あしたがあるさ




「勘弁してくださいよナミさ〜ん・・・」
「なに言ってんのよ、大丈夫、バレやしないわよ」
「こんなタッパのある女いませんよー」

サンジは今、ひたすらあやしい裏通りをぐいぐいとナミに手をひかれ引きずられていた。

ナミとは、顔をあわせれば毎回のように食事やデートに誘い、そしてそれと同じ数だけいつもアッサリ断られてたり。
そんなナミから先週ようやく聞いたOKの言葉に「行きたいトコロがあるの」と言われドコにいくのかも分らぬまま一もニもなく頷いた。
その結果としてサンジは女もののコートに身を包み、帽子を目深にかぶってなんだか怪しいスーツのお兄さんとかがたむろしているような裏路地を引きずられている。

「あら、それは身長のある女性に対する暴言ととっていいのかしら?」
「そんな〜・・・」
「それともこんな怪しい道あたし一人で歩けっていうの?」
「それは・・・」










「ついたわよ」
「こ、ここが・・・?」

ナミがそういって立ち止まったのはイカガワシイ店と店との間にある地下に続く階段の前。
看板も、客引きもなにもない、そうと知っていなければわからないような所だ。

「ほ、ホントに入るんですか?」
「あたりまえよ、何のためにこんなとこまで来たと思ってんのよ」

楽しそう〜vとウキウキのナミにガシっと腕をつかまれて有無を言わさぬ力で階段へと引きずられる。

(オレこんなトコ来ても楽しくないよ〜・・・)








中に入ると、ソコは薄暗くてピンクとか黄色とか色の付いた照明があたりもボンヤリと照らしている。
案外広い店内は真中にでかいステージがあってそのまわりにいくつもの丸テーブルが配置され。
店内は見事に女ばかりだった。
しかもどうせ歳のいったババア、もといマダムたちばかりだろうと思っていたサンジの予想を裏切って若い女の子の率も高い。

(チョット楽しいかも)

「いっとくけどナンパなんかしないでよ。男だってバレたら大変なことになるんだからね」
「う・・・」

心の中を見透かされたようなナミの言葉にノドからツブれたような声がでた。

「まぁいいけどねー、バレて困るのはサンジくんだし」
「ば、バレたらどうなるんですか・・・?」
「そうねェ、店の奥から強面のお兄さんたちが出てきてボコボコにされた挙句サイフを抜かれて裏口から放り出されるんじゃないかしら?」
「うぅ・・・」
「まぁ、あとは女の子たちに『ホモ』の烙印を押されるでしょうね」

静かだったBGMが唐突に止んで薄暗い店内の一角、ステージのまわりに埋め込まれている無数の小さいライトが光り出しソレをボンヤリと浮かびあがらせる。

「だって」

ガン、内臓に直接響くような低いベースの音とともに先ほどとうってかわった大音量で音楽が流れ出す。
上から一際強い光があてられたかと思うとステージの上から数人の男がばらばらと出てきた。

「男のストリップショーだもの」







(最悪だ・・・)

サンジは始まって数分、はやくも泣きそうだった。
泣きそうで、しかも吐きそうだ。

ステージの近く、正面といういい場所を確保したナミはご満悦の様子でカクテルなんかを呷っている。
サンジの目の前では胸筋、腹筋、上腕二等筋とありとあらゆる筋肉をみせびらかすように男たちが腰をふりふり踊っている。
しかもみせびらかすのは筋肉だけじゃなくて、小さな小さな布に包まれたそのイチモツもだ。

「もぅ、せっかくお金払ってんだからちゃんと見なさいよ」

いかがわしい色のライトに照らされて顔を赤く光らせながらナミがカラカラと笑う。

「見なさいったってナミさ〜ん」

こんな野郎の肉体など見て何が楽しいのか。
周りのサンジ曰く『ステキなレディー』たちは目の前で繰り広げられるエゲツナイ光景にきゃぁきゃぁと黄色い声をあげている。

(うぅぅ、怖ェよ)
(つかグロい)
(うわ、真中のヤツ髪ミドリだよ)
(やっぱこういうことすんのは外人か?)
(つーかアイツこん中で一番・・・)

