろ」
「…………」

そんなもんを直すのは簡単で、額にキスしながらそう言えば、ふらーっと視線が戻ってくる。

「お願い?」
「そ。コイビトからのお願い」

もう一度、今度は瞼にキスをしたら、葉柱は口のなかでもごもごと「しょーがねーなー」みたいなことを言って、腕の中に潜り込んできた。

せっかく身体をはって借金を全部返済したくせに、これからの日常は何一つ変わりそうにない。


'13.08.06