思わず凝視してしまった股間では重たそうなモノが腰の動きにあわせてゆさゆさと揺れている。

「ちょっとトイレ・・・」

なんかもぅ本格的に泣きそうだ。
周りにあふれている大音量のせいでナミにその声が届いたのかも分らないがサンジはそういって席を立った。

「あ、スイマセ・・・」

数歩歩いたところでドリンクを運んでいたボーイっぽいヒトと肩があたった。
その拍子に、店に入って油断して浅めにかぶりなおした帽子がずるりと頭から落ちる。

「あ」
「げ」

(バレたっ!?)

バレた。モロバレだ。
薄暗いとはいえ至近距離で見た顔にはどうしたってヒゲがはえてるし。
ハスキーボイスねでは済まされないような低い声で喋ってしまったし。

(袋だたきで一文なし・・・)

瞬時にナミに釘を刺されたときに言われた言葉を思い出す。
ボロボロに殴られてあちこち破れた服を着た自分が電車に乗る金もなく駅の前で空き缶の側に座り、通り過ぎるレディに横目で笑われ「アイツホモよ」と指さされる自分が見えた。

(ギャーっ!イヤだーっ)

こうなったらダッシュで逃げるしかない。
踵を返して入り口に向かおうとしたところ振り向くとうっすらと汗をかいて艶やかに光る胸筋が目の前にあらわれた。

(ギャーっ!?)

やたらを太くて硬い腕が首にまわされる。

(つかまった・・・)

さっき思い描いた光景がまたフラッシュバックして鮮明に脳裏に映し出された。
ガッチリと鋼鉄のような腕に固められて無意味な抵抗もするきになれずずるずるとひきずられるように連れて行かれる自分。

(終わった・・・オレの人生・・・)

力なく落ちた瞼のむこうではなぜかスキンヘッドで黒いスーツを着たマッチョにボコボコに殴られている自分が浮かび上がる。
きっとこのままひきずられて従業員控え室みたいな所に連れ込まれるんだ。
あぁ、きっともぅすぐドアを開く音が・・・。

腕も足もだらしなく垂れ下がったまま捕まれた首をぐい、と持ち上げられ一段高いところに上らされた。
薄暗かったはずの店内でなぜか瞼の上から強烈な光を感じる。

「あ?」

訝しげに思って薄く目を開くとあまりに眩しくて一瞬瞳孔を焼かれたように周りが見えなかった。
わかったのは一際高くあがった女の歓声。

「・・・え?」

そこは先ほどまで自分が見上げていたステージの上だった。

自分の首をしめている腕をたどっていくと汗をかいた裸の胸。
そしてその上には逆光でよくは見えないがあきらかに緑色の髪の色をした頭があった。

(ええぇっ!?)

するり、と男が額にまいていた黒いバンダナのようなものをサンジの目にかぶせてきた。
事態ものみこめぬまま硬直しているとぎゅ、と頭の後ろでそれを結ばれた気配。

後ろからはがいじめにされ、視界を遮られているからわからないがぐ、とおそらく体をステージの前に向けさせられた。
ぬるりと濡れたナニかが耳の後ろをはいずる気配。
それと同時にまた上がる歓声。

なんだか、控え室には連れ込まれなかったらしい。
らしい、がこれは・・・。

ばさり、と上に来ていたコートが投げ捨てられた。
視界がさえぎられている以上頼りになるのは聴覚のみだがそれもガンガン鳴り響く音楽にあてられてバカになったみたいだ。
いつのまにやらシャツのボタンがはずされていて、固い手のひらがするりと胸元にはいってきた。

どうやら、今自分はストリップをしているらしい。

(な、なんでーっ!!?)